タイ族においては、誕生から三日目までは悪霊ピーの子であって、三日目を過ぎてはじめて生霊クワンを胎内に宿し、人間の子となるという信仰がある。つまり誕生から三日間は人間の子ではないのだから、いつ悪霊ピーに連れ去られてしまうかも知れないという危惧と不安がつきまとうのだ。(魔と呪術 鈴木一郎)
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日本橋のMデパートにはなんども来ている。
こんな階があったのだろうか。
新館七階にギヤラリーがあるとは知らなかった。
太股の傷は異常に短期の自己治癒力を示したものの、まだ少し痛む。
でも、どうにか三岸節子の回顧展が見られそうだ。
いくら最終日だからといってもこの人だかりは想定外だった。
黄昏の国へひかれていく囚われ人のように。
……かれらは黙々と青い薄闇の会場へ消えていく。
どこから沸いてきたのか。
と思うほど年老いたひとびとが会場にすいこまれていく。
考えてみると、わたしも妻も。
自由に歩き回ることのできる者としては。
最高齢者の部類に属するのかもしれない。
これ以上の加齢は。
杖とか車椅子の世話になることを覚悟しなければならないのだろう。
死をも予測しなければならない年齢にさしかかっているのだ。
美術作品を鑑賞しようと会場に足をはこべるうちに。
わたしにはもういちどだけどうしてもめぐりあいたい絵があった。
絵というよりもそれをなりたたせている色彩だった。
真紅。
いや、日本的な朱?
画面いっぱいに飛び散る蘇芳色の血ふぶきの色。
そう。
血の色に近い色彩でなりたっているような絵。
Mの描いたあの絵だ。
そんなことを思いながら……
わたしは二人分の入場券を購入しようとサイフをとりだした。
このときふいにわたしの耳にやさしい澄んだ女性の声がひびいてきた。
「これお使いになって……。一枚しかないのですが……」
特別優待券がわたしの手にのっていた。
贈り主の姿が人影のかなたにとけこんでしまった。
服装も顔形もなにも覚える余裕はなかった。
あまりにも唐突な出来事だった。
わたしはただ呆然としていた。
礼さえ言うことができなかった。
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