朝、鳴き声を聞いた鳥だろうか高い塀の上の有刺鉄線に羽根を休めさえずり、飛び去っては戻って来た。前庭から見た空は高い塀と病棟の建物に囲まれ狭い。あの6月の熱で切裂くような研ぎ澄まされた青はない、10月終りの少し優しい空は晴れていた。右の方に小さな黒い影のような物が目に入った。高い空を飛んでいる一羽の鳥か?じっと見ているとゆっくりと動いている。鳥じゃないだろう高度が高過ぎる飛行機・・・
「飛行機?」
と思いながら再びそれを見るとぼくは起き上がった。高度を上げているジェット機じゃないか、少し前10時の投薬があったのだから今10時半頃だろう。ロイヤル・ネパール・エアー、デリー発カトマンズ行き、フライト・タイム10時。25日朝、薄暗い留置場の天井を見つめながら10時の飛行機に乗れるのだろうか、エアーチケットはどうなるのか、そんな心配をしていた。今ぼくはここアシアナにいる。見上げる空に3日前ぼくが乗る筈だったジェット機が高度を上げながらカトマンズへ向って飛んでいる。あれはカトマンズ行きに違いない。高度とスピードを上げながらジェット機は左の空に小さくなって消えた。
青い空だけが残った。もう考えるのはよそう、この巨大な組織の壁の前でなすべき事は何もない。生きている今を、生きてしまっている今を自ら拒否することはない。生きることの厳しさがぼくの生を拒否するのならそれはそれとして良しとするしかない。