のびたとブレイク

生き生きと第三の人生を歩んでいます
うたごえ ウォーキング 川柳 ベランダ栽培など楽しんでいます

幸福の黄色いハンカチ

2011年10月11日 10時42分40秒 | ボランティア
 高倉健さんが主役の映画 幸福の黄色いハンカチ
 テレビも含めると3回も観て その都度 最後のシーンで感激に涙した
 刑務所帰りの男を待っていた妻の心の証 黄色いハンカチが風になびくシーンだ
 
 昨日は 阿部寛さんの主役に替えて テレビ放映された
 再会の舞台は焼尻島 飲み屋で若い男女に会う舞台は羽幌だった
 ストーリーは分かっているのに 最後のシーンでは ほろっとさせられる
 
 
 
 この制作に使われた 黄色いハンカチの柱とセット
 東日本被災地の陸前高田に贈られた
 
 津波で姉と親戚の4人を失くした元大工の方
 何も無くなった街に幸せを呼びたい
 自宅跡地に がれきから拾ってきた材木やパイプで柱を建てた
 柱には 黄色い布20枚と大漁旗を掲げた
 
 大好きな山田洋次監督の作品に因んだものである
 この取り組みを友人から聞いた山田監督は感激した
 自ら脚本して 羽幌で使用したセットを贈ったものである
 
 すぐには立ち直りは無理かもしれない
 しかし いつか心から笑って 笑顔でこのハンカチを見れる日が訪れて欲しい
 
  
 
 地味ではあるが 人が幸せの姿は 私にも嬉しい
 老夫婦が寄り添って歩く姿
 子供達の歓声を聞きながら 公園に憩う若い夫婦
 手を取り合って 道を行く恋人達
  
 どれも幸せを感じさせる ほのぼのとした光景だ
 人が幸せであること 幸せになること
 みんな 自分の幸せに感じてしまう
 
   
 
 テレビでクイズ番組で 正解して賞金や賞品をもらう
 以前あった あいのり 気持ちが溶け合い 結ばれる時
 どんな光景も ああ 良かったなと感じる
 
 他人の幸せ は 自分の幸せ
 他人の笑顔は 私の笑顔となる
 
 歳を重ねると 身内や仲間 そしてパートナーなど
 互いに笑顔を見せあい 同じ道を生きていることにも嬉しさがある
 彼ら 彼女らが居ることが幸せなのだ
 
 苦労や辛さは 十分味わってきた
 限りない悲しみや辛さが これからもあるだろう
 そのときに 分かち合うことが出来れば 何と幸せだろうか
 
 人生の生き方は 不器用な私である
 時として言葉足らずや 行動が 誰かの心を波立てているかもしれない
 思ったことが 言葉として発することが出来ず 幸せの糧を風に飛ばすこともある
 
 眼に見える幸せは 余りないかも知れない
 それでも心に感じる幸せ 小さな幸せを毎日拾っている
 
    
 
  今日の誕生花  ひめりんご
  花言葉      名声・誘惑 
  
   上右の写真は 今年4月の 我が家のベランダ ひめりんご
   今は 小さな実が 落ち始め まだ数粒残っている
 
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珈琲とともに 私の健康法

2011年10月10日 11時08分31秒 | ボランティア
 
 私の珈琲好きは 仲間のうちでも有名である
 若い頃から 1日10杯ぐらいは平気で飲んでいた
 さすがに今では 1日3.4回にはなった
 
 朝は必ず珈琲がある
 寝る前にも珈琲は飲む
 
 50歳代は 朝 食事とともに 会社へ着いたらすぐ そして
 10時 昼休み 15時 仕事を終えた18時
 家へ着いて食後 寝る前 最低8回は日課であった
 
 
 
 ある日 親会社の偉い方と街で会い 喫茶店で話が弾んだ
 もう少し話をしようかと また次の喫茶店に誘った
 ここで少し話をして店を出た
 
 おい どこかで食事をしようかと誘われた
 私には 咄嗟に 喫茶店でのカレーやスパゲティが頭に浮かんだ
 眼の前の喫茶店に誘ったら もう カンベンしてくれと帰ってしまった
 
 次から この方の所へ行くと 必ず みんなに こう紹介される
 こいつは 喫茶店のはしごをする奴だ それも3回も誘う奴だ
 飲み屋のはしごは聞いたことがあるが 珍しい奴だろうと大概 大笑いになる
 
 出張に行ったら 少しの時間も観光したい
 必ず 何処かへ寄ってくる
 そして 喫茶店を見つけては 現地で楽しむ
 
 何か 他人から頼まれごとをされる時は 必ず条件を付けた
 珈琲をおごってくれるなら引き受けると・・
 真剣な頼みごとでも 思わず相手が笑ってしまう
 
 私の仲間とともに バンドを結成して もう40年近くになる
 殆どボランティアの出演が 私たちの活動であった
 最近は その機会も減っているが 来年1月にも依頼がある
 
