ガンジス・河の流れ

インド・ネパール。心の旅・追想

ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・21

2012-10-11 | 2章 ブラック・アウト
路地裏の薬局で注射器を2本買い1本は奴にやった。
「最近、打ってないだろう。打ってやろうか」
「大丈夫だ、何とかなる」
「やり方、知ってるな。25ml以上は入れるな危ないぞ。慣れたら少しずつ量を増やしてもいい」
何をするつもりなのか、自分でも分からない。もしランジャンの部屋に明かりが点いていなかったら、ぼくは注射器を買わなかった。人間が生きていく道には良いにしろ悪いにしろ流れがある、流れに沿って生きるしかない。
 スプーンに入れたミネラルウオーターを、1度沸騰させ常温に戻す。スタッフを入れ混ぜるが、灰色の液体には不純物が混じっている。タイのホワイト・スタッフのように完全に精選する技術がないのだろう。新しい煙草のフィルターを抜き出しスプーンの端に置く。そのフィルターに針を刺しそこから液体を吸い取る。不純物はファイターに付着し残る。注射器内の液体は25mlの目盛りをかなり超えていた。針を上に向け空気を出すと準備は出来た。腕の中を一瞬すっと冷たさが走る、と同時に頭の中に白い冷たさを感じた。左腕から心臓までの距離は短い。時間をかけゆっくりとポンプを押す。注射器内の液体が体内へ流れ赤い血液と融合する。終った。注射器は2度と使えないように処分した。壁に凭れ掛かり効きを待つ。
 2日の夕方、ぼくは自然に目が覚めた。不快感はない。生きている、それはそれとして良い。どうしても死のうと考え注射を打ったわけではない。もし死んでいたら、それでも良かった。水を一杯飲むと空腹感がある。美味しいスープが食べたい、メトロポリスへ行こう。帰りに文庫本を2冊だけ買った。治療で症状の回復が進めば必要になる。
 12月4日の朝、アルファーが迎えに来た。彼を部屋の中に入れドアに鍵を掛けた。ぼくは最後になるであろうスタッフを吸い込んだ。パッキングした残りのスタッフとチャラスをアルファーに預けた。
「今日から入院する。1ヶ月間それを預かってくれ」
「本当なのか?」
預けるとはどういう意味なのか。退院したら又スタッフをやるのか、ぼくには分からない。ドラッグの深い闇から回帰する。綺麗な身体になり、もう1度だけ現実に戻る。それから先は、その時点で決まるだろう。裁判所への出頭が終りぼくは大使館へ向かった。

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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・20

2012-10-03 | 2章 ブラック・アウト
ホテルのベッドで横になりぼくは考え続けていた。
「良い病院がある。入院して治療しましょう」
「4日は裁判所への出頭日です。それが終わり次第、大使館に来ます」
「病院の手配はしておきます。必ず来て下さい」
「約束します」
今日、Bさんはぼくにお金を渡さなかった。正解だ。残りのお金は数千ルピーしかない、これでは何も出来ない。もし15万ルピーが手に入っていたら、ぼくは逃げ続けようとしただろう。
 皆と一緒に吸う最後の夜になるかもしれない、ピクニックGHで吸っていた。
「病院に入院する事になった。スタッフを止める」
「スタッフを止めてどうするの。退院しバザールに戻っても止め続けられるの」
「難しい問題だが取りあえず止める。後のことはどうなるのか、ぼくにも分からない」
アシアナでの苦しい禁断治療が終って第2収監区に移送されたその夜、ぼくは何の躊躇いもなくスタッフをスタート・アゲインした。入院している間は止められる。退院してメインバザールに戻る、スタッフを止め続けることが出来るのだろうか、デリーではアルコールよりも簡単に手に入る。
スタッフによる禁断は1ヶ月で抜け出せるかもしれない、だが依存症は身体の中に残る。一時的にスタッフを断つ事は誰にでも出来る。依存症から解放されるには何年かかるか分からない、一生かかっても治らないかもしれない。また同じことを繰り返す。二ナの部屋を出ると右奥にあるランジャンの部屋に明かりが点いている、ドアをノックした。中でごそごそ音がしていたが小窓から奴が顔を覗かせた。
「注射器を買いたい、どこで手に入る?」
「お前が使うのか?今まで打っていないだろう」
「たまには打つさ。どこで買えるか教えてくれ」
「待ってろ、一緒に行ってやる。お前1人だと売らないだろう」
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・19

