田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

第一部完結 吸血鬼/浜辺の少女   麻屋与志夫

2008-06-17 07:34:23 | Weblog
6月17日 火曜日
吸血鬼/浜辺の少女 62 (小説)
夏子は鹿人のように窓から外に出る。
まさか蝙蝠に変身する気ではないよな。
と隼人はあわてて考える。警備員の松本がいる。
夏子に声をかけるわけにはいかない。
夏子の姿は窓の外に消えた。
なにかが壁を伝わって屋上へ上っていく。
隼人はエレベーターに駆けこむ。
隼人は懸命に不吉な予感を抑え込む。
「まだ後があるからな。まだ勝負はきまっていない」
鹿人の川へ転落まぎわの悪意にみちたメッセージ。
夏子はあのステゼリフからなにかを察知した。
それでこそ、窓から外に出た。それでこそ変身してでも屋上に急いだ。
「ここよ。隼人。ここ」
屋上に駆けつけた隼人に夏子が叫ぶ。
屋上――はじめて夏子と隼人でRFの鬼島や田村と戦った場所だ。
夏子は給水塔の影にいた。
屋上でも人目につきにくい所に、鶏小屋があった。
金網の囲いの中で鶏が死んでいた。
その奥は鉄の扉があった。
扉の向こうは闇。
闇の中からいままさに蝙蝠が夜の空に飛び立とうとしていた。
扉の脇にはRFが倒れていた。ジュワっと溶けている。
「はやく、隼人。わたしが飛びこんだら扉を閉めるのよ」
鹿人の悪意に満ちたステゼリフ。隼人は不吉な予感に戦慄する。
「外から鍵をかけて。鳥インフェルエンザの保菌蝙蝠がいる」
夏子の声が直接隼人の頭にひびいてくる。
予感は現実となった。最悪の形で。邪悪な形で。
「バイオテロじゃないか」
隼人は扉の中の夏子に呼びかける。
応えはない。夏子が蝙蝠に訴えかけている。
説得しているようすが隼人の脳裏に浮かぶ。
「このまま夜の闇に飛び立つことは止めて。おねがい。そんなことをすれば、鹿沼だけではない。宇都宮も全滅する。おねがい、この闇の中でおとなしくしていて」
扉の内部では無数の蝙蝠のギイギイという鳴き声がしている。
夏子が必死で蝙蝠を説得しているようすが、隼人の脳裏に伝わってくる。
「隼人、わたしが飛びだしたら、すぐに扉をまた閉めて。急いで」
扉を閉鎖したときには、数匹の蝙蝠が夜空に飛び立ってしまった。
「隼人、逃げよう」
ふたりは、ダッと走りだす。
背後の扉の内部でくぐもった音がひびく。
ふたりは、コンクリートの床にふせた。
「神父のダイナマイト使ったの」
月明かりを受けて蝙蝠が不吉な飛翔をづけふたりの視野からきえていった。
「しかたないわね」
「あの蝙蝠がニワトリに菌をうつしたらどうなる」
「もうまにあわない」
鶏に発生した鳥インフェルエンザが人に感染したら?
爆発音は意外と低かった。だれも気づかないようだ。この小屋の蝙蝠を全滅させたことで満足はできなかった。
「とんでもないことをしていたのね。母が不安を感じていたのはこのことだった」
夏子は無念の形相で蝙蝠の飛び去った方角をにらんでいた。
鹿人が襲撃に使った部屋にもどる。
「ああ、もどってきました。この人たちが狙撃を阻止してくれたのです」
と、松本がいった。
「どこへいってたのですか」
とてもいままでのことを説明しても信じてもらえない。
松本が困惑しているところへふたりが現れたのだ。
吸血鬼がいるなんてことをだいの大人が信じてくれるだろうか。
ことの経緯をどう説明したらいいのか。こんどは、隼人が困惑した。
事件現場に初めから関与した。目撃もした。その松本でも信じられないのだ。
「いわぬが花」
夏子が澄ました顔で他の人には聞き取れないようにいう。
じかに脳裏にひびいてくる声だ。
路上で車が上げる炎が窓を赤く染めている。
黒煙がもうもうと部屋に充満する。
警官が窓からつきでていた銃を撤収する。
あわただしく窓をしめる。
すべてを記録していた鑑識がカシャリ。
「失礼。お手柄でしたね」
部屋は警官でごったかえしている。
煙の中で、松本の記憶が薄らいでいく。曖昧模糊となっていく。夏子がそうしむけているのだ。
総理は無事だった。銃弾は先導していた車にあたった。
運転していたSPの胸を貫通した銃弾。
もしそれが、総理にあたっていたら。
先導車が炎上している。黒煙が夜空に立ち上っている。
あの夜空に蝙蝠が飛んでいる。
人はいつも危険と紙一重のところに住んでいる。
隼人はそんなことを思っている。
やっと救急車のサイレンが近寄ってくる。
燃え上がる車の炎が赤い。
警察車のランプが赤い。消防車の車体が赤い。救急車のランプが赤い。
夏子が、シーっと唇に指をそえている。あまりしゃべるなと松本を見ている。
あの目も、唇も赤かった。
黒髪がするすると伸びてなにかを捕えていた。
まるで、あの娘吸血鬼のようだった。
この美しい娘が、吸血鬼であるはずがない。
目が赤く光っていた。
どうして娘の目が赤く見えたのだ。
いまみれば唇はいまどきの娘にはめずらしく自然な色だ。
それを、なぜ真紅と見誤ったのだ。
松本は夏子の美しい顔をみつめている。娘の顔が揺らぐ。
「シィ……」
と唇に指をあてて夏子がほほ笑んでいる。


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