裁判所の手続きは簡単に終わり何時ものように郵便局に寄った。手紙を取ってくるからと一人で郵便局へ入って行くマリーを見ながら、ぼくは近くの屋台でミネラルウオーターを買った。何処でも一本、十ルピーが相場なのだが十二ルピーだと言う、交渉するのが面倒臭くて言い値で払った。ぼくが黙っていれば良かったのだが戻って来たマリーが
「トミー幾ら払ったの?」
「ちょっと高いと思ったけど、十二ルピー払った」 と、言ってしまった。
屋台のおやじと客らしいインド人が二名、そこへ彼女は怒鳴り込んだ。又、ひと悶着起こしてしまった。女性だと思って甘く見たのかインド人達はニャニャしている、お金を戻さないのならと、アイスボックスからミネラルウオーターを一本抜き取り彼女は戻って力車に乗り
「チョロ」 と、力車の運転手に言った、がスタートしない
「チョロ、チョロ」
運転手は両方の間に立たされ苦しい立場だ。思案しながら相互の顔を見比べていたが、しょうがないという顔をしてマリーが持っているミネラルウオーターを取り、屋台に行き二ルピーと引き換えにボトルを戻した。インドを旅すると良くある金銭のトラブルだ。やっとオート力車はパテラハウスへ向かって出発した。
パテラハウスは高裁だと聞いているが正確な事は分からない。表通りから入り前庭を歩いて行くと左側にある二階建てがそうだ。オールドデリー裁判所と較べると随分と小さい。表玄関から入り廊下を真っ直ぐ突き当たりまで進むと左側が小法廷、廊下には長椅子が置かれ待合所になっている。法廷内にはピーター、チャーリー、セガの三名が入っていた。ぼくが中へ入る振りをすると入口で止められた。関係者以外の立ち入りは禁止されているのだろう。法廷内に傍聴席用だろうか椅子が並べられているが、日本のように裁判関係者席と傍聴席が完全に分けられている訳ではない。
「ここで待っていてくれる」 と言ってマリーは表へ出て行った。
ぼくは煙草でも一服しょうと玄関へ向かって歩いていると、刑務官に連れられて玄関から入って来る男に気付いた。逆光になって男の顔がはっきりとは見えない。二人の間合いが詰まった瞬間、立ち止まった男はぼくの手を強く握り締めた、ボブだった。
「ボブ」 ぼくは両手で彼の手を握った。
「大丈夫だったんだな、ボブ」
うん、うん、と二度頷きぼくの目を見詰めている。刑務官に再度、促がされぼくの手を放しながら法廷へ入っていくボブ。彼は尚もぼくの目を見続け又、一つ頷いた。彼が強く握り締めたぼくの手に彼の気持ちが残っている。
「生きていて良かった」 彼の目はそうぼくに語った。
「良かったな、ボブ」
だがボブは一言も話さなかった、話せなかったのか?鉄格子に吊るしたロープが彼の首に喰い込んだのか、ぼくはボブが生きている事を知った、それだけで十分だ。ぼくはボブに会った事をマリーには話さなかった、これ以上の事を知りたくなかった。