2021年3月のクライストチ
ャーチ・ウエストコースト旅
行3日目のブルナー炭鉱跡。
最盛期にはグレー川沿いに7
ヵ所の炭鉱があり、ブルナー
はその1つ。ウエストコース
トで金が発見された1864年
に開坑し、1942年に閉山。
ブルナー炭鉱では1869年か
ら耐火れんがの製造が始まり
オーストラリアからの輸入品
に取って代わっていきます。
1874年にブルナー石炭層の
下に良質の耐火粘土層がある
のが発見され、れんが製造は
鉱山に付随した一大産業に。
1886年のれんがのストック
1897年頃のれんが製造工場
原材料の粘土を砕いたり、レ
ンガを形成したりという一連
の作業が行われていました。
一時は同時に3,000個のれん
がを製造するまでになり、ブ
ルナーれんがはその品質と耐
火性から人気を博し、国内は
もとよりオーストラリアに輸
出された時期もありました。
(※1913年頃)
工場そのものも耐火れんが製
周囲には今もたくさんのれん
が残っていますが、歴史遺産
の一部として持ち去り厳禁
赤い屋根の下の巨大ピザ窯
ここでれんがや耐火粘土製品
(暖炉用品など)を平均4日かけ
て焼いていたんだそうです。
これらはハチの巣コークス炉
と呼ばれ、北イングランドの
ダラム炭鉱で確立されていた
もので、移民によってもたら
されこの地に定着したそう。
れんが製造は1890年には鉱
山収益の8%を占めるまでに
なり、20基以上のコークス
炉はフル稼働状態でした
(※1885~86年頃。コークス
を袋詰めにする労働者たち)
1902年のハチの巣コークス
炉(右)とコークス作業場(左)
工業製品には決して真似るこ
とができないこのぬくもり
1世紀を経ても整然と美しい
良質の耐火れんがの大量生産
は人口増による建設ラッシュ
で1922年まで続いたものの、
粘土供給が底をついたためハ
チの巣コークス炉は廃炉に。
今は世界的に希少な歴史遺産
1903年
左が炭鉱入口、右がれんが工場
2021年
れんがにその名を留めるのみ