ガンジス・河の流れ

インド・ネパール。心の旅・追想

朝の祈り・・・4  (第4話 流れのババ終り)

2005-03-11 | 第4話 流れのババ
 朝、ぼくはラムジュラを渡って対岸の美味しいチャイ屋へ向かっていた。橋を渡って左側へ緩やかに曲っていく道を上ると古い聖地へ行く。道端に蛇を持った乞食やヨギの小屋がある。右へ直角に曲るとガンガに沿った道が続く。朝の沐浴は日の出に向かって行う、その為こちらの岸にガートが多い。通りに面してダラムシャーラ(安い巡礼宿)やアシュラムが並び食堂や八百屋なども店を出している。ガートに立つと対岸にババ達が住んでいる別館やぼくのアシュラムが小さく見える。ガートでは巡礼者たちの朝の沐浴が続けられていた。がベナレスと比べると巡礼者の数は少ない。
 家族連れで賑うガートから離れて一人で沐浴をしているサドゥがいた。ガンガに腰まで浸かったサドゥの長い髪は背中に張き、両手は印を結びマントラを唱えている。ざぶんっとガンガに身を沈めると朝の祈りは終ったのだろう、サドゥは振り返りガートを上ってくる。顎の下は三角形になりその長い髭から水が滴り落ちていた。良く見ると流れのババだ。サフラン色の衣服を身に着けるとババは寺院へ向かった。ババはぼくに気づいているのかもしれないが何も言わず歩いていく。寺院に入ると壁際にアサナを組んでババは坐った。ぼくは奥に祭られているリンガに礼拝し、終ると瞑目するババの前に立つ。ババに手を合わせ喜捨を置くとぼくは寺院を出た。 
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流れのババとチラムを吸う・・・3

2005-03-10 | 第4話 流れのババ

(左・出店のババ 右・流れのババ) 

 流れのババが帰って来た。肩からさげた小さいずだ袋が膨らんでいる。ぼろ布を敷くとその上にずだ袋から出した緑のガンジャを広げている。乾燥させればいつでも吸えるし、持ち運びの荷物を小さく軽くすることが出来る。流れのババは山に行っていたのだ。出店のババを呼ぶとチラムの用意を始めた。3人が坐るとババはずだ袋のポケットから細い小指くらいのチャラスを取り出した。ぼくはそのチャラスを手に取って鼻に近づけ匂いを嗅いでみる。新鮮な樹脂の良い匂いだ。アッチャー・チャラス(良いチャラスだ)と流れのババに言うと、ババはうんうんと頷いた。何処の山かと聞いてもババは遠い山だとしか言わないだろう。これは良いチャラスだ。欲しいのだがぼくが頼んでもババは作ってはくれないだろう。流れのババは自分が吸う分は作るが商売で作るような人間ではない。流れのババは本当のサドゥだ。ばくは彼の魅力に惹かれる。
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治った片目のババ・・・2

2005-03-09 | 第4話 流れのババ
「動くな、じっとしてろ」
と言ってぼくはアシュラムへ急いだ。気持ちは焦っているのだがアシュラムへの上り坂はきつい。途中で休憩しているマム・ヨギに会った。この坂道を登っているマム・ヨギを見たのは初めてだ。ぼくは彼女を追い越し部屋へ急ぐ。ぼくが日本を出るとき病院に勤めている友人が薬を用意してくれた。抗生物質のどれも効かなかったらこれを飲め、とカプセルの薬1シートを渡してくれた。ババ達は近代医療の薬を飲んだことはないだろう。薬が強く作用し過ぎることを心配したが、カプセルを飲ませようとぼくは決めた。目尻からたらりと頬に流れる赤い血、眼球に傷がついているのであればババは痛がる筈だ。ババ達は鏡など持っていない、自分の状況が分からないのだ。片目のババが鏡で自分の顔を見れば事態の重大さに気づくだろう。とにかく急いでこの薬をババに飲ませなければならない。だがぼくはこの薬を使ったことがない。どんな症状に効くのか薬に頼るしかぼくは方法を知らない。アシュラムの坂を下りていくとまだマム・ヨギが休んでいる。さっき見た場所より少し登ったようだがもう人の手助けがなければこの坂の上り下りは出来ないだろう。今度マム・ヨギがこの坂を下りるときはガートの焼き場ではないだろうか、素晴らしいマム・ヨギだが。片目のババに薬を飲ませ必要以外には動かないように強く言いきかせた。
 翌朝ぼくは心配で瞑想が終るとすぐ別館下へ行った。片目のババは立ってうろうろしている。近寄ってババの目を見ると出血は止まっているようで安心した。そこへババ達がぼくを取り囲むようにして集まり始めた。彼等は口々にすごい薬だ何という薬なのか、俺にも一つくれないか俺にも俺にも、と言って手を出す。
「高いんだぞ一つ100ルピーだぞ、100ルピーだせ」
とぼくが言うと皆は手を引っ込めしゅんとした。実際100ルピー(約300円)より高い薬だろう、ただ日本とインドのお金の価値観が違うので何とも言えないが。
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第4話・流れのババ   怪我をした片目のババ・・・1  