2012-10-01 | 2章 ブラック・アウト
4日前にぼくを脅した裁判官だったがキャンセルについて彼は何も言わなかった。次回、12月4日の出頭日を指示されただけで無事に終った。しかしスタッフを続ける限り今回と同じ問題を起こす危険性は残る。
 パテラハウスでピーターに会った。
「俺も12月にはリリースされる。お金の手配がついた」
「そうか、それは良かった」
第4刑務所内にある薬物中毒者更生施設で初めて彼に会ってから1年が過ぎていた。お金さえあれば保釈という条件がつくにしろ刑務所から出る事が出来る。肝炎で死んだクリスはどうなった、アミーゴは何をしているのか、ジャクソンやフランシスの刑はいつ終るのか、もうすぐ寒い冬がやってくる。去年、クリスマス・カードを書いていたアミーゴは後何回クリスマスを刑務所で過ごせば出てこられるのか。
ぼくと前後してリリースされた者は、
アシュラム、チャチャ、ムサカ、ショッカン、ランジャン、チャーリー、パラ、ムスタハンとアルファー等がいる。釈放されると彼らはすぐドラッグ・ビジネスに精を出している。逞しいアフリカンだ。
12月1日、ぼくは大使館へ日本から送金されたお金を引取りに行った。いい加減な言い訳でその場を取り繕うとしたぼくに
「何度、嘘を吐いたら気が済むんだ」
「そんな嘘がいつまでも通ると思っているのか」
Bさんは机から立ち上がり大きな声でぼくを叱責した。怒りの目はぼくを捕らえている。
執務室にはAさんもCさんもいる。事の成り行きを見守っているだろう。ぼくは決断を迫られている。考える時間が欲しい。黙って下を向いた。
「この状態を続けて、これから先はどうなる。またお姉さんに心配をかけるのか」
もう逃げるのに疲れた。どの様な形であれ今の生活にけじめをつけなければならない。ぼくはすべてを認めた。立ち上がり深く頭を下げ
「申し訳ありませんでした」
もう良い。何かが終り、何かが始まるのかもしれない。
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・18

2012-08-30 | 2章 ブラック・アウト
「トミーさん、問題は明日中に解決します。27日に出頭して下さい。逮捕の心配はありません」
「有難うございます」
メインバザールの通りにあるクリニックでフィリップスとアルファーがドクターと話し合っている。バクシ弁護士からすべての手順は連絡されている。ドクターはぼくの問診を始めた。以前、刑務所内の診療所や病院でやった手口と同じだ。ぼくは病気で出頭することが出来なかったと、ドクターのメディカル・レポートはそれを証明する。この証明書を明日中に弁護士が裁判所へ提出すれば今回のぼくの問題は解決するだろう。
 フィリップス、マリーと別れた後もアルファーはぼくに付き合ってくれた。彼は刑務所内でスタッフ売買をする組織とは関係を持たずチャラスだけを売っていた。スタッフのジャンキー達はどうしてもチャラスが必要になる。彼は腰の低い売人だった。
ぼくのホテルの部屋への訪問は、マリーを除いてアフリカンは断わるようマネージャーに頼んである。だが2度と出頭をキャンセルするわけにはいかない。その恐れがあるぼくは迎えに来てくれると言うアルファーの誘いに乗った。
 バクシ弁護士への支払いが突発の出費となり、日本へ急ぎ送金依頼の電話を掛けた。週末を挟んでいるので受取りは来週の水曜日頃になるだろう。パスポートのコピーを使う送金では今回は間に合わない。大使館口座を使ってしまった。非常にまずいやり方だが至急お金が必要だ。その為にどうしても大使館へ行かなければならないようになった。厳しい追求があるかもしれない。
 27日の朝、裁判所へ行く用意をして窓から通りを見ているとアルファーが歩いて来るのが見えた。帰りにパテラハウスへ寄る予定にしている。スニッフで軽くスタッフを入れているとドアをノックする音、彼を外に待たせてすぐ出発した。
「大丈夫だろうか?」
「心配するな。メディカル・レポートは俺が直接、バクシ弁護士に渡した」
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・17

