ガンジス・河の流れ

インド・ネパール。心の旅・追想

ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・40

2012-04-25 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
 病院で働いているインド人の運転手と掃除人それにコックのラウラシカが勝手にぼくの病室に入って来る。ぼくが眠っていようがお構いなしだ。奴ら3人でテレビの人気番組を見ては騒いでいる、奴らに暇な時間が多過ぎるからだ。インドにはカースト制度がある、それが彼らの仕事を限定する。トイレや病室の汚物等を掃除するのは、そのカーストの者で他の仕事をしてはならない。食事を担当するラウラシカは食事以外の仕事をしてはいけないのだ。インド人の入院患者の食事は家族が毎日、持って来る。ティーは朝と午後の2回、全員に届けられる、が病院食を食べているのはアユミが退院した今ぼく1人だ。今日も奴らがぼくの病室に入ってくると直ぐテレビのスイッチを入れた。ラウラシカはコックで食事の匙加減を握っている。ぼくは奴に少し借金があるし必要なタバコやビリ等の買い物を奴に頼むしか方法がない。出来れば奴との摩擦は避けたいと我慢してきたが、今日は頭に来た。テレビの電源コードを引き抜き
「チョロ、チョロ、チョローイ」
と3人とも追い出してやった。後はどうとでもなれ、とぼくの鼻息は荒かった。
 12~3才ぐらいの女の子が母に連れられて入院してきた。夕方まで子供に付き添っていた母親は家庭の用事もあるだろう、子供に良く言い聞かせて帰ろうとする。廊下を駆けて母を追う少女はナースに引き戻された。泣いて泣いて、何度も何度も母を追った。引き裂かれた少女の心。ぼくは悲しかった。曇り空、ちょっと肌寒い1日だった。
 夜8時を過ぎた。アユミは今頃ニューデリー国際空港で搭乗手続をしているのかもしれない。明日の朝は日本か、若いという事は良いことだ、まだ何でも出来る。それに比べこのおっさんは後、何年生きていられるのだろうか、何が出来るというのか。良い事は自分で引っ張り込む、そう思って生きていれば好転するかもしれない。もう1度、退院の件ドクターに頼んでみよう。あぁ、それにしても歯が痛い。スタッフをまたやるだろうな、やりたいな、素面でいると辛すぎる。ネパールへ逃げてパスポートを作る、ビザが取れたら心が落着くだろうな。そしたら粉がなくてもやっていけるかもしれない、早くそうなりたいな。
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・39

2012-04-19 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録


   12月20日(水)(入院して17日)

 以前から薬の量を減らしてくれるようドクターにお願いしていたが昨日から薬の量が半分になった。そのせいだろうか昨夜は寝ようとベッドに横になると歯が痛み肩と首の付根が疼き出した。痛みは一晩中続き眠れない、薬を減らすのはまだ早かったようだ。早く退院したいぼくはドクターの問診に
「順調に回復している。2~3日中には退院したい」と答えた。
身体の動きは少し良いようだがまだ肩の痛みは取れていない、当然だろう入院して17日しか経っていない。ピーターが言っていたが長い時は2ヶ月以上、痛みと不眠が続き気が狂いそうだったと。いつ終るともしれない禁断症状が続くと神経が擦り切れてしまう。
 ぼくは退院したら自分の意志で自由に生きたい、と粋がってみても大使館に首根っこを押えられている。何て馬鹿な事をしてしまたのだろう、大使館口座を使うなんて。日本では今頃ぼくの引き取りの為の親族の説得が行われているのかもしれない。ドクターはぼくの入院期間を最低1ヶ月間と考えているようだ。それは大使館との話し合いによるものだろう、だとすれば退院は年を越して来年1月初旬になる。今年の正月は刑務所で過した。その時、来年の正月はどうしても娑婆で迎えたいと強く願った。9月23日、釈放されたにも関らず2ヶ月足らずでこのざまだ。そろそろ何か良い事があっても罰は当るまい。
 歯の痛みが続いている。きつい痛みが左目の奥まで感じる、今夜も眠れないだろう。12月だというのにモスキートが沢山いる。小さな鼠がちょろちょろ走り回って陽の当らない寒々とした病室だ。
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ジャンキーの旅      薬物後遺症と心の傷・・・38

2012-04-12 | 3章 デリー中央精神病院・入院記録
   12月19日(火)(入院して16日)

