田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

朱の記憶(6)   麻屋与志夫

2008-11-18 04:20:37 | Weblog
 赤い色彩こそわたしのすべてだった。
 目に映る風景ではなく、心に映る色彩だけがわたしのすべてだった。

「あなたの虎馬みつけだせた」
 悪戯っぽく、そして親しみがこめられている。
 トラ、ウマと日本語のように聞こえてくる声。
 背後のK子の声が訊く。
 わたしは現実にもどった。
「わたしは絵描きになろうとはしなかった。物書きになろうと努めてきた。そのおかげでつきとめた。虎でも馬でもなかった」
 わたしはK子のブラックジョークにのった。
「狼だった」
「そう。わかったのね。そこまでわかればあと一息ね。うれしいわ」
 夢の中での会話のようだった。
 こうして夢にまで見てきたK子と会っていること事態が、あまりにもシュールだ。
 わたしは、黙ってしまった。
 頭がモヤモヤする。
 なにか思い浮かびそうだ。
 あと一息。
 今少し……。
 それからさきへはなかなかすすめなかった。

 わたしの出自にかかわる陰惨な秘密には到達できないでいた。      
 最高のアートフィリアとは、じぶんの好きな絵の中に点景人物としておのが姿を象嵌してしまうものだ。
 ダリの赤。ダリの「特異なものたち」の赤。……赤。
 奥田玄宗の紅葉の赤。精神性までも表現した赤はいたるところにあった。
 だがMの赤のような、なまめかしくも、妖しい赤は……なかった。
 人間の存在そのものにまで遡行していくような赤。
 その――血液のような赤、で描かれたわたしの裸身像をもとめて……ながいこと美術館や展覧会の会場を巡って来た。

 それも、これで終わりだ。

 生活苦のために手放してしまったこの絵をもういちど観たいと……。
 どんなに後悔しながら、生きてきたか。

 その後悔ともこれでさよならだ。
 これでようやく終りだ。
 やっと、たどりついた。           
 Mの展覧会。
 あれから彼女が六十年ちかく、九十四歳まで生きての、展示作品94。
「さいたさいたさくらがさいた」。
 彼女が生涯おいもとめたやわらかな淡い赤。
 大磯の白い桜の花がゆれていた。
 作品95。「花」。彼女の作品にはいつもどこかに赤の影が見えていた。
 彼女はいちはやく、あのとき画家としての直感から赤の記号(シニィ )の意味を読み取っていたのかもしれない。
 
 わたしはMの赤によって癒された。
 わたしの朱の記憶が一瞬もえあがりそして沈静していくのを感じた。
 わたしの中心にあった痛みと恐怖がうすらいでいった。
 こんな絵の鑑賞のしかたは邪道なのだろう。
 わたしの脳裏に色濃くわきたっていた恐怖の朱の色。
 母の唇。
 血をすったような真紅の唇。
 くちびるからしたたる赤い滴。
 奇妙に白すぎる歯。




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