7月1日 火曜日
まばゆいオロラーは広がるいっぽうだ。真っ昼間のように明るくなった。必死で声も枯れんばかりに祈祷するかれら全員を飲み込む光りの裾はひろがった。
荘厳な黎明が那須野が原にひろがっている。
「もうだめだ。玉藻の霊力は強くなるばかりだ」
「焼き殺されるぞ。少し退け」
「ここで退いたら玉藻の調伏に命をかけた安倍泰成にもうしわけない。死んでから、安成殿にあったらなんと申し開きするのだ」
犬飼族のひとりが火をふいて光りの輪からころげでた。
隼人は光りのなかに、降魔の剣、魔到丸をたかくかかげて走りこむ。
ひかりの中心部に夏子がいた。
夏子のこの世ならぬ美貌が、千年の眠りから覚めた臘長けた玉藻と向かいあっている。
夏子におおいしかぶさるように巨大な十二単衣の玉藻の姿があった。
千年にわたる恨みに目は黄金色に輝いていた。
ふしぎと隼人には熱は感じられない。
暑さがない。
冷気さえ覚える。
夏子はおそいくる邪悪な波動に耐えながら、玉藻を説得しているようだった。
呪いの怨念をなだめている。
しかし、玉藻の炎はますはます強くかがやきだしていた。
「たとえ、那須への遷都がきまっても、鳥羽院が移住してくるわけではないのですよ。もう院は亡くなっているのです。あれから、千年という年月が過ぎているのです。いまは平成の世、都もすでに京都から東京に移されて百年いじょうもたっているのです。たとえ、この地に都が移るとしても……首都機能が移転するということなのです。政治機構を司る官庁がくるだけなのですよ。貴族政治はあの御世でおわりをつげました」
夏子の声が、その時ふいに聞こえてきた。
直接隼人の頭にひびいてくる声だった。
それは、もはや声と呼べるものではない。
念波。
思念。
心の声。
隼人の心は夏子と一体になっている。
隼人は邪悪なものを断ち切るという魔到丸を正眼にかまえた。
光りの中心部に入ろうとする。
身も心も一体となろうとしている。
夏子とともに玉藻の実体化した怨念を折伏しようとする。
それを妨害しているのは、怨念だ。
千年にわたって閉じ込められていた玉藻の怨念が隼人を拒み、唯継の鍛えた魔倒の剣、魔到丸の剣気をも拒んでいる。
おそらく地下の溶岩の流れをかえたのは鹿人とトウキョウの夜の一族だ。
ブラッキーバンパイアの呪咀の力だろう。
遷都がきまれば、鳥羽院とともにこの地で暮らせるなどと、玉藻の霊魂に囁きかけたのだ。
玉藻の怨念も鹿人たちの悪意と同調して増大し……噴火が具現したのだ。
鹿人はどうしても、日本の夜の一族の頂点にたちたいのだ。
敵対するトウキョウの夜の一族に裏切られているのも知らず。
彼らがこの那須を溶岩で焼き尽くそうと計っているのも知らず。
「夏子。むりだ。説得はできない。はやくその炎のなかから出るんだ。焼き殺されるぞ」「わたしは、わたしはごめん隼人……説得できなかったら……このかたと時空を越えてもいい。この地をこれいじよう溶岩の流れにまかせるわけにはいかない」
不意に、もう一つの念波が混入する。
「むだだな、ラミア」
「兄さんなの。やはり生きていてくれたのね」
「そらぞらしいこという。那珂川の流れを遡っていまこの那須の大地についたところだ」
トウキョウの夜の一族のなかに鹿人がいた。
やはり兄は彼らと共謀していた。
バカな鹿人。
いいように利用されているのに。
目をさまして。
Qと黒のロングコートの仲間に守られて、鹿人が麓から登ってきた。
犬飼一族は、吸血鬼とは知らず闘いを挑み倒されたのだろう。
夏子の顔が苦痛に歪んだ。
鹿人が彼女の脇に実体化した。
「むだだ。夏子あきらめろ」
「殺生石の噴気消滅と報じられていた那須火山帯が突然活発化し那須岳から溶岩が噴出しています」
テレビの臨時番組に早苗がくいいるように見入っていた。
「あっ、眞吾よ」
確かに眞吾が麻の鞭をふるっている。
神社の境内らしい。