2005-03-08 | 第4話 流れのババ
 流れのババが消えてから数日が経っている。ぼくはこのババが大好きだ。多くのサドゥと接してきたが彼ほどのサドゥらしいサドゥを見たことがない。彼と一緒にチラムを吸うと場の雰囲気が引き締まる。流れのババがいない間に一つの事件があった。
 朝の瞑想が終るといつものように別館下へ行った。サドゥ達は朝、起きると寺院へ行っているのだろう、残っているババは少ない。片目のババはガンガの方を向いてぼんやりと坐っている。見ると片目のババの右目から涙のように赤い血が流れていた。ぼくは驚いて周りを見るが他のババ達は何事もないようにぼんやりとしている。「お前ら片目のババの目から血が流れているのに何だ、その態度は」とぼくは怒った。どうしたんだとババに聞いても、ヒンディー語の説明では事情は分からない。出店のババが近寄ってきて、駄目だという意味だろうか首を左右に振る。顔を強くぶっつけたのだろうか、それにしては眼鏡は毀れていない。何もしない周りのババ達に「お前ら、冷たいじゃないか」とぼくは頭にきた。だが考えてみれば、片目のババに何かをしてやろうと思ってもババ達には何も出来ない。彼を病院へ連れて行くお金なんて誰も持っていない。自分が生きていくだけで精一杯なのだ。インドの自然は厳しい、その中で生きていく為には強い生命力が求められる。それを失うと死は一気に襲いかかる。
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さようなら・ババ・・・13  (第3話・出店のババ終り)

2005-03-08 | 第3話 出店のババ
 5月に入ると熱さは耐え難いほど厳しいものになった。と同時にババの商売も厳しさを増しているようだ。別館下へ行くとババは1人で走り回っていた。そんなババの動きを他のサドウ達は冷めた視線で追っている。ババは長い棒を手に持つとガンガの中へ入って行った。河の中には浮いた飛び石がありその上にババは乗って流れてくる供物舟を棒で引き寄せようとしている。直径50センチメートルくらいもある大きな供物の流し舟だ。ここリシケシでは滅多に目にしない大きな供物舟に何か金目の物が入っているに違いないとババは思ったようだ。長い棒で供物を引き寄せることに失敗したババは服を脱ぎ腰巻ひとつで泳ぎだした。インド人が泳ぐのを見るのは初めてだ。どこで泳ぎを覚えたのかババの動きはぎこちないが、それでもやっと供物舟を岸へ引き上げた。供物の花を横へ出し舟の中を調べるババ、だが何も入っていなかった。花を元へ戻し舟を再びガンガに流すババは少し照れくさそうに皆の方を振り向いた。小柄で痩せたババの身体は悲しそうに見えた。
 ガンガ沿いの小道を歩く巡礼者の数がめっきり減っている。これでは商売にならないだろう、素人のぼくの目で見てもはっきりそれが分かる。ババは時々、シュリナガールという聖地の名を口にするようになった。リシケシの上流にあるらしいがどんな聖地なのかぼくは知らない。何度かババはそこへ行っている様子で商売のことを考えているのだろう。まだそこへ行くには時期的に早いと思っているのか、その前に1度ハルドワールへ様子を見に行くと言った。
 ハルドワールはリシケシから20㎞くらい下流にある有名な聖地だ。町とガンガを見渡せる展望台があるがそこへは何とロープウエーで行けるのだ。聖地であると同時に観光施設も整いインド人に人気のある町だ。ガンガ沿いには寺院とガートが並びそれに土産物店や露店がひしめいて商いをしている。リシケシはサドウにとって大切な聖地と言われているだけに一般巡礼者の参拝は少ない。ハルドワールを巡礼するのなら距離的に近いのでついでにリシケシもという巡礼者が立ち寄っていく程度の聖地だ。吊り橋のラムジュラとガンガの渡しボートがあるくらいでダラムシャーラ(巡礼者宿)も土産物店も少ない。ここで商売にならないからといって流れの露天商がハルドワールへ行って店を開くのはそう簡単なことではない。乞食でさえ座る場所が決められているくらいなのだから。
 出店のババは明日の10時頃ハルドワールへ出発するとぼくに言った。商売ができなければ生きてはいけない。ババと一緒にいたいがババにはババの考えがあるだろう、ぼくにはそれを止める理由はない。夜、ぼくはパパイヤを1個持って別館下へ行った。ババとの最後の夜だ。チラムが回る。ガンガの涼しい風がぼく達に優しい。シャンボー・・・
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ガンガ河畔・夕方のババ・・・12

