田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

資料室の怪  吸血鬼ハンター美少女彩音 麻屋与志夫

2008-07-06 10:59:28 | Weblog


4

「彩音ね。それはわたしが母から聞いている。明治のおわりごろのことだよ。黒川の水がまだ滔々と流れていたころのことで、幸橋ができた年に失恋した女工さんが川に身を投げて死んでいるよ。ただね、それがどこの橋からなのかはわからずじまいだったらしいの。そう、彩音が見たのなら、やはり幸橋からだったのね。おめでとう。彩音もいよいよわたしの後継ぎができるときがきたのね。それから、相手の男、その娘とつきあっていた男も分からなかさったらしいの。そのころは、おおっぴらに男と女が逢びきできるような時代じゃなかったからね」
逢びきときましたね。
逢びき…彩音は文美おばあちゃんの古いボキャについ、ニヤリとしてしまった。
古いことばをつかう、鹿沼流の家元、舞踊家。
元気なおばあちゃんが彩音は大好きだ。
「その娘さんの悲恋を小説に書いたひとがいいてね……えーと、そう林功。地元の文学青年よ。その小説は図書館の未公開資料室に保存してあるはずよ。わたしが勤めて間もないころ、どうして僕の本お図書館に並べてくれないのかってどなりこんできた青年がいたの。それが林さんで、あまりに過激な内容だったらしくて、それで……寄贈してもらった作品は一般の棚にならべられなかったのよ。わたしも読んでいないの。探してごらん」
探してごらん、といわれても、未公開ということはマル秘にぞくすることなのだろう。
鹿沼の名誉市民。鹿沼の語り部。老人会会長。の、お文美ばあさん。
かずかずの肩書のあるおばあちゃんの口添えがあった。
特別に閲覧が許された。地下にその部屋はあった。
黴臭い階段をひとりでおりた。
まるでどぶ川のなま臭い沈泥の匂いの中に足をふみいれたみたいだ。
どうしてこんなに古びた階段なの。
地下二階ぶんくらいおりて扉があった。
あずかってきたキーをさしこむ。
 地下室の内側からムアっと、すえた紙の匂いがしてきた。
彩音は立ち止まる。
(わたしどうかしている。こんなに匂いに敏感だったの? もしかして、あの失神でなにか異様な感覚に目覚めたのかもしれない)
 でも、彩音を扉のところで立ち止らせたものは、その異臭ではなかった。
魚の腐ったような匂いではなかった。
 暗闇だった。
扉の向こう側に充満した闇だった。
深い闇だった。
彩音の侵入を拒絶する闇だった。
彩音を押しもどそうとする闇の凶念が分厚く凝固していた。
 その凝り固まった邪悪な闇をプッシュして彩音は部屋に踏みこんだ。
(どうして、ここはこんなに暗いの。それは地下室で明かりとりの窓もないのだから暗いのはあたりまえだけれど、なにかクラクラするようだわ。アタマガイタクナッテキタ)
闇が巨大な蛇のようにうねっている。
闇がとぐろを巻き、彩音を飲みこもうとしている。
 暗がりの中で彩音を待ちうけているものがいた。
 モノのけだろうか。
(上の清潔なカウンターで本の受け渡しをしている司書のお姉さんたちは、この部屋に踏みこんだことがあるのだろうか。ないだろう。一階の開架式の本棚しか知らないお姉さんたちは、本のもつ作者のもつ、霊力を信じられるだろうか。本は怖い。本を読むことも怖い。本の扉を開けることは、魔界の扉を開けることでもあるのよ)
彩音は恐怖をまぎらわそうとしていた。ひとまず、モノローグの中に逃げこんだ。じぶんだけの考えに集中していると気がまぎれた。
壁のスイッチを探す。壁から、なまあたたかいぬるぬるした手がのびてきて、彩音の手首を握る。ことは、なかった。
それは恐怖がもたらす幻覚だった。古い紙の黴臭い匂いがひときわ強くなる。この匂いだったのだ。彩音の嗅覚をちくちく刺激していたのは。本棚がゆれている。
未公開資料室がひさしぶりの閲覧者を歓迎しているのだ。カタカタカタ。普通であったら感じることはできない。かすかなゆれ。恐怖と好奇心で神経を研ぎ澄ました彩音には、その音が感知できた。それどころか、肌で感じたその音で、さらに彩音の恐怖はふくれあがった。


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