新体操の選手がリボンをはためかせて振るような優雅な動きが一瞬画面をかすめただけだった。
矢野の姿が背後にあった。
高見の姿が背後にあった。
あいつらと闘っている。
ひとりひとりが演武に興じているようにしか映らない。
「ちがう、アイツら鏡に映らないくらいだから、テレビカメラではとらえることができないのよ。眞吾は吸血鬼と戦っているのよ」
早苗が待合室でひとり声をはりあげている。
「金次をたのむは……」
そういって八重子はでかけた。
間に合うかしら。
間に合って、キンチャンを助けだしてくれた眞吾と共に闘ってほしい。
間に合って、お願い神様、どうか間に合わせてください。
八重子と眞吾を共に戦わせてください。
「八重子さん ?いくの」
「わたしなんかいってもなんの戦力にもなれないけどね。眞吾の戦いぶりを見たいのよ」「死ぬ気なのね、キンチャンの敵うつきね」
「金次は死なないわよ。安心して、ついていてやってね。わたしは眞吾から離れて生きてきて、やっぱり眞吾なしでは生きていけないっておそまきながらいま、気付いたのよ」
早苗の耳に八重子の声がまだエコーとしてひびいている。
キンチヤンを助けるために、八重子はQと刺しちがえる気なのだ。
キンチャンを噛んだあいつ、Qを倒せばキンチャンは助かる。
八重子さんは、弟を助けるためにQを殺す。
はたして、吸血鬼は死ぬのかしら。
がんばって、八重子さん。
命しらずの野州の女。
『からっ風』の伝説のキャップ。
八重子さん、がんばって。
そして死なないで。
生きて帰ってきて。
「那須火山帯は安定期にはっつたのではなく、地下のマグマの流れが変わっただけのようです。殺生石一帯の煙が途絶えたことで安定期から停滞期にはいると測定した宇都宮工大の判断は、どうやら誤りのようです。したがって県の災害対策は……」
テレビは真っ赤にもえる溶岩が上げる巨大な炎を映しだしていた。
隼人は金色に輝く炎に呼びかけている。
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まばゆいオロラーは広がるいっぽうだ。真っ昼間のように明るくなった。必死で声も枯れんばかりに祈祷するかれら全員を飲み込む光りの裾はひろがった。
荘厳な黎明が那須野が原にひろがっている。
「もうだめだ。玉藻の霊力は強くなるばかりだ」
「焼き殺されるぞ。少し退け」
「ここで退いたら玉藻の調伏に命をかけた安倍泰成にもうしわけない。死んでから、安成殿にあったらなんと申し開きするのだ」
犬飼族のひとりが火をふいて光りの輪からころげでた。
隼人は光りのなかに、降魔の剣、魔到丸をたかくかかげて走りこむ。
ひかりの中心部に夏子がいた。
夏子のこの世ならぬ美貌が、千年の眠りから覚めた臘長けた玉藻と向かいあっている。
夏子におおいしかぶさるように巨大な十二単衣の玉藻の姿があった。
千年にわたる恨みに目は黄金色に輝いていた。
ふしぎと隼人には熱は感じられない。
暑さがない。
冷気さえ覚える。
夏子はおそいくる邪悪な波動に耐えながら、玉藻を説得しているようだった。
呪いの怨念をなだめている。
しかし、玉藻の炎はますはます強くかがやきだしていた。
「たとえ、那須への遷都がきまっても、鳥羽院が移住してくるわけではないのですよ。もう院は亡くなっているのです。あれから、千年という年月が過ぎているのです。いまは平成の世、都もすでに京都から東京に移されて百年いじょうもたっているのです。たとえ、この地に都が移るとしても……首都機能が移転するということなのです。政治機構を司る官庁がくるだけなのですよ。貴族政治はあの御世でおわりをつげました」
夏子の声が、その時ふいに聞こえてきた。
直接隼人の頭にひびいてくる声だった。
それは、もはや声と呼べるものではない。
念波。
思念。
心の声。
隼人の心は夏子と一体になっている。
隼人は邪悪なものを断ち切るという魔到丸を正眼にかまえた。
光りの中心部に入ろうとする。