 スタッフをやっていた時は感じなかったが、こうしてスタッフを断って現実に戻っていくと何かしら孤独感に囚われる。日本に帰っても待ってくれる人もいない、自分の家庭も自分の部屋も残っているものは何もない。孤独の淋しさを思う。どうしてこんな歳まで生きてしまったのか、そして又これから先、何年生き続けなければならないのか。毎日同じ事ばかり書いている、同じ事ばかり考えている。精神病院のベッドの上でぼくは苦しむ。
 入院して16日目になる。禁断からの回復は50パーセントぐらい、後2週間で抜け切れるのか。これからどうするかは、その間に考えよう、粉をやるのかどうか今は何とも言えない。ただここまで苦労して粉を断ってきたのだから切り抜いてしまいたい。
 今日は久し振りに身体を洗った。気分は少し良いのだが自由のない病院生活にストレスが溜まる。ドラッグをやっていれば淋しさなど感じない、スタッフは少しずつ人間を殺していく。刑務所に収監された11ヶ月間はそれがあったから耐えられた、スタッフをやり続ければ日常の苦悩など感じないですむ。粉が脳を破壊しているのをぼくは知っている。毎日少しずつ殺していくのならそれはそれとして今の自分に相応しいようにも思える。『人間失格』のダダイズムか。病院での1日がだらだらと過ぎ去って行く。やはり粉をやるしかないのか、現実を直視し苦悩しながらも強く生きていく、それだけの気力がぼくにあるだろうか、ある様には思えない。しかしどうしてこんなに重く暗い日々が続くのか、いつまで。
 アユミは昨日から外出していた。グリーンGHに置いてあった荷物の整理や、大使館と帰国のための話し合いがあったようだ。明日、20日夕方のフライトで帰国することが最終的に決まった。アユミとぼくは最後の夕食をした。言葉は少ない。タバコを一服すると彼女はぼくの部屋から出て行った。廊下にアユミの足音がする。アユミの旅はここに終った。
 
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・11

2012-04-08 | 2章 ブラック・アウト


 どうしてだか全く分からないのだが旅行小切手120ドルがぼくの手許に残っていた。まずこの小切手の両替がパスポートのコピーだけで出来るのか。カウンターの女性行員に聞いてみると、ノープロブレムだと言う。では
「日本からの送金もこのコピーで受取れますか?」
「オリジナルが望ましいが、たぶん可能でしょう」
メービイ・ポーシブルという英語の表現では確信が持てないし送金は出来ない。日本人スタッフに来てもらい細部の確認をした。刑務官に連行されてここへ来た時、対応してくれた方だろうか、
「このコピーは一度使ったからもう使えない。新しいコピーで裁判官のサインがあれば問題はない」と教えてくれた。
お礼を言ってぼくは銀行を出た。大使館口座を使わなくても何とか送金は出来そうだ。だが時間が掛るだろう。裁判官は簡単にはサインをしない、まず銀行へ行きぼく名義の為替着信のコピーを貰い、パスポートのコピーと一緒に提出すれば裁判官はサインをするかもしれない。
 ピクニックGHに戻ると二ナは泣いていた。夜中の火事の件でフレッドから酷く怒られたのだろう。スニッフだから火を使わないが、その後にストーンを持続させるためにジョイントや煙草を吸う。ブラックアウトしているからベッドのシーツに火が点いても燃え広がるまで気が付かない。フレッドのズボンは下の方が激しく焼けていた、熱かったのだろう。横で変な白人が水パイプを吸っている。どうだ、と進めるので吸った。これは効いた。煙草とチャラスを混ぜ、その間にスタッフを入れ込んだと奴は言った。それを先に教えてくれよ、横になってぼくは動けない。効いただろう、と奴は笑っている。参りました。  
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・10

2012-04-04 | 2章 ブラック・アウト
 東京銀行へ行く事も考えてみた。パスポートのコピーで送金されたお金を受取る事が出来るのか、これは銀行の日本人スタッフに確認してみなければ分からないが、恐らく無理だろう。3月頃、銃を持った刑務官に連行され東京銀行に行ったことがある。行員もぼくの事は憶えているだろう、とてもじゃないが平気な顔で銀行内に入る事は出来ない。大使館口座を使うしか方法はないのか、だが明らかに大使館のBさんはぼくを疑っている。パスポートのコピーが使えるかどうかだけでも明日、裁判所で確かめてみよう。二ナが一緒に行ってくれる、何か良い方法が見つかるかもしれない。
 翌朝、ぼくは裁判所へ行く用意をしてピクニックGHに行った。ドアをノックして部屋の中へ入ると、フレッドはベッドの上で壁に凭れ掛かり茫然としていた。見ると奴のズボンは焼けている。ベッドの真中部分も黒くなりウレタンが焼け縮れていた。
「どうした?」
「夜中、火事になった」
ベッドは濡れ下には水溜まりができバケツが転がっていた。二ナは壁際で身体を抱くようにして毛布に包まって眠っている、ぼくは一人で裁判所へ向かった。
「裁判官、お願いがあります。デリーで生活をしていく為にはお金が必要です。このパスポートのコピーで日本からの送金を東京銀行で受け取れるようにして下さい」
「このコピーで受け取れるでしょう。一度、銀行へ行って確かめなさい。何か書類が必要であれば出します」
二ナが一緒に裁判所へ行ってくれるというので、この件についてはぼくなりに考えを纏めていた。ぼく1人でも出来ないことはない。
恥も外聞も捨てぼくは東京銀行へ行った。 
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