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『ちくま文学の森6-思いがけない話』

2009年07月13日 | 読書日記ーその他の文学

編者:安野光雅/森毅/井上ひさし/池内紀
(筑摩書房)




《収録作品》
夜までは…室生犀星/改心…O・ヘンリー/くびかざり…モーパッサン
嫉妬…F・ブウテ/外套…ゴーゴリ/煙草の害について…チェーホフ
バケツと綱…T・F・ポイス/エスコリエ夫人の異常な冒険…P・ルイス
蛇含草…桂三木助演/あけたままの窓…サキ/魔術…芥川竜之介
押絵と旅する男…江戸川乱歩/アムステルダムの水夫…アポリネール
人間と蛇…ビアス/親切な恋人…A・アレー
頭蓋骨に描かれた絵…ボンテンペルリ/仇討三態…菊池寛
湖畔…久生十蘭/砂男…ホフマン/雪たたき…幸田露伴


《この一文》
“それから長いあいだというもの、きわめて愉快な時にさえも、あの「かまわないで下さい! 何だってそう人を馬鹿にするんです?」と、胸に滲み入るような音をあげた、額の禿げあがった、ちんちくりんな官吏の姿が思い出されてならなかった。しかもその胸に滲み入るような言葉の中から、「わたしだって君の同胞なんだよ。」という別な言葉が響いてきた。で、哀れなこの若者は思わず顔をおおった。その後ながい生涯のあいだにも幾度となく、人間の内心にはいかに多くの薄情なものがあり、洗練された教養ある如才なさの中に、しかも、ああ! 世間で上品な清廉の士とみなされているような人間の内部にすら、いかに多くの凶悪な野生が潜んでいるかを見て、彼は戦慄を禁じ得なかったものである。
  ――「外套」(ゴーゴリ)より ”




「思いがけない話」というだけあって、ここに収められた短篇は、いずれも思いがけず口をあんぐり開けてしまうような、意外な面白い作品ばかりでした。

モーパッサンの「くびかざり」、ブウテの「嫉妬」、サキ「あけたままの窓」、芥川「魔術」、江戸川乱歩「押絵と旅する男」、アポリネール「アムステルダムの水夫」、ビアス「人間と蛇」、アレー「親切な恋人」、ホフマン「砂男」、と収録されたおよそ半分の作品については、私はすでに別の本でも読んだことのあるものなのですが、これらの作品は何度読んでもやっぱり面白い! という類いの短篇なので、今回も楽しく再読しました。特に芥川龍之介の「魔術」は最高に面白い。あの切れ味! 鮮やかな描写! わなわなしますね。

ここで初めて読む作品のなかで、私が特別に衝撃を受けたのは、以下の3作品。

O・ヘンリー「改心」、ゴーゴリ「外套」、久生十蘭「湖畔」。この3つは、本当に口がアガガガガとなって、あまりの面白さに最後まで一気に読み通してしまうレベルでした。無茶苦茶に面白い。信じられない。というわけで、それぞれについての簡単なまとめ。

*改心…O・ヘンリー

ジミー・ヴァレンタインは金庫破りの罪で服役していたが、赦免される。釈放された彼は、とある町でラルフ・スペンサーと名前を改め、靴屋を始め、靴屋は繁盛し、町の銀行家の娘との婚約も果たす。成功と幸福が約束された彼の前に、しかし思わぬ危機がおとずれ……というお話。

とにかくもう、今となっては見え見えのベタな展開なのですが、なんか格好いい。今までに制作されたこの手の格好いい系のドラマなんかは、こういうのがベースになっているのでしょうか。物語の結末のあまりのクールさには、もう爆笑です。格好よすぎ! 決まりすぎていて笑えるのですが、しかしやっぱり格好いい。王道ですね! わーい!


*外套…ゴーゴリ

万年九等官のアカーキイ・アカーキエウィッチは、そのずたぼろの外套を思い切って新調することにし、努力と節約の結果、立派な、一番上等な猫の毛皮の、身体にぴったりの外套を手に入れた。生涯でもっとも誇らしいこの外套を、彼はしかしお祝いの帰り道で奪われてしまい……というお話。

これはたまげました。今ごろになってようやく「外套」を読んだのかと、自分でも呆れますが、途中まで読んだことのあったこの作品を、かつてはどうして途中で投げられたのか理解できないほど、恐ろしく魅力的で、思いがけなく、胸が苦しくなるような驚きと悲哀に満ちた凄い作品でした。まあ、何と言うか、はっきり言って凄い。凄いスピード感。特にクライマックス周辺の、突然幻想味を帯びる盛り上がりと意外性には、ほんとうにびっくりしました。凄く面白い。いやー、驚いた。開いた口が塞がりませんでした。たまげたなぁ。


*湖畔…久生十蘭

貴族の家柄で、英国留学中に決闘で受けた弾痕によりただでさえ恐ろしい容貌をいっそう恐ろしいものにしてしまった《俺》は、誰かに愛されたいと願いながらも、生来の鬱屈した強い猜疑心のためにそれを得られないでいる。だが帰国して後、若く美しく、心根も朗らかな少女 陶と出会い、彼女を妻とするのであったが、相変わらず素直になれない《俺》はその冷酷さが原因で裏切られ、彼女を殺し、湖に沈めるのだが……というお話。

異常に興奮しました。異常に面白い。もうどうにかなりそうです。
久生十蘭の「湖畔」は面白いらしいという話は聞いていたのですが、予想よりもずっと面白かったです。なんという激しい愛の物語。いや、主人公と陶の愛の顛末も面白いのですが、この作品の面白さはそれだけではないですね。とにかく、意外性が随所に満ちているのが、たまらなくこの作品を面白くしています。

ストーリーの意外性はさることながら、登場人物の設定もまた、読み進むにつれてその意外性が明らかになっていきます。性格はひねくれ、容貌魁偉であると自己について告白する主人公が、実は作品中でもっとも素直で単純、優しく公平な人物であったり、天真爛漫、美しく清らかで儚げな存在であると思われた陶が、実はかなり情熱的で実際家だったりするというこの意外性。これらをすべて主人公が一人称で語るのですが、それがまた物語を生々しく鮮烈なものにし、かつ結末の清々しさを激増させているようでした。うーむ、面白い! 面白い! 2度も繰り返して読んでしまったほどです。


うーん。やっぱり面白い物語には意外性というのがかなり重要な要素であると、あらためて実感しました。ええ!? とびっくりさせられる快感を味わうのが、物語を読む楽しみのひとつでありますね。ふふふ。



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