12
ドアがあいた。ミイマの姿がみえた。玲加はとっさに、
「おつかれさまでした」
と、声をかけてしまった。
いますこし儀礼的な言葉がないのか。
ミイマをなぐさめる挨拶はなかったのか。
反省したが遅かった。
「おかしなことってなあに?」
あいかわらず鈴を転がすような声。
いつもとかわらない。
平然としたものだ。
だがそこにいるミイマは神代寺一族伝説の変化(へんげ)をみせていた。
玲加と同じような年にしか見えない。
マインドバンパイアは結婚すると夫と過ごす年月に従ってそれらしく年をとる。
いまミイマはGGに死なれ本来の姿にもどった。
GGにめぐりあったころの歳に。
でも……その若返りにはミイマの深い悲しみが秘めらている。
そう思うと、玲加は直ぐには返事ができなかつた。
可哀そうなミイマ。
「あっ、これ見てください」
一呼吸遅れて声が出た。
モニターに映し出されたのは池袋の市街だった。立体映像だ。
「これのどこがおかしいの?」
「これは、雑司ヶ谷霊園に突入直後の映像です」
「発煙弾の煙。どうしてあんなところから」
茶褐色の濃い煙が立ち昇っている。
ビルの排気口。
マンホール。
民家の窓。
「霊園に近いところからさきに煙が出ている。地下通路が網の目のように張り巡らされていたのね。だからVの犠牲者がすくなかった。通路を使って地上に逃げたのよ」
ミイマは西口公園の近くの三階建のアパートを見張っていた。
すぐに飛び込むことはできる。
でもそれでは、Vに気付かれてしまう。
逃走経路がバレテいることに。
「ミイマ。遅れてゴメン」
クノイチ48のルイだった。
ミイマが若返ったので、ついタメ口になる。
ミイマが平安の時代から、いやもっと昔から。
生き続けているなんて信じられない。
「クミちゃんはどうだった」
「おかげて、助かるみたい。ご心配かけて」
「そんなことない。あなたたちはよく戦った。こちらこそお礼を言うわ」
「玲加さんの指令で百子リーダーたちも、それぞれの場所に散りました」
ともかく煙の噴き出した場所が多すぎる。
ふたり一組みで街に散っていった。
百子たちの活躍にまた期待する。
「いくわよ」
合図の携帯が鳴った。
その部屋は、暗い闇を溜めていた。
異臭がしていた。
部屋の隅で――。
なにかごそごそと動く気配がする。
ドアをあけた、ミイマは暗闇でも見える。
壁のスイッチを入れた。
「なにこれ」
ルイが低く叫ぶ。
叫ぶと同時に十字手裏剣を投げたのはさすがだ。
Vは食事中だった。
「たかがホームレスだ。居なくなったからといって、だれも嘆く者はいないよね」
ホームレスの中年男は喉から血を流していた。
ヒーッと笛のような呼吸音がしていた。
死の苦しみに体が震えていた。
異臭はホームレスの男の衣服からしていた。
長すぎる平成の不況。
男は生きる希望を失っていた。
生きながら死んでいた。
かわいそうに、わたしだけでも。
男のために嘆いてやる。
死んでいいひとなんていやしない。
男は衣服の中で委縮していた。
これで生きる労苦からは解放された。
でも、哀れだ。
だれにも看取られずに死んだ。
わたしだけでも、嘆いてやる。
「まだ……わからないの。人を殺せば、人の血をすって殺せばあなたたち狩りだされるのよ」
「これが、われらのサガだ。邪魔するな」
ふたりいるVが立ちあがった。
言葉は年寄りじみているのにジーンズの若者の風体をしている。
なかなかのイケメンだ。変化(へんげ)している。
部屋は血の生臭い匂いがする。
異臭を放っていた衣服の男は死んでいた。
不気味な唸り声をあげて襲ってきた。
鉤爪がこれも本来の形とは変わっている。
ナイフだ。鋭いナイフだ。
あんな爪で刺されたら人はひとたまりもなく絶命する。
「ルイ。てごわいよ」
「わかった」
「地下街をセンメツしたから悪いのだ。われらは、ビジターの血をほんの少し吸うだけで飢えをシノイデいた。ビジターはまた街にもどしてやった。決して殺すようなことはしなかった。いわば移動給油所だ。油でなくて血だがな」
それが真実なのだろう。
これからは街にちらばったVがなにをしでかすかわからない。
街が襲われる。
人が白昼でも襲われる。
闇の世界が光の世界に侵入してきた。
残虐なことが平然と行われる。
そしてその混乱がルシファーの喜びとなる。
ミイマは漠然と不安を抱いていた。
蛇となったルシファーが溝を流れていくのを見おくつた。
あの不安が現実となる。
怖い。
今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
