ぼくはもうデリー中央第一刑務所、第五監房区へは戻らなくて良いのだ。窓の二重のカーテンを閉め扇風機を止めた。風が治まるのを待ってぼくはスタッフのパケを開き吸う準備を始める。急ぐ事はない、密告者もいなければ刑務官の抜き打ちのチェックもない。ぼくは深く、深くスタッフの煙を吸い込んだ。身体の隅々の細胞に広がっていくスタッフのエネルギーを感じ二度、三度とぼくは吸い込んだ。ベッドの上に横たわると心の緊張感が弛んでいく、だが頭の中に描かれるイメージは高い塀と鉄格子に囲まれた刑務所内の情景しか浮んでこない。もう終ったのだ、スタッフがキックしてぼくはそう呟いた。アシアナで五十日間、刑務所内の完全隔離治療でヘロインを断つ事に成功したかに見えたが薬物への強い依存体質は燻ぶり続けていた。
第一刑務所で再会したショッカンが用意したスタッフをその夜、ぼくは何の躊躇いもなく吸った。それから十ヶ月、刑務所内でスタッフを吸い続けた。心身は消耗している、それは異常な刑務所内の生活と過酷な熱波に襲われたデリーの夏が主要な原因と思われるが、その間に使用したスタッフも大きな要因であろう。このままスタッフを吸い続けていけばそう遠くない日、ぼくはカルロスのようにオーバードースで死に至るだろう。しかし今、自分の意志でスタッフを断つ事は不可能だ。アシアナのように外部と完全に隔離した医療施設で治療するしかヘロインから逃れる道はない。だが治療を終え街に戻った時、あまりにも安易に手に入るスタッフを断ち続けることは依存症者にとっては困難過ぎる。ベッドから起き上がり二回目のスタッフを吸う用意をした。
「ちよっと軽く、アメリカンだ」
吸い過ぎの言い訳を自分自身にして吸った。
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