掘り出し物
アキオは今年三十歳になる。趣味はデジカメの収集。
カメラ屋に出かける事が休日の楽しみの一つだ。
いつものようにアキオは電気街を歩いていた。
「こんなところに路地はあっただろうか」
アキオは初めて歩く道を気まぐれに入ってみた。薄暗い路地の頭上にはビルとビルで切り取られた細い空が見えた。何台もの室外機が壁に固定されていて、向かい合った機械同士が競うように熱風をはき出している。。額の汗をハンカチで拭きながらアキオは「中古カメラ」の文字を路地の突き当たりで見た。急ぎ足でそのお店に向かう。
店頭のショーウィンドウには通好みのカメラが並んでいた。しかも相場価格よりもかなり安く感じられた。
「いいぞ」
程よい暗さの店内に入る。
夢中で商品をチェックするアキオの足は、あるカメラの前で止まる。
今年発売されたばかりの最新カメラ。販売価格のゼロが定価より二つ少ない。
(何かの間違いだろうか)アキオはその場を動けなくなった。
店員の気配を感じてアキオは振り返る。サイドを刈り上げ、前髪は長めのイケメン店員がエプロンをして立っている。
店員はアキラが見つめる視線の先にあるカメラを観察して、ごもっともですと言わんばかりに説明を始めた。
「その価格で間違いございません」
「どうして」
アキオはどのような理由で投げ売りしているのか知りたくなった。
「もちろん理由がございます。購入していただけるお客様だけにご説明いたします」
店員がニヤニヤしている意味はアキオには分からない。
「買います」
「購入されますか。ではこちらへどうぞ」
ショーケースからカメラを取り出して店員はアキオをカウンターへ促した。
店員がそっと置いたカメラをアキオは見た。そのカメラは間違いなく最新機種だった。ただ気になるのはカメラの底にマッチ箱大の部品がついている点だ。
でもアキオは自分の気持ちが高揚するのが分かった。
「ご説明します。このカメラはある写真家からの持ち込み商品です。委託販売とよばれるものです。販売条件の中に、承諾書のサインがございます。よろしいですか」
「はい」
アキオは訳も分からないがオーケーの返事を返す。
「ありがとうございます。では書類はこちらになりますので一読の後、最後のページにサインをお願いします」
辞書並の厚みがあるファイルを店員は取り出した。
アキオは手を伸ばしてファイルをぱらぱらとめくった。
甲が乙が、甲が乙が……
何が書いてあるかは理解出来なかったが、最終ページの空欄にサインをした。
「ひとつ聞いてもいいですか」
「何でしょう」
精算が完了したレシートをもらいながらアキオが聞いた。
「このカメラの下部にある部品は何ですか」
「その部品は取り外せません。そのままお使いくださいとの事です。クイックシューにもなりますし、三脚穴も空いておりますので実用に支障は無いかと思います」
「分かりました」
やっぱり返してくださいと言われる前にアキオは逃げるように店を後にした。
最新のカメラはやはり素晴らしかった。きびきびとしたスピード。写りの良さ。どれをとっても一級品だ。簡単には購入できる値段ではないカメラで撮影する喜びをアキオは満喫していた。
とある休日、いつものようにアキオはカメラ屋巡りをしていた。
突然後ろから声をかけられる。
「サインしてください」
そこには三人の女子高生がいた。
「何かの間違いでは」
「写真集のこのカット大好きなんです。握手してください」
女の子はハードカバーの写真集を広げてアキオに見せてくれていた。
そのカットは何枚かの写真を合成して一枚にしたものだった。手にとってアキオは写真集を見た。見覚えのある写真ばかりだ。
自分がシャッターを切ったものばかりだった。自撮りのカットもあって自分が映っているのだから間違いない。
アキオは写真集をひっくり返して、表紙を見た。
「群像z」
女子高生達に、ぎこちなく「ありがとう」と連呼しながらアキラは喫茶店に入る。アイスコーヒーを注文してスマホに検索ワードを入力する。
「群像z」
検索結果が表示される。
アキオの眼球が右、左と忙しく動いた後、停止する。そしてまぶたは強く閉まる。
「群像zとは有志によって撮影された写真群をコラージュした作品。素材となる写真は撮影者が投稿を意図せずに自動転送されたもの。そこに意味があると作者は述べる。写真の集め方が話題を呼び百万部を売り上げる」
お金をつかみ損ねた後悔か、それとも自分にファンが生まれた希望か。最終的にアキオの心に残ったのはどちらなのだろうか。
