




私の珈琲好きは 仲間のうちでも有名である
若い頃から 1日10杯ぐらいは平気で飲んでいた
さすがに今では 1日3.4回にはなった
朝は必ず珈琲がある
寝る前にも珈琲は飲む
50歳代は 朝 食事とともに 会社へ着いたらすぐ そして
10時 昼休み 15時 仕事を終えた18時
家へ着いて食後 寝る前 最低8回は日課であった
![]() ある日 親会社の偉い方と街で会い 喫茶店で話が弾んだ
もう少し話をしようかと また次の喫茶店に誘った
ここで少し話をして店を出た
おい どこかで食事をしようかと誘われた
私には 咄嗟に 喫茶店でのカレーやスパゲティが頭に浮かんだ
眼の前の喫茶店に誘ったら もう カンベンしてくれと帰ってしまった
次から この方の所へ行くと 必ず みんなに こう紹介される
こいつは 喫茶店のはしごをする奴だ それも3回も誘う奴だ
飲み屋のはしごは聞いたことがあるが 珍しい奴だろうと大概 大笑いになる
出張に行ったら 少しの時間も観光したい
必ず 何処かへ寄ってくる
そして 喫茶店を見つけては 現地で楽しむ
何か 他人から頼まれごとをされる時は 必ず条件を付けた
珈琲をおごってくれるなら引き受けると・・
真剣な頼みごとでも 思わず相手が笑ってしまう
私の仲間とともに バンドを結成して もう40年近くになる
殆どボランティアの出演が 私たちの活動であった
最近は その機会も減っているが 来年1月にも依頼がある
このバンドの名前は コーヒーブレイク
リーダーの私の珈琲好きも 勿論ある
意味は人生にも毎日にも 心の中にほっとする時間を持とうよ
以前 お前が死んだら お墓の形は コーヒーカップが似合うなといわれた
ツアーで 高野山の奥の院墓地に行ったら コーヒーカップのお墓があった
UCCの社長か会長の墓碑であった
![]() 酒は お猪口いっぱいで酔う
心臓が踊って 息をするのが苦しくなる
酒を飲んで 死ぬことも出来そうだ
強引に酒を勧めるトップが 酒席でしつこく私を叱責した
余りにも罵倒が酷く 私は決心した
よし 飲んでやる 救急車を手配しておけ!
タバコも吸わない
映画にあるように 格好よく吸って見たいと思ったことがある
しかし これも出来なかった
これが健康の秘訣である
珈琲は身体に良いものだ
何十年も 健康診断はすべて異常なし
何も引っかからないのが 私の自慢であるし
貧乏な私に 親がくれた遺産でもある
健康でいれば 笑顔も出てくる
やる気 元気もある
こんな幸せと笑顔を 多くの方に分けて歩く
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聖路加病院の院長であり 先日 百歳を迎えられた日野原さん
なお現役で週に2回は診療に当る
主に終末期の患者の ホスピスに温かな眼差しを向ける
末期がんなど 回復の見込みは立たず ただ延命の為にだけの治療は避ける
それよりも 苦しみから解放されて 人間らしく終わりたいという希望を与える
死に向かうのに 明るい笑顔で 感謝をしながら この世に別れていく方たち
残された患者の遺族も 寂しさの中に和やかに想い出を語っていた
![]() ホスピス 私たちにとって死は避けられない
その時期の早いか遅いかだ
怖れと心痛の戦いの中に こうして安らぎの心境に変えていく
最近では 音楽療法も この心の癒しに効果をあげるようになった
100歳にして 常に笑顔を保ちながら こうした患者と向かい合う
崇高な精神と 活動は 私たちに学ぶべき方向を示している
著書も多く 生き方上手など 心のバイブルに求められている
講演会が 年に120回 移動を考えれば ほぼ毎日の活動である
食事もしっかり摂る
朝は 果物やヨーグルト いつもバージンオイルを沿える
夕食も週に2回は脂身の少ないステーキ 歯もしっかりしているのだろう
あと5回は 魚を中心としたもの
語られる生き方 考え方に 感銘を覚える
言葉一つ一つに重さがある
その中で 私たちにも出来ること
それは笑顔の大切さを示唆する
笑顔は 自分の心を豊かにする
心が健康になるし 病気の免疫性も高める
何より 顔も心も若さを保てることだ
悩みも苦しみも 怒りも嫉妬も 常に心の中に潜んでいる
笑顔は そんな思いや心を癒してくれる
人間味豊かな心を育みたい
おおらかな心でありたい
他人に向けられる 言葉の刺は
いつか無数の刺となって 自らに刺さってくる
おおらかな寛容の心があれば
他人を許すことも出来よう
他人に向けられる笑顔は また笑顔で返って来る
言葉が要らない 心の交流となる
100歳は無理かもしれないが
終わりの時間まで こんな笑顔を浮かべていたい
![]() 今日の誕生花 ホトトギス
花言葉 永遠にあなたのもの
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誰でもが知っている そして懐かしい郷愁の唱歌
真っ先に頭に浮かぶのが ふるさと もみじ おぼろ月夜などである
この歌の作詞が 高野辰之さん
信州・豊田村に明治9年に生まれ 同じく信州の野沢温泉が終焉の地になった
昭和22年に71歳で亡くなられた
この間 数々の名曲を残したが 文学博士でもあった
![]() ![]() 温泉地の一番奥に 洒落た洋館が立っている
ここが おぼろ月夜の館 斑山文庫 博士の号である斑山を称している
中に入ると 数々の資料が展示されており 100年の歴史が そこに生きていた
![]() ![]() 片隅にピアノが置いてあり 少し広い場所がある
楽譜が立ててある 覗いてみると もみじの曲
遠慮して ポツンポツンと弾いてみた
つい好きなものだから いつものように弾いてしまう
係りの女性が近づいてきた
遠慮してくださいと言われるからと思ったら 逆だった
![]() ![]() 他に男性グループのお客さんがいるので 一緒に歌わせてください
うわっ~ こういう記念館で弾いて歌ってもらうなんて 幸せなことである
もみじ ふるさと おぼろ月夜 周りに立ってもらい みんなで歌った
旅の途中で 思いがけず みんなで歌うこと 素晴らしい想い出が残る
実は 豊田村の 高野辰之記念館では オルガンを弾いた
添乗員として皆さんをそこで歌わせて 喜んでもらった
二つの高野辰之さんの館で弾いて歌った曲 私にも忘れられない想い出となる
今日は墨田のうたごえカチューシャでピアノを弾き うたごえを楽しむ
明日は 下町のうたごえで 同世代の青春を歌い楽しむ
![]() 一昨日は墨田区の老人介護施設へ音楽訪問して 入所の方たちに歌ってもらった
そして 今月は臨時に 日曜日のお誕生会にも来て欲しいと依頼され快諾した
歌 それは 瞬時に人と人を結ぶ
不思議な力がある
瞬時に想い出の中に溶け込むこともある
落ち込んでいる時は励まして
その先に希望のひかりを点してくれる
みんなで歌うとき 歌の友情が生まれる
人生の何時間かを 快い明るさに包んでくれる
歌にかかわっている現在 感謝して生きていく
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