以下は、昨年のYomiuri Weeklyの記事です。
「辞めろメール」で上司敗訴の波紋
「会社を辞めるべきだ」――。そんなメールが突然、上司から送られてきたら、あなたはどうするだろうか。翌日、出社する勇気を持てるだろうか。4月20日、東京高裁は、こうした上司のメールを「名誉棄損」とする、部下側勝訴の判決を言い渡した。「メール作法」はいまや、重要な「上司の心得」になったといえるだろう。
本誌 梅崎正直
「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います……」
夕刻のオフィス。パソコンを開いたⅠさんが見たのは、上司からのこんなメールだった。しかも、通常よりも大きな字、そして赤文字だった。メールは、こう続いていた。
「当部署にとっても、会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか……」
こんなメールを上司からもらっては、部下のショックの大きさは計り知れない。が、上司の攻撃はこれだけではなかった。上司は、Iさんあてのこのメールを、同じ部署の十数人にも同時に送信したのだ。さらし者にされたも同然だった。
しかし、Ⅰさんは屈しなかった。事件から約1年後、この上司を相手取り、名誉棄損の損害賠償を求める「パワハラメール訴訟」を起こしたのだ。
Ⅰさんは現在53歳。損害保険大手、三井住友海上火災保険の損害サービス部に勤務している。被告の上司も現在、副部長として同社に在籍している。つまり、2003年12月の提訴以来、同じ社内に原告と被告が共に働く状況が続いてきたのだ。
一審では上司の非を認めさせることができなかったが、Ⅰさんは控訴。ついに、今年4月20日、東京高裁は、メールの内容を名誉棄損の不法行為と認定、Ⅰさんの逆転勝訴を言い渡した。
100万円の請求額に対し、認められた賠償額は5万円。かかった訴訟費用を考えると、金銭面でトクな話ではないが、
「勝訴した、という事実が大きい」
と、Ⅰさんは喜ぶ。
この判決に関して、双方の雇用主である三井住友海上は、
「社員の個人的な裁判なので、コメントを控えたい」
とした。
今回の判決は、厳密にいうと、「名誉棄損」は認められたが、「パワーハラスメント」とまではいえないという判断だった。内容はともかく、目的自体はノルマ達成への「叱咤督促」だったと見なされたからだ。
しかし、法的判断はともかく、わざわざ大きな赤文字で書かれたメールを見れば、また、それが同時に同僚たちにも流されたことを考えれば、冷静な業務上の指導だったとは言い難い。少なくとも、受信した部下は、大きな精神的圧迫を感じたはずだ。
社内メールのトラブル多発
職場のトラブルに、社内メールが関与するケースが増えている。業務上の指示や伝達が、メールで行われることが珍しくない現状では、当然のことだ。そして、後々まで記録が残るメールの特性。メールが「証拠」となるケースは、今後も増えるだろう。
そして、メールが記録するのは伝達内容だけではない。今回の裁判のケースのように、「感情」までが記録に残される。メールとは、そういうツールなのだ。
中京圏のある薬品会社では、こんなことがあった。
50歳代の部長が、部下の時間外労働の一部をカウントしていないという疑いが生じ、労組の要求で人事担当者が調べたところ、別の問題が明らかになった。部下の女性への「ラブメール」だ。
送った相手は自分の部下や他部門の女性で、全部で二十数件もあった。その半分は派遣社員。「ラブメール」というよりは「セクハラメール」だった。
誰にも知られず一対一で思いを伝えるのに、メールという道具は好都合だ。本人は軽い気持ちでメールを出したのかもしれない。しかし、社内メールは、送った本人のパソコンだけでなく、相手のパソコン、そして、会社のホストコンピューターにも記録が残る。会社側が調査に乗り出せば、言い訳はできない。
招いた結果は「解雇」という重大なものだった。
部下にとっても諸刃の剣
便利さの一方で危険もはらむ、メールという通信手段とどう付き合うかは、いまや「上司」の重要な課題といえそうだ。
東京管理職ユニオンの設楽清嗣書記長は、最近の職場トラブルの傾向について、こう語る。
「社内いじめや、退職に追い込むための手段に、メールによる人格攻撃が用いられるケースが多い。また、外資系企業では、部下の側が結託して、上司の悪口を、本国の経営陣に一斉にメールで送りつけ、クビにしようとした例もあります」
まさに水面下は無法地帯の感だが、こうした画策も、すべて証拠として残るわけで、逆に非常に危険な行為ともいえる。
また、最近多いのは、「人事考課」をめぐるメールのトラブルだという。上司に自分の考課結果について、不平を言ったり、説明を求めたりする部下が多い。
「その対応を間違えると、感情的にこじれてしまい、問題を大きくしてしまうことになる。そっけない対応も、感情的な反論も、いい結果を招かない。上司に当たる人は、細心の注意を払う必要があります」(設楽書記長)
ただし、部下にとっては、メールをうまく使うことで、自分の身を守ることもできる。Ⅰさんのように、メールを証拠に、裁判で主張することもできる。
自らも、メールを駆使してリストラ圧力と闘った経験がある、リストラ問題評論家の中森勇人さんは、
「自分がリストラやいじめの対象になったとき、上司とのやり取りや意思表示は、極力メールで行う。回答した事実、その時間まで記録に残すことができるからです。指示についても、メールでもらうほうがいい」
と言う。しかし、もちろん、部下にとってもメールは諸刃の剣である。中森さんは、
先方にも証拠として残るので、内容については慎重に書き、メールチェックも怠らない。
重要なメールはバックアップを取るか、プリントアウトしておくようにする。送信メールも忘れずに。社用のノートパソコンごと持ち出すと、「会社の備品を無断で持ち出した」とされるので注意が必要。
社内メールは私用に使わない。職務専念義務違反や、備品を私用に使ったとして懲罰の対象になる可能性がある。
HPの閲覧やwebメールも監視の対象になるので要注意。
と、4点のアドバイスをする。
メールは、対面で話す以上に、鋭い刃を相手に突きつけることがある。冷静さを失ったほうが負け。そのことを今回の判決は物語っている。
(YomiuriWeekly2005年6月12日号より)