2012-08-27 | 2章 ブラック・アウト


「アルファー、トミーをバクシ弁護士の事務所へ連れて行け」
「心配するなトミー、何とかなる」
エマが励ましてくれた。長い刑務所生活が続いているエマがぼくを助けようとする。保釈されたぼくは1度も彼の面会に行っていない。何もかも悪いのはドラッグのせいにしてぼくは逃げている。
 バクシ弁護士の事務所のドアには鍵が掛っていない、中へ入って待っているとフィリップスとマリーが急ぎ足でやって来た。事情は既にエマから聞いているようだ。
「急がないとまずい事になるぞ」
そう言うと彼は弁護士を捜しに外へ出て行った。急がないとまずいとは?そうか明日は金曜日だ。明日中に裁判所へ手を打っておかなければ、土曜と日曜は閉館になる。ぼくがキャンセルした問題を、明日中に解決しておかなければ、27日の月曜日に出頭日したとき逮捕される可能性がある。
 バクシ弁護士の電話は続いている。9月23日夜にぼくが保釈されてから今日で、ちょうど2ヶ月が経っている。次から次に起こる問題はぼくを追い詰めていく。どこまで深い闇の中を落ち続けていくのか。ぼくがすべき事は分かっている。ドラッグから抜け出し裁判に正面から取り組むことだ。ぼくは逃げてばかりいる。逃げ続けてドラッグの深い闇をジャンプすれば全ては終る。それでも良い、ぼく自身の意思なんかどこにもない。ぼくを包む生と死がある。それは一枚の布として織り合わされている。生と死は判然とせず死のように生き、生きようとして死ぬ。生と死は細い一本の線と融合し消えていく。
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・16

2012-08-24 | 2章 ブラック・アウト
悪夢かこれは、何故だか分からないがどうしてぼくと裁判官の間にこれ程の日数差がでるのか。信じられない。どうなっているのか、ぼくの頭の中は大混乱状態に陥った。心臓の音だけが身体の中を激しく打ち続けている。そんなぼくにとどめを刺すかのように裁判官は
「デリー刑務所に再び収監される事もあるだろう」
ぼくは裁判官の机の前に立っている、が足は小刻みに震えよろけそうだ。法廷内にいるすべての人がこの成り行きを見ているだろう。何も見えない。ぼくの頭の中は真っ白になっていた。
「追って、処分の通達があるだろう。帰ってよろしい」
ホテルへ帰って裁判所からの通達をじっと待つのか、再収監が有り得るというのに。逃げるかネパールへ、だがこの身体では逃げ切れない。大使館はこの件について一切関与は出来ない。法廷を出て待合所の椅子に座り、震える手でぼくは煙草に火を点けた。煙草を吸いながら状況を整理したかった。ゆっくりと吸う、冷静になれ何か打つ手は必ずある。どんな悪い状況でも生き延びてきた。一本の煙草を吸う時間はぼくに少しの落ち着きを取り戻させた。1人で考えるな、1人の知恵は小さい。パテラハウスへ行こう、アフリカンに会える。彼らが何か良い方法を考えてくれるだろう。
 ぼくがパテラハウスに入っていくと皆は心配してぼくの回りに集まって来た。
「ネパールへ行ったんじゃないのか?」
「何してたんだ、トミー?」
「今日は何日だ、教えてくれ」
「二十三日の木曜日だ。お前は20日の出頭をキャンセルしている」
「本当にそうなのか」
アフリカンの情報網は広くて素早い。ぼくが20日の出頭をキャンセルした事を彼らはもう知っていた。出頭をキャンセルした以上、ぼくはデリーにいる事は出来ない。ネパールへ逃亡したに違いないと彼らは思っていた。ぼくはホテルに籠って何もせずただスタッフを吸い続けていた。1日だけじゃない、3日も遅れている。その事さえ気付かずに平気な顔で裁判所へ出頭した。リリースされたアルファー以外、ここにいる彼らには自分の審理がありそれが終ると護送車で刑務所へ戻る、ここを動く事は出来ない。
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・15

