理由は、楽しそうでやりがいがあると思ったから。
B子は、真面目に精一杯部活を頑張りました。
大事な仲間ができ、楽しかった。
頑張ったので、大会の自由曲で一部ソロで演奏する人に選ばれました。
B子は、真面目なので、それがものすごいプレッシャーになりました。
努力の甲斐があり、練習の時は、上手く吹くことができました。
誰もが、大丈夫だと思っていましたが、B子の心は、あまりにも巨大なプレッシャーに押しつぶされそうでした。
自分が失敗すれば、部員全員に多大な迷惑をかける、それを思うと、B子の心は張り裂けそうでした。
そして、大切な県大会がやってきました。
部員みんなが一丸となって、頑張ろうと誓いあいました。
そしていよいよ自分たちの演奏の番がやってきました。
ものすごい緊張とプレッシャーがB子を襲います。
そしていよいよソロの演奏です。
B子の心臓の高鳴りは、最高潮に達します。
B子は、震えながら精一杯頑張って演奏しました。
けれど、けれど、練習の時のように上手く吹くことができなかったのです。
B子は、ものすごい後悔と、皆んなに対する申し訳なさとで、心が張り裂けそうでした。
そして、B子は演奏が終わった後、耐えきれなくなり、涙をぼろぼろこぼして泣きました。
どんなに皆んなに慰められても、涙は止まることなく流れ続けました。
自分のせいで、入賞はできなくなったと、それを思うと申し訳なくて、自分が情けなくて、自分を責めて責めて、泣き続けました。
B子が、もっと神経が太くて図々しい性格だったら、悩むこともなくあっけらかんとしていられたのでしょうが、B子はあまりにも真面目で純粋でした。
そして、結果発表となり、残念ながら、入賞は逃しました。
B子はさらに落ち込み、後悔と申し訳なさで、涙は止まりませんでした。
それはおそらく、B子の心に大きなトラウマとなって残ってしまったのでしょう。
あんなに大好きだった吹奏楽なのに、高校に入ったB子は、吹奏楽部に入りませんでした。
もう二度と、部員に迷惑をかけたくない、あんな思いは二度と味わいたくないと、そう思ったのでしょう。
B子は、誰にも迷惑をかけないような部活に入りました。
自分の内面と深く向き合う事の出来る部活は、B子に安らぎをもたらしました。
仕事ができるので、出世してます。
それだけを聞くと、A子さんは幸せでしょうねと思うかもしれません。
しかし、A子さんの旦那様は、外面は良いのですが、家ではA子さんを事あるごとに避難するのです。
旦那様は、ちょっとした事で怒り出し、怒り狂い、全てをA子さんのせいにするのです。
そして、A子さんに、「おまえはダメな人間だ」と結婚以来からずっと言い続けたのです。
A子さんは、何度も別れようと考えましたが、経済力を考えると離婚できませんでした。
今でも、A子さんは、旦那様の顔色ばかり気にして過ごしています。
そんな家庭に育ったA子さんの娘は、父親とは正反対の人と付き合ってます。
地位も名誉もないけれど、優しい人と。
A子さんの娘は、父親が嫌いでたまらないのです。
近頃の母は、すごく悲観的である。
自分はこの世で一番不幸だと考えているのだ。
友達と比べて、一人暮らしの自分くらい惨めな生活をしている人はいないと言う。
兄弟姉妹と比べて、自分が一番惨めだという。
それしか考えられなくなっているのだ。
みんな、色々悩んで、それでも頑張って生きていると思う。
だから私は、自分が一番惨めとか不幸だとか思わないし、その事を家族に延々と愚痴ったりしない。
しかし、母は、いつも自分ばかり不幸だ、惨めだと、娘達に愚痴をこぼし、イライラさせるのだ。
私だって、アトピーでどのくらい苦しんだかしれないのに。
私の娘達だって、アトピーで苦しんだ。
それに、私は認知症の姑の介護でも苦しんだし、お舅の言葉の暴力に長年苦しんできた。
母は、父も祖母もポックリ亡くなっているので、介護で苦しんだ事もないし、今まで大病した事もない。
姑から意地悪された事もない。
娘達が大病したり、お金の面で親に苦労をかけた事もない。
なのに、何がそんなに惨めだと言うのだろう。
なんでこんなに、娘にあたるのだろう。
老若男女問わず、人気があるのだ。
若くて美人で華やかで愛想が良いからなのだろう。
しかし、私は○子さんとは個人的に付き合いたいとは思わない。
○子さんが、他の人の悪口を言ってるのを、何度も耳にしているからだ。
○子さんは、人の気持ちなどおかまいなしなのだ。
何と言っても、私と○子さんとは、波長が合わないのである。
一緒にいても、落ち着かないのだ。
人気者が人間的に優れているわけではないのである。
人は、見た目や表面的な華やかさや愛想の良さに騙されやすい。
それを見誤り、深くのめり込んだり、結婚してしまって苦労する人も多いと思う。
亡くなっていたからです。
私はこの方が気になって、時々ブログを覗いてました。
この方は、膠原病と強皮症でかなり長く闘病しておりました。
