2021年3月のクライストチ
ャーチ・ウエストコースト旅
行3日目の午後はブルナーへ
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ホキティカから北上してグレ
イマウス、そして少し内陸に
入ってクルマで小1時間ほど
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/a1/d141e4d69a61a89e084cbf4b6fc59bdd.jpg)
橋でつながるグレー川両岸で
かつて活況を呈した炭鉱跡。
歴史散策コースになっていて
史跡には豊富な写真や解説も
青く見えますが、この川もホ
キティカ川同様、名前の通り
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/2f/ed7d65ca8564b5426e8656d400813e21.jpg)
灰色の川
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/9c/a29b16c135acb731fdef89610d9576ae.jpg)
ここを初めて訪れたイギリス
人は1848年にマオリの案内役
とやってきた測量士兼探検家
トーマス・ブルナーでした。
その後20年もしない1864年
(ウエストコーストで金が発
見されたのと同年)に採炭を
開始。ブルナーの名を冠した
炭鉱の歴史が幕を開けます。
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(※1866年のブルナー。交通の
足はグレー川を行く船のみ)
ブルナーは19世紀のNZで最
も生産性の高い炭鉱となり、
地下の坑道には日々男たちと
荷役馬が入っていきました。
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(※1900年頃。石炭を運ぶ馬)
生産性の向上に一段と弾みを
つけたのが輸送手段でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/bd/eb42211794867c97787c028cf6bde725.jpg)
採炭開始12年後の1876年に
はブルナーからグレイマウス
まで、鉄道が開通しました。
(※この先はグレイマウス)
今はトランツアルパイン鉄道
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/e8/a36b7d694a8b743b9ff009cc3cdaca96.jpg)
私たち乗って来たのとは逆方
向のクライストチャーチ行き
が走っていくところでした
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/good.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/40/daf959673a9cc414a14da3bead45b035.jpg)
それまでは石炭をグレイマウ
スまで、船で運搬していたの
で効率の向上は歴然でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/6f/3ad83489d62e2ec2e8c3884990b2ff7b.jpg)
(※1866年のグレイマウス港)
両岸を結ぶ吊り橋ブルナー橋
も同年に完成の予定でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/03/8f0e142907545ca2c625132dc3340e6c.jpg)
しかし、設計ミスから完成目
前に橋が落下してしまい💦8
ヵ月後の1877年に正式開通。
石炭を積んだトロッコは、こ
こから荷役馬に引かれ対岸へ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/65/83111f839b6c4004aff47cf38d7b8625.jpg)
橋は再建時に幅が広げられ、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/40/2fc833fba72512c3af3aad9e2212535e.jpg)
1877年の開通後にはこの活況
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/a8/96701c957cb2fe978fc70b719932ae6e.jpg)
輸送を待つ貨物の量が驚異的
これを人力で掘り、馬がここ
まで運んでいたのですから
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/namida.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/4b/31ea9ec950c8daf689179312efce7078.jpg)
引き込み線のトロッコの模型
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/f2/626c5263bb1827d831e8b946a3075afe.jpg)
橋はトロッコが頻繁に行き交
ったため、1885年に橋の上に
歩行者専用の歩道橋を増設。
1892年には5分おきにトロッ
コが行き交う交通量でした。
(※山の手線か
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/eq_2.gif)
馬は1回10トンのトロッコを
引かされていたという過酷さ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/67/dc41a2efc0e8f9ad3c26be62e658c3dc.jpg)
空になったトロッコを引いて
橋を渡って行く馬に胸が熱く
なります(1890年頃)。人間
の飽くなき欲望に、息絶える
まで働かされたのでしょう。