2012-08-21 | 2章 ブラック・アウト
 裁判所へ出頭した。法廷の入口から裁判官の横顔を見ると前回、送金について親切にアドバイスをしてくれた方だった。裁判官へ会釈し前列の椅子に座ろうとしたとき、裁判官はいきなり強い口調でぼくを呼びつけた。不機嫌そうな顔から、一目見て彼が怒っているのが分かる。分かるが何故そんな剣幕でぼくを呼びつける必要があるのか。興奮すると声は少し大きくなる。彼は早口で喋りだした。会話は全体を理解しなくても良い、ポイントさえ掴めば何とかなる。聞き耳を立てていると裁判官が言わんとする意味が分かってきた。
「どうして君は、決められた日に法廷へ出頭しなかったのか」
何を言ってるんだ彼は。ぼくは彼の言い分が全く理解出来ない。出頭日の今日、ぼくはこうして裁判所に来ているではないか。
「ぼくはこの様に決められた日に出頭しています」
このぼくの言葉を聞いた裁判官は、何を言うか、と益々頭に血が上ったようだ。何をそんなに怒っているのか、ぼくにはさっぱり不明だ。
「今日がその決められた日なのか、君にとって」
書記官はまずいなぁという顔をしている。
「どういう意味ですか」
ぼくもちょっと頭にきてむきになった。
「君は11月20日の月曜日に、当法廷へ出頭しなければならなかった。分かるか」
「イェッサー」
「今日は何日だ、答えろ」
「今日は11月20日の月曜日です」
裁判官へそう答えながらぼくは不安に囚われるのを感じた。
「今日は11月23日の木曜日だ」
裁判官は確信に満ちた顔でそう言うと、ど~んと机を叩いた。
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・14

2012-08-05 | 2章 ブラック・アウト
夜中、喉と鼻に異常な刺激を感じてぼくは目が覚めた。壁に凭れ左側へずり落ちるようにして眠っていた。何が起こったのか?延ばした左手の先を見ると、ローソクの灯かりでも黒くなっているのが分かる。部屋の中には煙が籠っていた。身体を起こしベッドの真中辺りを見ると、白いシーツの黒い部分から煙を出ているように見える。やばい、ベッドから飛び降り電気を点けた。ベッドマットの真中辺りで円を描くような部分から煙が出ている。煙草の火が燃え移ったのだ。シーツを剥ぎ取りバケツに汲んだ水をコップ入れ、円の外周に沿うようにベッドマットに水を流し込んだ。窓を開けると煙は外へ流れ出している。扇風機を回すと煙は勢い良く外へ吐き出されていった。火は消えたようだが厚いベッドマットの中にはまだ火が残っているかもしれない。少しずつ水を滲みこませた。
 ぼくはのろのろと椅子に座り込もうとして、すくっと立ち上がった。そっとドアを開けホテル内の様子を窺う、吹き抜けに少し煙が残っているようだが静かだ。誰も気付いてはいない。音がしないようにドアを閉め鍵を掛けると、ぼくはぐったりと椅子に座り込んだ。部屋の中は惨憺たる状態だ。何という事をしてしまったのか、火の点いた煙草を指に挟んで眠るなんて。
「火事になった」
茫然としたフレッドの顔が浮ぶ。ぼくもそのような顔をしているのだろう。
刑務所内で白黒のテレビを1300ルピーで買った。それから考えるとベッドマットの値段は500ルピーくらいだろう、買い換える事については問題はない。だがホテル内で火を出した事の責任を追及され、ホテルを追い出されるのは困る。ベッドマットを調べてみた。表面は広く焦げているが火はそんなに深くまで焼いてはいない。幸い気付いたのが早かったのだろう、ひっくり返せば分からなくなりそうだ。シーツの焼けた穴も大きくはない。その部分が見えないようにベッドと壁の間に押し込んだら見えなくなった。シーツはぼくが要求しない限り1ヶ月でも交換しない、ぼくがチェックアウトした後に交換する。何時までここにいるか分からないが、もう2度とキーランに来られない事だけは確かだ。臭いはインセンスを焚けば分からなくなる。眠る事は出来ないだろうが夜が明けるまで外には出られない。ベッドの上で横になった。
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・13

