田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

狼がでた!! 「朱の記憶」/麻屋与志夫

2011-07-27 17:10:18 | Weblog
7

「ながかった」
それが内部にある声なのか。
わたしがこれから書こうとしている小説のなかの会話なのか。
わからない。
リアルな世界に想像の世界が――小説の世界が入りこんできた。

「ながかった」

わたしの町の人狼伝説を書きだしていた。
たえずこれまで邪魔されてきたが。
人狼がわたしにおよぼしている害意だとすれば。
すべての不可解なことが解けてくる。       

夕暮れの茜色。
巨大な鯨の胴を真っ二つに割いたような赤黒い雲。
茜色などというロマンチックな色彩ではなかった。   

わたしはこの色を恐れてきた。
わたしたちの種族では男の子は歓迎されなかった。
男が生来の能力に目覚めることは、小さな部族に危機をまねくだけだ。
男が血を吸う種族全体のもつ能力に目覚めることは忌み嫌われていた。
そんなことが起きれば、部族に滅亡をもたらすかもしれないのだ。
女だけがマインドバンパイアとして生きてきた。
人と交わることもできた。

「わたしたちの部族は男を産んだときはね、
母親みずからが赤ちゃんに割礼を施すのよ。
嬰児に割礼を施して男に種族の本能に目覚めさせないようにするの。
割礼が本能を抑えるなんてまったくの迷信よね。
たぶんかわいそうにそのときの朱の記憶、
血の色を痛みとともに覚えたのね。
かわいそうに、初めて流した血の色を覚えているのだわ」          

どこかでタニス・リーの小説だったろうか。
あまりにも、わたしの立場と似ている一節を読んだ。
これが、この一節がわたしの受容しなければならない現実なのか。
誰かにいわれたことばなのか。
小説の中でのことなのか分明ではない。
どこで読んだのか。
記憶にない。
誰かに聞いたことばだというのか? 
いまとなっては曖昧となった記憶だ。

あるいは、わたしの書いたものかもしれない。
気にいった文があると。
コラジューのように。
じぶんの小説のなかにちりばめるという手法をとっている。
どのていどまでが許され。
どこからは剽窃といわれるのだろうか。
わからない。
わたしの小説の中の一節だとしても。
それがわたしがまちがいなく書いたものだという確証はない。

わたしは母に疎まれた子だとながいこと苦しんできた。

「狼がでた。狼がきたわ」
冬。
満月の夜。
母はよくそういって怯えていた。



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九尾狐の末裔「朱の記憶」/麻屋与志夫

2011-07-27 05:57:11 | Weblog
6

「わたしは絵描きになろうとはしなかった。
物書きになろうと努めてきた。
そのおかげでつきとめた。
虎でも馬でもなかった」
わたしはK子のブラックジョークにノッタ。
オヤジギャグを背中あわせに座っているK子にとばした。
「狼だった」
のりのりのセリフ。

「そう。
わかったのね。
そこまでわかればあと一息ね。
うれしいわ」
夢の中での会話のようだった。
こうして夢にまで見てきたK子と会っていること事態が。
あまりにもシュールだ。
わたしは、黙ってしまった。
頭がモヤモヤする。
なにか思い浮かびそうだ。
あと一息。
今少し……。
それからさきへはなかなかすすめなかった。
わたしの生まれにかかわる陰惨な秘密には到達できないでいた。      

最高のアートフィリア(美術偏愛)とは。
じぶんの好きな絵の中に点景人物として。
おのが姿を象嵌してしまうものだ。
ダリの赤。ダリの「特異なものたち」の赤。
……赤。奥田玄宗の紅葉の赤。
単に色彩だけではない。精神性までも表現した赤はいたるところにあった。
だがMの赤のような、なまめかしくもあやしい赤は……なかった。
人間の存在そのものにまで遡行していくような赤。
そうした赤で描かれたわたしの裸身像をもとめて。
ながいこと美術館や展覧会の会場を巡って来た。

それもこれでようやく終わりだ。
Mの回顧展覧会。
あれから画家が六十年ちかく、九十四歳まで生きた。

展示作品94。
「さいたさいたさくらがさいた」。
彼女が生涯おいもとめたやわらかな淡い赤。
大磯の白い桜の花がゆれていた。

作品95。
「花」。
彼女の作品にはいつもどこかに赤の影が見えていた。

Mはあのとき画家としての直感から。
わたしが怯えていた赤の記号(シニィ )の意味を読み取っていたのかもしれない。
どうして、わたしが赤にこだわり、赤に恐怖を感じるのか。

わたしはいま、Mの赤によって癒されていた。
わたしの朱の記憶が一瞬もえあがりそして沈静していくのを感じた。
わたしの中心にあった痛みと恐怖がうすらいでいった。
こんな絵の鑑賞のしかたは邪道なのだろう。

わたしの脳裏に色濃くわきたっていた恐怖の朱の色。
母の唇。
血をすったような真紅の唇。
くちびるからしたたる赤い滴。
赤ではあまりに毒々しい。
赤を朱として思いだすことでわたしは恐怖を和らげようとしていたのだ。

奇妙に白すぎる歯。

絵を描くことは断念した。
本の世界を渉猟した。
わたしの街が玉藻の前。
九尾の狐を追いつめ滅ぼした旧犬飼村と隣接していることを知った。
そして玉藻が血を吸う夜の種族であることを。
美を吸って、美しいものをめでて生きる吸美族の出身であることを。
探りだしていた。

「おそれることはないのよ」
どこからともなく頭にひびいてくる。
声はささやきかけた。
「わたしはずっとここにいる。
ながいことボウヤを見守ってきた」
しかしだれも見えない。
人影は広い病室のどこにもない。
わたしは腿の肉が再生する早さに疑問をもっていた。
「ここよ。ここ」
おどろいたことに、声は中にいた。
声は頭。外からひびいてくるのではなかった。
声はわたしの中でわらった。
「ながかったわね。
いつボウヤが覚醒してわたしの声がきこえるようになるかと……」
すこし鼻声になった。
「まちくたびれて、あきらめかけていた。
もう、ボウヤはこのまま平凡な男のまま死んでいくのかとあきらめていた」

わたしはそのつもりだった。

「あなたはうまれて三日目に悪魔につれていかれそうになった。
わたしのほんの、寸時の油断のために。
隙をつくったわたしがわるかったの」
そんな声無き声を聞くことができるようになっていた。



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