 このバンドの名前は コーヒーブレイク
 リーダーの私の珈琲好きも 勿論ある
 意味は人生にも毎日にも 心の中にほっとする時間を持とうよ
 
 以前 お前が死んだら お墓の形は コーヒーカップが似合うなといわれた
 ツアーで 高野山の奥の院墓地に行ったら コーヒーカップのお墓があった
 UCCの社長か会長の墓碑であった
 
 
 
 酒は お猪口いっぱいで酔う
 心臓が踊って 息をするのが苦しくなる
 酒を飲んで 死ぬことも出来そうだ
 
 強引に酒を勧めるトップが 酒席でしつこく私を叱責した
 余りにも罵倒が酷く 私は決心した
 よし 飲んでやる 救急車を手配しておけ!
 
 タバコも吸わない
 映画にあるように 格好よく吸って見たいと思ったことがある
 しかし これも出来なかった
 
 これが健康の秘訣である
 珈琲は身体に良いものだ
 
 何十年も 健康診断はすべて異常なし
 何も引っかからないのが 私の自慢であるし
 貧乏な私に 親がくれた遺産でもある
 
 健康でいれば 笑顔も出てくる
 やる気 元気もある
 
 こんな幸せと笑顔を 多くの方に分けて歩く
 
  
 
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日野原重明さんの生き方に学ぶ

2011年10月09日 09時09分48秒 | ボランティア
 
 聖路加病院の院長であり 先日 百歳を迎えられた日野原さん
 なお現役で週に2回は診療に当る
 
 主に終末期の患者の ホスピスに温かな眼差しを向ける
 末期がんなど 回復の見込みは立たず ただ延命の為にだけの治療は避ける
 それよりも 苦しみから解放されて 人間らしく終わりたいという希望を与える
 
 死に向かうのに 明るい笑顔で 感謝をしながら この世に別れていく方たち
 残された患者の遺族も 寂しさの中に和やかに想い出を語っていた
 
 
 
 ホスピス 私たちにとって死は避けられない
 その時期の早いか遅いかだ
 怖れと心痛の戦いの中に こうして安らぎの心境に変えていく
 最近では 音楽療法も この心の癒しに効果をあげるようになった
 
 100歳にして 常に笑顔を保ちながら こうした患者と向かい合う
 崇高な精神と 活動は 私たちに学ぶべき方向を示している
 著書も多く 生き方上手など 心のバイブルに求められている
 
 講演会が 年に120回 移動を考えれば ほぼ毎日の活動である
 
 食事もしっかり摂る
 朝は 果物やヨーグルト いつもバージンオイルを沿える
 夕食も週に2回は脂身の少ないステーキ 歯もしっかりしているのだろう
 あと5回は 魚を中心としたもの
 
 語られる生き方 考え方に 感銘を覚える
 言葉一つ一つに重さがある
 
 その中で 私たちにも出来ること
 それは笑顔の大切さを示唆する
 笑顔は 自分の心を豊かにする
 心が健康になるし 病気の免疫性も高める
 何より 顔も心も若さを保てることだ
 
 悩みも苦しみも 怒りも嫉妬も 常に心の中に潜んでいる
 笑顔は そんな思いや心を癒してくれる
 人間味豊かな心を育みたい
 おおらかな心でありたい
 
 他人に向けられる 言葉の刺は
 いつか無数の刺となって 自らに刺さってくる
 
 おおらかな寛容の心があれば
 他人を許すことも出来よう
 
 他人に向けられる笑顔は また笑顔で返って来る
 言葉が要らない 心の交流となる
 
 100歳は無理かもしれないが
 終わりの時間まで こんな笑顔を浮かべていたい 
 
   
 今日の誕生花 ホトトギス
 花言葉 永遠にあなたのもの
 
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もしもピアノが弾けたなら

2011年10月08日 09時19分30秒 | うたごえ
  もしもピアノが弾けたなら 西田敏行さんが歌う
 私の若い頃 そんな想いが何回も心によぎった
 
 貧しくても明るい暮らしの中にあった
 定時制とはいえ 高校に通えた
 そして 自分で働いた給料がもらえる
 
 50年以上の昔のこと
 ボランティアのきっかけとなった 孤児院の訪問
 ここで 優しさと 知らない世界を学んだ
 
 少しお金を貯めて 文房具や木琴などを買って行った
 子供達と遊ぶことしか出来なかった
 部屋の隅にオルガンがあった
 あれを弾いて 一緒に歌えたらどんなに良いかと思った
 
