NHKハイビジョン /プレミアム8
「ロシア 心の闇(後編) 亀山郁夫が読む革命の芸術家たち」
《内容》
新訳「カラマーゾフの兄弟」を世に送り出した亀山郁夫さんが、映画監督エイゼンシテイン、詩人マヤコフスキー、作家ブルガーコフ、作曲家ショスタコーヴィチ、4人のロシア・アヴァンギャルドの表現者たちに迫る。
ブルガーコフを取り上げるというので見てみました。なかなか面白かったです。4人の偉大な芸術家の生涯と作品、思想についてを、亀山先生が分かりやすく簡潔に解説してくれます。
私はエイゼンシテインとマヤコフスキーについてはほとんど何も知らなかったのですが、これを見て、ちょっとその作品に触れたくなりました。映画『戦艦ポチョムキン』とか『イワン雷帝』なんかはものすごく有名ですよね。革命期を生きる映画監督というのは大変な苦労があったようです。伝説的な名場面が多数あるというエンゼンシテインの映画ですが、いつか観てみたいと思います。番組で取り上げられた部分を見るだけでも、たしかに迫力ある画面が続いていて、とても面白そうでした。イワン雷帝のタイトル画面がすごく格好良かった。さすがロシア。
マヤコフスキーについては、その生涯があまりに悲惨なので、不謹慎ながらそっちにもとても興味が沸きます。愛した女性がみんな政府から送り込まれた密告者だっただなんて…可哀想すぎるぜ。言葉の力で、声の力で世の中を変えられると信じながらも、その一方で詩情を生み出すのに欠かせない人間の心を失っていくことに絶望したらしいマヤコフスキー。番組で引用された詩が、胸にしみました。
ぼくの精神には一筋の白髪もない
年寄り臭い優しさもない
世界を声の力でうち砕き
ぼくは進む
美男子で
二十二歳
――「ズボンをはいた雲」マヤコフスキー
理想とか、信念とか、そういった強くて美しく、若々しい希望に溢れていたはずのものが、次第に薄汚れ、弱り、死にかけてゆくのは何故なんでしょうね。いったい何のためにそんなことが起こるんだろう。どうして留まってくれないのでしょうね。そんなのは当たり前だと思いますか? いいえ、私にはそうは思えないのです。きっと何かが足りなくて、どこかで何かを見落としたりしていて……。
ブルガーコフのところでは、やはり『巨匠とマルガリータ』が取り上げられていました。久しぶりに読み返したくなります。亀山先生は、ブルガーコフを “第一級の芸術家である” と評しておられましたが、私も同意。
善の立場から悪を憎むことがヒューマニズムであるとしたら、善と悪とは一枚のコインの表と裏であると考えるのはヒューマニズムではない。ブルガーコフは、後者にあたる。とのことでしたが、なるほどそう言われるとそうかもしれないと思います。二者択一ではなく、それを越えたさらなる高次なところ、真なるもの、不滅の、ブルガーコフという人は、そういうものを求めていた人なのかもしれません。
それにしても番組では、『巨匠とマルガリータ』のオチを思い切りばらしていましたが、良かったのでしょうか。だけど、あの部分がこの物語のもっとも感動的なところで、それを聞いたら、「どんなお話なんだろう?」ときっと興味が沸くだろうからいいのか。そう言えば、私も人に勧める時はまずそれを引用してたわ。だって、あまりにも感動的だから。あ、やっぱ読み返そう。
それにしても、スターリンから直接自分宛に電話がかかってくるとか、怖過ぎ……。
ショスタコーヴィチの交響曲第5番についての話も面白かったです。「ハバネロ」にある4つの音からなる有名なフレーズを自分の曲にも盛り込むことで、自らの密かな意思を音楽の中に込めたというショスタコーヴィチのこの曲。音楽って、そういうことが出来るのか、とひたすら感心してしまいました。奥深い! なにも知らない私などは、「お~、なんか盛り上がってすごい曲」くらいにしか思っていませんでしたけど、そんな反骨精神溢れるメッセージが込められていたとは!
それにしても、スターリンって、ほんと怖過ぎ。いったい何者だったのですかね。
というわけで、一人あたり20分ほどの短い時間でまとめられてあるものの、おそらく基本的な要点は抑えてあるんだろうなーという、なかなか面白い番組でありました。
芸術とは何かということについて、しばし考えさせられますね。私個人としては、芸術とは、人間をこれまでとは別の、もっと高いところへ押し上げる力を持った、人類の共有の財産であるべきものだと考えます。まあそれって、当たり前のことか。ただ、芸術を、芸術家を、社会はどう扱うべきかという問題は、きっと今でもまだ問題があるところなんだろうなーとも思ったりします。
人間の魂を圧倒する芸術を、本当に認めたり、本当に理解したりするためには、どうしたらいいのでしょう。時には自分にとってその意図や魅力がまったく分からない芸術作品もある、ということが、私を悩ませるのでありました。
話が逸れてしまいましたが、ロシア革命周辺の激動の時代にも、多くの優れた芸術家が抑圧に苦しみながらも素晴らしい作品を世に残していったという事実は、とても励まされることですね。私には何が正しくて、何が間違っているのか、何に価値があって、何には価値がないのかをきっぱり判断することはできないけれど、抗いがたい激しい流れに負けない人々がいるのです。それでも人類は素晴らしい、と思わせてくれるものが、芸術。と言ってしまっても、それはきっと間違ってはいないのではないでしょうか。