2012-07-31 | 2章 ブラック・アウト
 ぼくは日数を失い日付を間違っていることに気付いた。コンノートにある日本情報センターへ行った。日本からの手紙が着いているか調べるためだ。情報センターに着くと休館になっている。今日は金曜日なのに何故だ、日本の祭日でもない。ぼくは暫らく入口に立って館内の様子を見ていたが誰もいない。通りのインド人に確かめてみると今日は土曜日だと言う。ぼくが考えていた日は一日遅れていたのだ。もし、この一日の遅れに気付かなかったらぼくは月曜日ではなく火曜日に裁判所へ出頭していただろう。保釈中のぼくにとってそれは許されない重大なミスだ。弁明の余地はない。
 何度も転ぶようになった。膝や肘の傷が絶えない。歩きながら何を考えているのだろうか、小さな起伏や段差に足を取られ、ばったりと倒れる。倒れた自分にやっと気付き、地面に伏した顔を上げ周りを見るとインド人達が笑ってやがる。
商店を一つ挟んでキーランとカイラスのGHがあるが、何度か間違えてカイラスの階段を上った。
「ジャパニー、ここはキーランじゃありませんよ」
間違いに気付き階段を下りようとしたぼくに
「部屋、空いてるよ。替わりますか?」と言って笑いやがる、嫌味なマネージャーだ。
 カトマンズのスンダルへファクスを送ったと二ナはぼくに言った。彼からの連絡を待っているが何とも言って来ない。二ナの頭はドラッグでどうかなってしまったのか。彼女はカードを持っているが、何のカードなのかぼくには分からない。
「このカードでトミーのお金が引き出せる」と言う。
東京銀行へ行って2度やってみた。名前、パスポート番号とそれから銀行の暗証番号を入力する。そんなことでぼくのお金が引き出せるだろうか、どう考えても不可能だ。他の都市銀行に預金してあるのだから。そんな二ナと真面目に付き合っているぼくも、おかしなジャパニーなのかもしれない。出国する前、ぼくは預金を東京銀行へ移そうと考え、支店へ行って話を聞いてみた。同じ東京銀行だがデリー支店は、システムが異なりカードでの引き落としは出来ないと言われやめた。日常生活での二ナとの付き合いは楽しくて良いのだが、それ以上の事は相談しても無理だとぼくは分かった。
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ジャンキーの旅              ブラック・アウト・・・12

2012-07-26 | 2章 ブラック・アウト
毎夜、ブラックアウトしている。途中、1時間くらい眠っているようだ。目が良く見えない。チェーシングをやろうとするのだが火のコントロールが出来ない、指を焼いてしまった。
二ナの事をぼくは何も知らない、国籍も年齢も。20年間スニッフをやっていると彼女は言うが、鼻の中にトラブルはないのだろうか。確かに効きは良いし道具もいらない。彼女はいつもキャンディーやスイートを持ち歩いている。スタッフが鼻から口内に流れる、その苦味を消す為だ。目が悪くなって字が書けない。ノートの線が二重に見えてどこに字を書いているのか分からない。
 サンダルが滑ったのだろう、両足を前に出した姿勢で、お尻の尾てい骨を大理石の階段にダンダンダンと打ちながら、ぼくは2階から滑り落ち始めた。後からマネージャーの大きな声が聞える。パタパタと駆けるサンダルの音が追いかけ、近付いてくるとぼくの両脇を掴まえた。狭い急な階段の中頃である。もしぼくの身体が後ろに倒れていたら、大理石の階段の角に後頭部を激しく打ち付けていただろう。スタッフを吸い自分に何が起こっているのか分からず防御の動きをしなかった、それが良かったのかもしれない。尾てい骨のダメージは長く続いた。座ることも歩くことも、トイレで用を足すにも痛みで辛かった。この夜、横座りしてスタッフを吸いキックしたぼくは、斜め前に屈み込み居眠りをしていたのだろう、髪の焼ける臭いと額に熱を感じ飛び起きた。ローソクの火で額から髪を焼いてしまった。
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