田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

愛 吸血鬼/浜辺の少女(2)   麻屋与志夫

2008-07-02 09:10:25 | Weblog
7月2日 水曜日
レンターカーのなかで、テレビの画面を皐道場の剣士の面々がみていた。
車の動きがもどかしい。もっとスヒードをあげろ!!
いま少しだ。噴煙が見える。
あと少し。火炎が見える。
隼人さん。
負けるな。
負けるなよ。
「あの炎のなかに玉藻の霊魂がいる。夏子がいる」
母である鹿未来には見えていた。
テレビに映っていない、実像が見えていた。
直接……脳裏になだれこんでくる圧倒的なイメージ。
それが、母には見えていた。
母の心の目には見えていた。
こうしてこの土地を守るためにわたしはあの子を呼び寄せた。
なんと惨いことになったのだろう。
いまいく。
いまいくからね。夏子。
負けないで。
玉藻の前の千年にわたる怨念に怯まないで。
負けないで。
玉藻を説得する娘ラミアの、夏子の悲痛な願い。
ひしひしと伝わってきた。
炎のなかで千年の恨みと恋を切々とうったえる玉藻の念波がひびいてきた。
「おなごとは悲しいものだな」
幻無斉にも聞けていた。
聞けるというより鹿未来の反応からすべてを理解した。
「なんとか間に合ったようだ。スピードを上げるんだ」
雨野が、道場生が力強くうなずく。

「見てごらんん。犬飼のものたちが千年たってもわたしを封じ込めようと集ってきた」
炎の中で玉藻が夏子に叫びかけている。
バイクでかけつけた八重子たちの集団。
玉藻を追詰めた犬の大群に見えている。
玉藻には時間の経緯は理解できないでいる。
いまも時代は平安――、帝は鳥羽院なのだ。
那須に帝都が移れば院とともに再び生きることができる。
千年の恋を成就させることができる。
吸血鬼の集団は院を守護する北面の武士に見えている。
わたしを守って、目覚めさせてくれた、かわいい配下。
犬の群れなど蹴散らして。

「眞吾。あんたの骨はわたしがひろうからね」
「ばかな、吸血鬼などに、負けてたまるか」
那須山麓は『黒髪連合』VS吸血鬼集団のバトルの場と化していた。

隼人の目に涙が光っていた。
夏子を目前にして、動けないでいる。
細川唯継の破邪の剣をしても、バリヤの最深部には、切り込むことは不可能だ。
夏子が苦しんでいる。
助けにいけない。
動けない。
夏子の姿が玉藻とともにうすれていく。
男は泣かない。
人前では、涙はみせぬものと祖父にきびしくしつけられた。
その隼人が泣いていた。
涙が頬をつたい顎にたっし、はらはらとおちていた。
夏子は不死の一族の娘。
いつの世か、この下野の地、鹿沼にもどってくるだろう。
だが、その時、隼人が生きているとはかぎらない。
いや、生きているはずがない。
夏子。
隼人は呼びかけた。
返事はもどってこない。
夏子。
あの夏子の絵、浜辺の少女がこちらを向いて微笑んでいる絵は完成させるからな。
描きあげるからな。
夏子。
あなたのいない鹿沼でぼくはどう生きていけばいいのか。
夏子。
はやく帰ってきてくれ。


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