 
  10年前 童謡唱歌うたう会で 群馬・童謡ふるさと館でオルガンで歌う
 
 旅に出ることも出来た
 今で言うと乗りテツ ひたすら列車に乗りたかった
 学生割引があり半額料金 
 更に当時の国鉄は 距離逓減方式 遠くへ行けば行くほど距離換算が安くなる
 
 回遊切符があった
 一枚の切符で 経路を重複しなければ良い 一筆書きのようにする
 お陰で 当時1000円で東京から下関往復が出来た
 勿論3等車である 
 
 途中下車して どこへでも降りる 
 駅員に判を押してもらうから 切符が真っ黒になるほどだった
 
 ある日 福島の 信夫山に行った
 みちのくの信夫文字すりの 百人一首に歌われた地である
 夕暮れの住宅街を歩いていると ピアノの音が聞えた
 何処かの家の道路そばで ずっと その音色を聴いていた
 
 一人旅を続け 放浪のように疲れた身体に それは心地よく聴こえて来た
 あんな風に ピアノが弾けたら良いなぁと思った
 
 
   このバンド仲間も40年続いている
  ピアノがまだ上手くならない時から 会社の中に作ってしまった
 
 30代になって 子供が使っていたピアノをポツンポツンと弾いてみた
 メロディは片手で何とか弾ける
 左手を入れると それは まるで自分の意思で全く言うことを聴いてくれない
 
 それでも 毎日繰返し練習してみた
 一日 4時間以上弾いてみたこともある
 少しづつ 左手が入る
 
 次は変調が難しい
 黒鍵が入る曲を弾いてみる 一つ弾けたら 同じ調の曲に挑戦する
 
 こんな風に自己流でピアノを弾くようになった
 今でも上手ではない 習ったわけでは無いから基本にはなっていない
 しかし ある時間をピアノを弾いて 楽しい時間を作ることが出来る
 
 ピアノが弾ける
 今では家にはピアノが無いけれど 弾く機会は沢山できた
 昨日は 墨田のうたごえで 伴奏をして 私も楽しんできた
 
 今日は 午後から下町のうたごえ
 2時間 みんなと楽しめる
 それも グランドピアノで弾ける
 
 なんと幸せのことか
 あの夢見た世界が 楽しい時間となって 人生の中に息づいている
  
 
 
 

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おぼろ月夜の歌が人の心を繋ぐ

2011年10月07日 09時33分20秒 | インポート
  
 誰でもが知っている そして懐かしい郷愁の唱歌
 真っ先に頭に浮かぶのが ふるさと もみじ おぼろ月夜などである
 
 この歌の作詞が 高野辰之さん
 信州・豊田村に明治9年に生まれ 同じく信州の野沢温泉が終焉の地になった
 昭和22年に71歳で亡くなられた
 この間 数々の名曲を残したが 文学博士でもあった
 
  
 
 温泉地の一番奥に 洒落た洋館が立っている
 ここが おぼろ月夜の館 斑山文庫 博士の号である斑山を称している
 
 中に入ると 数々の資料が展示されており 100年の歴史が そこに生きていた
 
   
 
 片隅にピアノが置いてあり 少し広い場所がある
 楽譜が立ててある 覗いてみると もみじの曲
 遠慮して ポツンポツンと弾いてみた
 
 つい好きなものだから いつものように弾いてしまう
 係りの女性が近づいてきた
 遠慮してくださいと言われるからと思ったら 逆だった
 
  
 
 他に男性グループのお客さんがいるので 一緒に歌わせてください
 うわっ~ こういう記念館で弾いて歌ってもらうなんて 幸せなことである
 もみじ ふるさと おぼろ月夜 周りに立ってもらい みんなで歌った
 
 
 旅の途中で 思いがけず みんなで歌うこと 素晴らしい想い出が残る
 実は 豊田村の 高野辰之記念館では オルガンを弾いた
 添乗員として皆さんをそこで歌わせて 喜んでもらった
 
 二つの高野辰之さんの館で弾いて歌った曲 私にも忘れられない想い出となる
 今日は墨田のうたごえカチューシャでピアノを弾き うたごえを楽しむ
 明日は 下町のうたごえで 同世代の青春を歌い楽しむ
 
 
 
 一昨日は墨田区の老人介護施設へ音楽訪問して 入所の方たちに歌ってもらった
 そして 今月は臨時に 日曜日のお誕生会にも来て欲しいと依頼され快諾した
 
 歌 それは 瞬時に人と人を結ぶ
 不思議な力がある
 瞬時に想い出の中に溶け込むこともある
 
 落ち込んでいる時は励まして
 その先に希望のひかりを点してくれる
 
 みんなで歌うとき 歌の友情が生まれる
 人生の何時間かを 快い明るさに包んでくれる
 
 歌にかかわっている現在 感謝して生きていく
 
   
 
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