桑原城(水晶城)跡のある長野県諏訪市四賀あたりを
ジョグしていると右手に幅が狭く急な階段のある神社発見
珍しい社名の長足神社ですが、急な階段を見ただけで参拝する気が失せます。
甲州街道沿いにあり、この近く旧下桑原村に手長神社もあります。
祭神は夫婦神で、妻の手摩乳命(てなづちのみこと)と夫の足摩乳命(あしなづちのみこと)なんですね。
この諏訪には宮大工の名跡、立川 和四郎(たてかわ わしろう)があり、
その2代目の和四郎富昌(諏訪大社本宮幣殿や同拝殿を手掛けた)がその彫刻を残しています。
その様子は、足長が手長を背負ってますが、・・・
中国には長股人【チョウコジン】という足のチョー長い人種と
手のチョー長い長臂人【チョウヒジン】がいて、お互いに組んで
特徴を活かし漁をしていたという伝説
(長い脚を持つ長股人に背負われて海に入り、
そこで長臂人が水中に手を入れて魚を捕っていた)
があるらしいです。
(珍奇ノートを参照しました。)
手長が籠のようなものを持ってますが魚篭ですかね。
また、葛飾北斎や、
幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師、河鍋 暁斎(かわなべ きょうさい)も
手長足長図を描いてます。
河鍋 暁斎(ウィキペディア 手長足長より)
蠻国の灸治...『北斎漫画』十二編(matta 街の散歩より)
また、手長足長伝説は日本各地にあるようで
会津磐梯山のあたりに伝わる昔話もあります。
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あらすじ
昔ある所に村があり、そこはよく肥えた土地で作物がよく実った。
だがある時その村に「足長」と「手長」という夫婦の魔物がやって来て、周りの雲をかき集めて太陽を隠し、そして何日も大雨を降らせて村人を困らせ始めた。村人は怒り、悲しんだが、相手が雲をつくような魔物だったのでどうすることも出来なかった。
そんな日が何日も続いたある日、一人の旅の坊さんがこの村にやって来た。村の様子を見た坊さんは村人から訳を聞くと、村で一番高い山に登り、「足長、手長出てこい!」と叫んだ。その声を聞いた足長と手長が現ると坊さんは「お前達はすごい力を持っているようだが、この小さな壷の中に入ることはできまい」と言って手の平に乗るほどの小さな壷を出した。
足長手長は「そんなことはわけは無い。出来たらお前の命をもらうぞ」と言って、見る間に小さくなると壷の中に入ってしまった。足長手長が壷の中に入ると、坊さんは壷のふたを閉めてしまい、衣の袖をちぎって壷をくるみ、山のてっぺんに埋めると上から大きな岩を乗せて足長手長が出てこられないようにした。
坊さんは「お前達は悪さばかりしていたが、これからは山の明神として奉ってやるから安心しろ」と言った。こうして村は救われ、後に「あれはきっと弘法大師さまだったのだろう」と噂した。
(引用/まんが日本昔ばなし大辞典)
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崩れかけたような?家屋ですが、何かの商店だったようですね。
ガラスが割れていませんので、住んでいらっしゃるのかもしれません。
(そうだとすると、失礼しました。)
自分は、こういう建物に頽廃的な美しさを感じます。
山小屋みたいにも見えますね。
この辺りから酒蔵が多くなってきました。
甲州街道沿いには
わずか500メートルの距離のあいだに諏訪五蔵といって5つの酒蔵、
「舞姫」「麗人」「本金」「横笛」「真澄」
が集中して存在しています。
なぜこの辺りに集中しているのか?と、
地元のオジサンに聞いてみたら
「霧ケ峰の伏流水という良い水があるからだ。」、
と言ってました。
ただ、「後継者が道楽息子だったりして
自己破産し、会社を売ったりして経営者が変わっちゃってるんだよ」
と嘆いていましたね。
真澄
横笛
本金
麗人
舞姫
新型コロナの事もあり、酒蔵廻りはしてないので、動画をどうぞ。
諏訪五蔵‗いつでもごくらく酒蔵めぐり
レトロな建物発見!
三村貴金属店
竣工年 / 1928年 ( 昭和3年 )
登録有形文化財
素晴らしい建物ですね。
吉田のマツ
諏訪市天然記念物
種名 クロマツ(マツ科)
推定樹齢 270~300年(平成7年現在)
大きさ 目通り幹周1m45㎝
地上30㎝ 幹周2m13㎝
説明書きがありました。
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高島藩士吉田式部左衛門 が元禄三年(1690)から享保八年(1723)藩主忠虎の大阪城守備に随行したとき持ち帰ったものと伝えられる。代々吉田家の庭園に育てられたものを、昭和の始め旧甲州街道沿いに移植したもので有り、市内の最年長樹である。
クロマツの特徴は樹皮が末端まで暗黒色、下部樹皮が亀甲状に割れ、葉は濃緑色で強剛、新芽の鱗片は白味を帯びる。諏訪地方に見られるクロマツは栽植されたものである。
指定 昭和五十四年二月十五日
諏訪市教育委員会
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ここで、ちょっと地べたに腰をおろして一休み
水分補給です。
ワラーチの紐が摩耗していて、切れそうだったのを発見
旅ランの時いつも持っていく2mくらいの予備の紐と交換しました。
紐はめったに切れません。
というのもパラコードという第二次世界大戦中にアメリカ軍が
パラシュートの吊り下げ紐として使われていた丈夫な紐を使用していますので…。
この紐は、おそらく、300km以上は交換していなかったと思います。
それと、100円ライターも持参していて、
ハサミ代わりにライターで紐を切ったり、
紐が解れないように端末を火で溶かして処理したりしています。
そのうち、単に持参するのでなく
パラコードで「サバイバルブレスレット」を
作って、持参するようにしようと考えています。
パラコードでバックル ブレスレットの編み方!平編み(コブラ編み)Paracord Cobra Weave Buckle Bracelet
(つづく)
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