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ドアがあいた。ミイマの姿がみえた。玲加はとっさに、
「おつかれさまでした」
と、声をかけてしまった。
いますこし儀礼的な言葉がないのか。
ミイマをなぐさめる挨拶はなかったのか。
反省したが遅かった。
「おかしなことってなあに?」
あいかわらず鈴を転がすような声。
いつもとかわらない。
平然としたものだ。
だがそこにいるミイマは神代寺一族伝説の変化(へんげ)をみせていた。
玲加と同じような年にしか見えない。
マインドバンパイアは結婚すると夫と過ごす年月に従ってそれらしく年をとる。
いまミイマはGGに死なれ本来の姿にもどった。
GGにめぐりあったころの歳に。
でも……その若返りにはミイマの深い悲しみが秘めらている。
そう思うと、玲加は直ぐには返事ができなかつた。
可哀そうなミイマ。
「あっ、これ見てください」
一呼吸遅れて声が出た。
モニターに映し出されたのは池袋の市街だった。立体映像だ。
「これのどこがおかしいの?」
「これは、雑司ヶ谷霊園に突入直後の映像です」
「発煙弾の煙。どうしてあんなところから」
茶褐色の濃い煙が立ち昇っている。
ビルの排気口。
マンホール。
民家の窓。
「霊園に近いところからさきに煙が出ている。地下通路が網の目のように張り巡らされていたのね。だからVの犠牲者がすくなかった。通路を使って地上に逃げたのよ」
ミイマは西口公園の近くの三階建のアパートを見張っていた。
すぐに飛び込むことはできる。
でもそれでは、Vに気付かれてしまう。
逃走経路がバレテいることに。
「ミイマ。遅れてゴメン」
クノイチ48のルイだった。
ミイマが若返ったので、ついタメ口になる。
ミイマが平安の時代から、いやもっと昔から。
生き続けているなんて信じられない。
「クミちゃんはどうだった」
「おかげて、助かるみたい。ご心配かけて」
「そんなことない。あなたたちはよく戦った。こちらこそお礼を言うわ」
「玲加さんの指令で百子リーダーたちも、それぞれの場所に散りました」
ともかく煙の噴き出した場所が多すぎる。
ふたり一組みで街に散っていった。
百子たちの活躍にまた期待する。
「いくわよ」
合図の携帯が鳴った。
その部屋は、暗い闇を溜めていた。
異臭がしていた。
部屋の隅で――。
なにかごそごそと動く気配がする。
ドアをあけた、ミイマは暗闇でも見える。
壁のスイッチを入れた。
「なにこれ」
ルイが低く叫ぶ。
叫ぶと同時に十字手裏剣を投げたのはさすがだ。
Vは食事中だった。
「たかがホームレスだ。居なくなったからといって、だれも嘆く者はいないよね」
ホームレスの中年男は喉から血を流していた。
ヒーッと笛のような呼吸音がしていた。
死の苦しみに体が震えていた。
異臭はホームレスの男の衣服からしていた。
長すぎる平成の不況。
男は生きる希望を失っていた。
生きながら死んでいた。
かわいそうに、わたしだけでも。
男のために嘆いてやる。
死んでいいひとなんていやしない。
男は衣服の中で委縮していた。
これで生きる労苦からは解放された。
でも、哀れだ。
だれにも看取られずに死んだ。
わたしだけでも、嘆いてやる。
「まだ……わからないの。人を殺せば、人の血をすって殺せばあなたたち狩りだされるのよ」
「これが、われらのサガだ。邪魔するな」
ふたりいるVが立ちあがった。
言葉は年寄りじみているのにジーンズの若者の風体をしている。
なかなかのイケメンだ。変化(へんげ)している。
部屋は血の生臭い匂いがする。
異臭を放っていた衣服の男は死んでいた。
不気味な唸り声をあげて襲ってきた。
鉤爪がこれも本来の形とは変わっている。
ナイフだ。鋭いナイフだ。
あんな爪で刺されたら人はひとたまりもなく絶命する。
「ルイ。てごわいよ」
「わかった」
「地下街をセンメツしたから悪いのだ。われらは、ビジターの血をほんの少し吸うだけで飢えをシノイデいた。ビジターはまた街にもどしてやった。決して殺すようなことはしなかった。いわば移動給油所だ。油でなくて血だがな」
それが真実なのだろう。
これからは街にちらばったVがなにをしでかすかわからない。
街が襲われる。
人が白昼でも襲われる。
闇の世界が光の世界に侵入してきた。
残虐なことが平然と行われる。
そしてその混乱がルシファーの喜びとなる。
ミイマは漠然と不安を抱いていた。
蛇となったルシファーが溝を流れていくのを見おくつた。
あの不安が現実となる。
怖い。
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