その闘病生活は、壮絶なものでした。
この方は、膠原病になる前に、主婦湿疹でステロイドを半年飲んだそうです。
私は、それが膠原病の原因となったのではと疑ってます。
他にも、漢方薬も飲んでいたようです。
ご冥福をお祈りします。
この街にも、家族や親戚みんな同じ街に住んで、賑やかに暮らしている人々がたくさんいます。
その子供達も、あえてこの街から出ようとせず、この街で就職し、この街の人と結婚します。
そして、親、叔父叔母、兄弟、姉妹、子供達、孫達と、賑やかに暮らし続けるのです。
その上、地元には、同級生や先輩後輩もたくさんいます。
だから、寂しいことなどないし、小さな街なら、みんな知ってる人ばかりみたいな状態になります。
それはある意味、とても居心地よく、何かあれば助けてもらえるし、安心できます。
しかし、安心して暮らせるものの、よそで暮らしたことがないので、井の中の蛙になってしまうことが多いです。
他の街で暮らせば、地元にはない価値観やしきたりを知ることができます。
逆に、地元から離れたからこそ、地元の良さをしみじみ感じられるかもしれません。
地元から離れ、よそで暮らす人は、地元での安心感よりも自分のやりたいことを優先させたい人なのではないでしょうか。
地元ではできない仕事や学問、結婚など、そのことが地元に残るより魅力があるから、地元から離れて暮らすのです。
そのことにより、地元に残るだけでは得られない、広い人間関係ができるかもしれません。
逆に、よその土地になじめず、地元に帰りたくなるかもしれません。
私は、どっちが良いとか悪いとか、思いません。
どちらにも、良い点、欠点があるからです。
自分の好きな方を選べばいいのです。
私は好奇心が強いので、地元は好きだけど違う街で暮らすのも良いと思ってます。
子供達も、よその街の行きたい場所で暮らしてます。
地元に残れと束縛なんてできません。
寂しくても、地元では得られない色んな経験をしてくれると思ってます。
根無し草…その土地にしっかりと根を張らない生き方も、素敵だと思ってます。
何の苦労もなく、人生を歩んでいるように見える人がいる。
お金も生活するには困らないくらいあり、家族も皆健康で、さらに容姿も良い。
配偶者とも仲良く、子供も良い子で、介護を必要とする老人とも同居していない。
そんな、順風満帆の人生を歩んでいるように見えるのが、友人のA子だ。
なぜ、こんなに順調なのか、わからない。
前世での行いが良かったのか、はたまた、A子のレベルが高い?からか。
でも、私から見て、失礼だが、A子の徳のレベルはそれほど高いとは思えない。
なぜなら、A子は、他人を見下すし、他人を馬鹿にするからだ。
では、なぜそんなA子が、順風漫歩の人生をおくっていられるのだろう。
A子が、結婚は旦那の職業で選んだからなのだろうか。
しかし、順風満帆の人生が、ベストというわけではないのではないか。
というのは、順風満帆の人生は、あまり悩まなくてもよく、弱い人の気持ちが理解できず、学ぶことが少ないのではと思うからだ。
いろんな苦労があるから、考えるし、学ぶことも多くなる。
いや、だけど、不幸な出来事は、私だって望まない。
だが、介護で悩んだり、アトピーで悩んだり、嫁姑で悩んだりすることは、そこから何かを学ぶことになると思う。
まったく介護をしたことがない人には、学べないことを学べ、お舅やお姑と同居したことがない人には学べない事を学ぶことになる。
アトピーで苦しんだことがない人には学べないことも、アトピーで苦労することにより学ぶことができる。
そういう意味では、何の苦労もないよりは、小さい苦労は人生の糧となるように思う。
警察官と結婚したBさんのケース
Bさんは、結婚して息子をができ、初めの頃は、幸せな生活を送っておりました。
しかし、しばらくすると、酔っ払った旦那の暴力、暴言が激しくなってきました。
そのうち、旦那さんは、精神の病気になり、長期に仕事を休むようになりました。
それでも、診断書があれば、辞めさせられる事もなく、休業補償も受けられ、なんとか暮らす事は出来ました。
それが、何年も続きました。
そんなに何年も病気で休んでも、休業補償がもらえるのは、公務員だからだと思います。
でも、給料がもらえても、旦那さんの暴力、暴言は、相変わらず続き、Bさんも、鬱病にかかってしまいました。
私の知り合いのケースです。
学校の校長を旦那さんに持つAさんは、ある時までは、人も羨むような順調で幸せな生活を送っていました。
二人の息子がいますが、次男は他県で結婚生活を送っておりました。
長男は、勉強はできるのですが、障害があるため、働けずにいました。
やがて、校長であった旦那さんは、亡くなりました。
そして、次男は離婚し、1人で実家に戻って来ましたが、働こうとせず、Aさんに対する暴言が絶えません。
長男は、施設に入ることになりました。
今、年老いたAさんは次男と2人で暮らしていますが、跡継ぎもいません。