日常観察隊おにみみ君

「おにみみコーラ」いかがでしょう。
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◎本日のお話「マトリョーシカ式の依頼」

2016年02月06日 | ◎これまでの「OM君」
AM11時起床。
三脚に据えた単眼鏡から目を離した。
俺は床に置かれたパソコンにそう記入した。
パソコンの横にはマミー型寝袋が転がっている。
「おい、奴が起きたぞ。交代だ」
寝袋を蹴りながら、そう言う。
「うあい…」
そういって寝袋はむくりと半分起きあがった。
ファスナーを開け、青年が眠そうに出てくる。
助手のササキだ。
このウイークリーマンションに転がり込んでもう一週間になる。


始まりは雨の午後。
雑居ビルの3階に我が探偵事務所はある。
丸めがねの依頼主は不意にやってきた。
「このファイルの人物の行動調査を24時間体制でやってもらえませんか」
「はあ、24時間ですか」
挨拶もなしに丸めがねのスーツ男はそう切り出した。
「出来ないことは無いのですが費用がかかりますよ。よろしいのですか?」
「前金でとりあえず100万円お渡しします」
(100万…やるやる行動調査ぐらいいくらでも…)
「ファイル見てもよろしいですか」
「どうぞ」
工藤ユウジ。40歳。
望遠レンズで撮影されたと思われる画像の荒い写真の裏に住所が手書きで書かれている。
資料はそれだけだった。
「ちなみにどういったご関係ですか。そしてどういう目的の調査ですか?」
「それは一切申し上げられません」
丸めがねは表情も変えずにそう言った。
「そうですか(まあ、なんでもいいか。とりあえず適当に監視して100万円せしめるとしよう)まあ、結構です。早速着手します」
俺の仕事の流儀は取りあえず着手。
深く考えてもしょうがない。
今この瞬間、仕事らしい仕事もない。
助手のササキにも仕事を与えなければならない。
危険な匂いを感じない訳ではないが、探偵稼業、大なり小なりのアクシデントはつきものだ。


この工藤という男の行動。
謎が多い。
この男、朝、目を覚ますとすぐに外出する。
そして駅前の木造モルタルマンションの一室に向かう。
深夜までその部屋で過ごす。
そして自室のアパートに帰る。その繰り返し。
なぜこんな奴の監視をするのか。
しかし、今朝は違った。
いつもは車で出発するのだが、原チャリを持ち出してきた。
「ボス、今朝は原チャリで出勤です」
ササキが単眼鏡をのぞきながら言う。
この後は、ササキ一人で後を追いかける予定なのだが、違和感を感じた俺はバイクで奴を尾行する事にした。
追いかけながら、どこに行くつもりだと思った。
俺のバイクは125ccのスクーターだ。
半端にチューンしたバイクでは目立ってしょうがない。
一見、地味なスクーターが一番良い。
エンジン、足まわり、ブレーキ、一通りの改造は施されている。
尾行には最強のマシンだ。
奴の原チャリぐらいは余裕で追える。
パチンコ屋に入った。
なんだ、パチンコかよ。
俺は落胆した。
奴は2階の窓際のスロットを打ち出した。
しかし、妙なのだ。
手は機械的にレバーを操作しているが、目は前のスロットを見ていない。
窓の外、何かを見ている。
いや、監視している目の動きなのだ。
何が見えるのか。
俺はスロットを選ぶ振りをしながら窓の外を見た。
向かいのビルの1階部分のオープンカフェが見える。
女性店員がテーブルを拭いている。
奴はどうもその店員を見ているようなのだ。
こいつはストーカーか…

工藤は女性店員の退社時間まで、みっちりとその場所で監視していた。
ときおりポケットから手帳を取り出し、記録を取っているのが不気味だった。
俺はササキに指示を出した。
あの女性を調べろ。


「ボス、分かりましたよ。あの女性の名前は小林アン。短大に通う20の学生です。あの店はバイトで働いています。そして工藤の通うアパートの前の建物から彼女は通っています。工藤はあの学生を監視してますね」
「やはりストーカーか」
「どうでしょう。まあ、でもストーカーですね。奴が帰った後、あのアパートに入ってみました」
「ええ、おまえそんな事できるの」
「ええ、まあ、シングルの鍵だったんで、まあ、ちょちょいと」
「すごいなおまえ」
「そしたら、案の定、望遠レンズとハードディスクを増設したビデオカメラが電源につながれて録画状態でした。足音が収録されてはまずいんで玄関までしか入ってません」
「そうか」

俺は依頼主の丸めがねに報告書を渡した。
丸めがねは無言で受け取った。
観察も調査も終わった。
彼女がどうなろうとも俺とは何の関わりもない。
そう思おうとしたがどうしても釈然としない。
俺は事務所を飛び出し、車に乗り込んだ。
今の時間、工藤は自室に帰っているはずだ。


工藤は昨夜録画した動画をチェックしていた。
アンが窓から双眼鏡で何かを観察している。
ノートに何かを記入した。

どんどん
工藤はしばらく無視していた。
しかしドアをたたく音は一向にやまない。
工藤は缶ビールを口から離しテーブルに置いた。
(誰だよ、めんどくさいな)
「はい、どなた」
ドアチェーンをかけたまま扉を開けた。

俺は手に持っていたチェーンカッターを素早く隙間に差し込み、チェーンを切った。
ドアを押し退け、玄関に侵入した。
工藤の腹を思い切り蹴りあげる。
工藤は前のめりに倒れた。
うつむせの工藤を仰向けにし、馬乗りになる。
「誰だお前…」
工藤は苦しそうに言う。
「誰でもいいだろ。そんなことよりお前あの女に何してるんだ。ストーカーか」
拳を奴の顎にたたき込む。
「ストーカー、俺が…違う。俺は探偵なんだ。依頼主に頼まれてあの女の行動を監視しているだけなんだ」
言葉を失う。
そして確認した。
「その依頼主はもしかしてメガネをかけていないか。丸い…」
「そ、そうだ。丸めがねだ」
いったい何のために丸メガネはそんな事を依頼するんだ。
まったく分からない。
「おい、あの女」
俺は画面に映っているアンを指さした。
「何を観察しているんだ」
「ああ、どうやら彼女も男の行動観察をしているようだ」
その時、ドアの外で人の気配がした。
俺はゆっくりとドアに近づいた。
たしかに誰かいる。
俺はドアを勢いよく引いた。
女が倒れ込んできた。
「誰だ、お前」

長谷川キョウコ 39歳。
その女はそう言った。
飲み屋である男にバイトを頼まれたらしい。
俺の事を監視するバイト。
その男も丸めがねだったらしい。

いったいどういう事なんだ。
監視しているつもりが監視されている。
その数珠つなぎ。
その様子を上から丸めがねが見ている。
おそらく、短大生のアンも丸めがねから頼まれて知らない男を監視しているのだろう。


その一部始終をプロジェクター投影された大画面で眺めるいくつもの視線。
丸めがねはステージの上に立っている。
「何人の人間が私を突き止め、この場所にやってこれるのか。みなさまの掛け金でゲームは現在進行中です。さあ、皆様、おかけください」
金を腐るほど持つ金持ち達が掛け金を投げながらコールしていた。
コメント
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