長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ラスト・クルーズ』

2021-05-20 | 映画レビュー(ら)

 2020年1月、新型コロナウィルスの感染者が出たことから横浜港に寄港しその後、14日間の隔離期間中に712名の大量感染を生んだダイヤモンド・プリンセス号の様子を収めたHBOドキュメンタリー。言わば”当事国”である僕らにとって無視できない1本だろう。

 本作のほとんどは乗客乗員がスマートフォン等で撮影した映像で構成されている。後の悲惨を知るだけに、彼らがコロナウィルスが忍び寄っている事にも気づかず、クルーズ旅行に興じる姿は戦慄を覚える。やがてロックダウンが発令され、船内から人の気配が消える様はほとんどホラー映画の域だ。ロクに状況把握もできず、異国の洋上で何日も隔離された彼らの不安は計り知れない。本作ではPCR検査を抑制し、感染を拡大させた日本政府の対応も明確に批判されており、あれから1年を過ぎても未だなお検査体制を整備せず、あまつさえオリンピックを決行しようとする本邦政府の無能さは津々浦々まで知られるべきだろう。

 見逃せないのはクルーズ船に象徴される格差と搾取の構造だ。ロックダウン下もなおサービスを維持せざるを得ないクルーの船室は窓すらない密閉空間であり、中には発症者と同室で隔離された者もいたという。彼らが下船を許されたのは乗客が全員下船した後の事だ。エンドロールで映される乗客とクルーそれぞれの住居の対比は、未だ欧米諸国にとって東南アジアが搾取の対象であることが示されている。

 そして日本では再びクルーズ船内で新型コロナウィルス感染者が出る事案が発生。多くの国民がコロナ禍によって生活困窮する中、緊急事態宣言発令中の東京都の隣り、神奈川県から出港し、再び横浜へ寄港したという。これ以上、言うことはあるまい。


『ラスト・クルーズ』21・米
監督 ハナー・オルソン

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