身も心も一体となろうとしている。
夏子とともに玉藻の実体化した怨念を折伏しようとする。
それを妨害しているのは、怨念だ。
千年にわたって閉じ込められていた玉藻の怨念が隼人を拒み、唯継の鍛えた魔倒の剣、魔到丸の剣気をも拒んでいる。
おそらく地下の溶岩の流れをかえたのは鹿人とトウキョウの夜の一族だ。
ブラッキーバンパイアの呪咀の力だろう。
遷都がきまれば、鳥羽院とともにこの地で暮らせるなどと、玉藻の霊魂に囁きかけたのだ。
玉藻の怨念も鹿人たちの悪意と同調して増大し……噴火が具現したのだ。
鹿人はどうしても、日本の夜の一族の頂点にたちたいのだ。
敵対するトウキョウの夜の一族に裏切られているのも知らず。
彼らがこの那須を溶岩で焼き尽くそうと計っているのも知らず。
「夏子。むりだ。説得はできない。はやくその炎のなかから出るんだ。焼き殺されるぞ」「わたしは、わたしはごめん隼人……説得できなかったら……このかたと時空を越えてもいい。この地をこれいじよう溶岩の流れにまかせるわけにはいかない」
不意に、もう一つの念波が混入する。
「むだだな、ラミア」
「兄さんなの。やはり生きていてくれたのね」
「そらぞらしいこという。那珂川の流れを遡っていまこの那須の大地についたところだ」
トウキョウの夜の一族のなかに鹿人がいた。
やはり兄は彼らと共謀していた。
バカな鹿人。
いいように利用されているのに。
目をさまして。
Qと黒のロングコートの仲間に守られて、鹿人が麓から登ってきた。
犬飼一族は、吸血鬼とは知らず闘いを挑み倒されたのだろう。
夏子の顔が苦痛に歪んだ。
鹿人が彼女の脇に実体化した。
「むだだ。夏子あきらめろ」
「殺生石の噴気消滅と報じられていた那須火山帯が突然活発化し那須岳から溶岩が噴出しています」
テレビの臨時番組に早苗がくいいるように見入っていた。
「あっ、眞吾よ」
確かに眞吾が麻の鞭をふるっている。
神社の境内らしい。
新体操の選手がリボンをはためかせて振るような優雅な動きが一瞬画面をかすめただけだった。
矢野の姿が背後にあった。
高見の姿が背後にあった。
あいつらと闘っている。
ひとりひとりが演武に興じているようにしか映らない。
「ちがう、アイツら鏡に映らないくらいだから、テレビカメラではとらえることができないのよ。眞吾は吸血鬼と戦っているのよ」
早苗が待合室でひとり声をはりあげている。
「金次をたのむは……」
そういって八重子はでかけた。
間に合うかしら。
間に合って、キンチャンを助けだしてくれた眞吾と共に闘ってほしい。
間に合って、お願い神様、どうか間に合わせてください。
八重子と眞吾を共に戦わせてください。
「八重子さん ?いくの」
「わたしなんかいってもなんの戦力にもなれないけどね。眞吾の戦いぶりを見たいのよ」「死ぬ気なのね、キンチャンの敵うつきね」
「金次は死なないわよ。安心して、ついていてやってね。わたしは眞吾から離れて生きてきて、やっぱり眞吾なしでは生きていけないっておそまきながらいま、気付いたのよ」
早苗の耳に八重子の声がまだエコーとしてひびいている。
キンチヤンを助けるために、八重子はQと刺しちがえる気なのだ。
キンチャンを噛んだあいつ、Qを倒せばキンチャンは助かる。
八重子さんは、弟を助けるためにQを殺す。
はたして、吸血鬼は死ぬのかしら。
がんばって、八重子さん。
命しらずの野州の女。
『からっ風』の伝説のキャップ。
八重子さん、がんばって。
そして死なないで。
生きて帰ってきて。
「那須火山帯は安定期にはっつたのではなく、地下のマグマの流れが変わっただけのようです。殺生石一帯の煙が途絶えたことで安定期から停滞期にはいると測定した宇都宮工大の判断は、どうやら誤りのようです。したがって県の災害対策は……」
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