アキオは今年三十歳になる。趣味はデジカメの収集。
カメラ屋に出かける事が休日の楽しみの一つだ。
いつものようにアキオは電気街を歩いていた。
「こんなところに路地はあっただろうか」
アキオは初めて歩く道を気まぐれに入ってみた。薄暗い路地の頭上にはビルとビルで切り取られた細い空が見えた。何台もの室外機が壁に固定されていて、向かい合った機械同士が競うように熱風をはき出している。。額の汗をハンカチで拭きながらアキオは「中古カメラ」の文字を路地の突き当たりで見た。急ぎ足でそのお店に向かう。
店頭のショーウィンドウには通好みのカメラが並んでいた。しかも相場価格よりもかなり安く感じられた。
「いいぞ」
程よい暗さの店内に入る。
夢中で商品をチェックするアキオの足は、あるカメラの前で止まる。
今年発売されたばかりの最新カメラ。販売価格のゼロが定価より二つ少ない。
(何かの間違いだろうか)アキオはその場を動けなくなった。
店員の気配を感じてアキオは振り返る。サイドを刈り上げ、前髪は長めのイケメン店員がエプロンをして立っている。
店員はアキラが見つめる視線の先にあるカメラを観察して、ごもっともですと言わんばかりに説明を始めた。
「その価格で間違いございません」
「どうして」
アキオはどのような理由で投げ売りしているのか知りたくなった。
「もちろん理由がございます。購入していただけるお客様だけにご説明いたします」
店員がニヤニヤしている意味はアキオには分からない。
「買います」
「購入されますか。ではこちらへどうぞ」
ショーケースからカメラを取り出して店員はアキオをカウンターへ促した。
店員がそっと置いたカメラをアキオは見た。そのカメラは間違いなく最新機種だった。ただ気になるのはカメラの底にマッチ箱大の部品がついている点だ。
でもアキオは自分の気持ちが高揚するのが分かった。
「ご説明します。このカメラはある写真家からの持ち込み商品です。委託販売とよばれるものです。販売条件の中に、承諾書のサインがございます。よろしいですか」
「はい」
アキオは訳も分からないがオーケーの返事を返す。
「ありがとうございます。では書類はこちらになりますので一読の後、最後のページにサインをお願いします」
辞書並の厚みがあるファイルを店員は取り出した。
アキオは手を伸ばしてファイルをぱらぱらとめくった。
甲が乙が、甲が乙が……
何が書いてあるかは理解出来なかったが、最終ページの空欄にサインをした。
「ひとつ聞いてもいいですか」
「何でしょう」
精算が完了したレシートをもらいながらアキオが聞いた。
「このカメラの下部にある部品は何ですか」
「その部品は取り外せません。そのままお使いくださいとの事です。クイックシューにもなりますし、三脚穴も空いておりますので実用に支障は無いかと思います」
「分かりました」
やっぱり返してくださいと言われる前にアキオは逃げるように店を後にした。
最新のカメラはやはり素晴らしかった。きびきびとしたスピード。写りの良さ。どれをとっても一級品だ。簡単には購入できる値段ではないカメラで撮影する喜びをアキオは満喫していた。
とある休日、いつものようにアキオはカメラ屋巡りをしていた。
突然後ろから声をかけられる。
「サインしてください」
そこには三人の女子高生がいた。
「何かの間違いでは」
「写真集のこのカット大好きなんです。握手してください」
女の子はハードカバーの写真集を広げてアキオに見せてくれていた。
そのカットは何枚かの写真を合成して一枚にしたものだった。手にとってアキオは写真集を見た。見覚えのある写真ばかりだ。
自分がシャッターを切ったものばかりだった。自撮りのカットもあって自分が映っているのだから間違いない。
アキオは写真集をひっくり返して、表紙を見た。
「群像z」
女子高生達に、ぎこちなく「ありがとう」と連呼しながらアキラは喫茶店に入る。アイスコーヒーを注文してスマホに検索ワードを入力する。
「群像z」
検索結果が表示される。
アキオの眼球が右、左と忙しく動いた後、停止する。そしてまぶたは強く閉まる。
「群像zとは有志によって撮影された写真群をコラージュした作品。素材となる写真は撮影者が投稿を意図せずに自動転送されたもの。そこに意味があると作者は述べる。写真の集め方が話題を呼び百万部を売り上げる」
お金をつかみ損ねた後悔か、それとも自分にファンが生まれた希望か。最終的にアキオの心に残ったのはどちらなのだろうか。