2005-03-07 | 第3話 出店のババ
 出店のババの今日の売り上げはたったの2ルピーだ。ババはぼやくぼやく。若いインド人のグループが覗きにきたのでミニパイプを2個1ルピーで売ってやった。このミニパイプはインドのニコチンが強い煙草はとても吸えないだろうと思ってぼくが日本から持ってきたものだ。せっかくインド人に売ってやったのにババはちっとも嬉しそうな顔をしない。あんまり可哀相だったので売り上げに協力してやろうとケースの中を見ているとぼくの誕生石であるムーンストーンの指輪があった。値段を聞くとババはパイサ・ナイ(お金はいらない)と元気がない。かなり落ち込んでいる。貰った指輪を左手の薬指にはめていると左手にするなとババから怒られた。左手はお尻を洗う不浄の手だ。ババ達は右手に指輪をはめている。
 ババのぼやきも良く分かる。この炎天下、露店を開いて1日の売り上げがたった2ルピーにしかない。夕方6時過ぎまで店をやって得たお金2ルピーと言えばチャイ1杯分の金額だ。それでもババは店を片づける頃には深刻そう顔をしていない。明日は明日で何とかなるさ、くよくよしてもしょうがない。そんな気持ちの切り替えの早さ、それが出来るからこそ、この過酷なインドで生きていける。しかし、あのガンガの水をよく平気で飲めるよ、冷たくて美味しいのかもしれないがボウフラが湧いている。洗濯もすればトイレの後その場所で手も洗う。水道も電気もない野宿生活ではガンガの水はババ達にとって聖なる水に違いない。ガンガに吹く風は涼しい。厳しい顔をしたババも無事に過ごせた1日を夕陽と神に感謝する。毎日がキャンプのような生活だ。いい年をこいた親爺3人がチラムを吸いながら夕食の用意をしている。いつ食事が出来上がるのか分からないが、何も急ぐことはない。ガンガのようにゆったりと時間は流れていく。
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カレーを作るババ・・・11

2005-03-05 | 第3話 出店のババ
 買物も済み料理の準備はできた。さあ始めようという段になって、まあ一服しようとババ達の意見が一致しサブジを作らないでチラムを作りだした。これじゃいつ昼飯になるか分からないと思っていたが案の定そのとうりになった。
 チラムの中には当然チャラス(大麻樹脂)が煙草と混ぜ合わせて入れてある。それを吸えば効いてくるがその状態をトリップするという。トリップにはハイとダウンがあるがその時の意識状態を示す。トリップすると意識は集中と拡散をくり返すように思われる。3人のババ達はチラムを吸ってトリップしている。1人は粉を練ってチャパティーを作っている、もう1人はニンニクを残りの1人は玉ねぎを、とそれぞれ料理の準備をしている。ババ達は手許に目を向けて集中しているかと思うと、あらぬ方を見ていたりする。ふっと我に返ると今、自分が何をしていたかに気がつくと作業を進める。1人のババは立ち上がると枯木を竈の近くに寄せだした。後で火をおこすのだから必要な作業である、誰もそのことに注文はつけない、ババは持ち場へ戻ると作業を続行する。ババ達は自分の分担作業が終るとそのままおっぽり出している「ババ、カナ」(飯)とぼくが言うとババ達は「おう、そうだ」それっと料理をやり始める。そんなことをくり返してやっと昼飯になった。両替ババはチラムを吸わない、皆のおかしな動きを見てはにやにやと笑っていた。
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