マイク大佐の趣味
日曜日の朝。
マイク大佐の休日はホットコーヒーを水筒に注ぐことから始まる。
フィールドで食べる朝食のサンドウィッチも自分で作る。
今朝はスクランブルエッグとツナをマヨネーズで和えた具を、耳を落としたパンに挟み込む。
愛用のカメラと三脚はすでにカメラバックに収まっている。
大佐は玄関の扉を開けて徒歩で近所の国立公園に向けて歩き出す。
大佐のはき出す息がヘッドライトの明かりに白く浮かび上がる。
まだ夜は明けてはいない。
しかし、じきに夜は明けるだろう。
夜明けと共に活動を開始する湖畔の野鳥をカメラに収める事で大佐の頭の中はいっぱいだ。
大佐は野鳥の姿を想像しながら幸せな気持ちに満ちあふれていた。
月曜日。
数々の勲章が誇らしく胸元に光る上着を着こなしたマイク大佐は静脈認証のセキュリティゲートを開けて入室する。
職場に到達するためには、まだ幾重にも存在するゲートを通過する必要がある。
「大佐、おはようございます」
「おはよう」
精緻な機械のように挨拶を返しながら、最後の扉を開けた。
巨大な階段教室のような空間には大量のモニターが並んでいる。
大量のモニターと対になって人が座っている。
正面の一番大きなモニターにはスパイ衛星の位置と未来の軌道が映し出されていた。
大佐は奥まった場所にあるモニターの前に陣取る。
モニターには現在調査中のターゲット・スミスが潜伏中のアパートが映っている。リアルタイムの映像だ。
現代のスパイ衛星には路上に落ちているサイコロの目を宇宙から確認することが出来る高性能カメラが搭載されている。
部下が大佐の姿を確認して、そばにやってきた。
「おはようございます大佐。ターゲット・スミスの動向をレジメにまとめておきました」
「よろしい。下がれ」
ターゲット・スミスは最重要事案である事は大佐には分かっている。
しかし、意に反して大佐の操作するカメラが映し出すスパイ衛星の映像はいつもの国立公園の湖畔に移動を開始した。
ズーム。
大佐は野鳥の親子を見つけた。
大佐は現実を逃避する。
日曜日の朝。
マイク大佐の休日はホットコーヒーを水筒に注ぐことから始まる。
フィールドで食べる朝食のサンドウィッチも自分で作る。
今朝はスクランブルエッグとツナをマヨネーズで和えた具を、耳を落としたパンに挟み込む。
愛用のカメラと三脚はすでにカメラバックに収まっている。
大佐は玄関の扉を開けて徒歩で近所の国立公園に向けて歩き出す。
大佐のはき出す息がヘッドライトの明かりに白く浮かび上がる。
まだ夜は明けてはいない。
しかし、じきに夜は明けるだろう。
夜明けと共に活動を開始する湖畔の野鳥をカメラに収める事で大佐の頭の中はいっぱいだ。
大佐は野鳥の姿を想像しながら幸せな気持ちに満ちあふれていた。
月曜日。
数々の勲章が誇らしく胸元に光る上着を着こなしたマイク大佐は静脈認証のセキュリティゲートを開けて入室する。
職場に到達するためには、まだ幾重にも存在するゲートを通過する必要がある。
「大佐、おはようございます」
「おはよう」
精緻な機械のように挨拶を返しながら、最後の扉を開けた。
巨大な階段教室のような空間には大量のモニターが並んでいる。
大量のモニターと対になって人が座っている。
正面の一番大きなモニターにはスパイ衛星の位置と未来の軌道が映し出されていた。
大佐は奥まった場所にあるモニターの前に陣取る。
モニターには現在調査中のターゲット・スミスが潜伏中のアパートが映っている。リアルタイムの映像だ。
現代のスパイ衛星には路上に落ちているサイコロの目を宇宙から確認することが出来る高性能カメラが搭載されている。
部下が大佐の姿を確認して、そばにやってきた。
「おはようございます大佐。ターゲット・スミスの動向をレジメにまとめておきました」
「よろしい。下がれ」
ターゲット・スミスは最重要事案である事は大佐には分かっている。
しかし、意に反して大佐の操作するカメラが映し出すスパイ衛星の映像はいつもの国立公園の湖畔に移動を開始した。
ズーム。
大佐は野鳥の親子を見つけた。
大佐は現実を逃避する。
仕事募集
ミチオには、お金が無かった。
明日中にお金を振り込まなければ携帯電話が止まる。
ネットの無い生活をミチオはどうしても回避したかった。
ミチオは今日出来る仕事を探すためにスマホを手に取る。
「前金で五万円送金。簡単なバイトです」
具体的な仕事内容の説明は無い。
怪しいとは思ったが、申し込む。
泥沼への一歩はあっけなく踏み出された。
「入力フォームにデータを入力して送信してください」
ミチオはすぐに個人情報を入力して返信した。
「送金を完了しました。具体的な仕事は特にありません。普通の生活をしてもらって結構です。ただし仕事の有効期限は半年とさせていただきます。健闘を祈る」
健闘を祈る?
ミチオは不思議な一文に首をかしげたが、口座を開いて確認すると確かに、お金が送金されていた。
これでスマホが当分使える。ミチオはほっとして畳の上の座椅子に座り込んだ。
これはどんな詐欺なのだろう。
何の見返りも無く、お金をくれるはずは無い。
ミチオは考えることを放棄して飲みに行くことにした。
外に出たミチオは玄関脇のポストを見る。
請求書が届いていたがそのままにしておいた。
いやなことは何でも先延ばしにしてここまで生きてきた。
ミチオは一定の距離をあけて後をつけてくる気配に気づく。
一人ではない。
多数の人影がミチオの後をついている。
気味が悪くなったミチオは走り出した。
後ろは振り返らない。
怖くて振り返る事が出来ないといった方が正しい。
とにかくミチオは息を切らして行きつけのバーに走り込んだ。
「いらっしゃい。慌ててどうしたの」
マスターが動揺しているミチオに声をかける。
「ちょっと外見てください」
「いよいよゾンビでも出たか」
マスターは軽口をたたきながら、入り口の扉を押し開ける。
顔だけ外に出して様子をうかがった。
「誰もいないぞ」
「そんなはずないでしょう」
ミチオはおびえながら顔を半分だけ出す。
何件もの看板がただ意味も無く点滅している。
明暗を繰り返すアスファルトに人影は無い。
ミチオは、誰もいないからもう大丈夫とは到底思えなかった。
思考を遮るためにミチオは飲み出す。
時計の針は二回りした。
全身の弛緩を楽しみだしたミチオはマスターに自分の過ちを告白する。
「俺がここに来たとき、人に追われてると言っていたでしょう」
今夜の客はミチオ一人。
マスターの酒もすすんでいる。
「このサイトに登録した途端、おかしなことになったような気がします。未だに何の仕事なのか分からない」
マスターはミチオの差し出したスマホの画面をのぞき込み、かすかにうなずいた。ミチオはマスターの反応に驚いた。
「もしかしてマスターこのサイト知ってるの」
「知っている。実はさっき仕事をもらった」
ミチオはいつもの酔いとは違う体の「ふらつき」を感じた。
目を開けていられない。
眠い。
ミチオは自分のベットで頭痛と共に目を覚ました。
どうやって帰ったのかまったく覚えていなかった。
上体を起こそうと腰の辺りに手を置いた。
その手に痛みを感じたミチオは手の甲をじっと見た。
赤みを帯びた炎症があった。皮膚の下には小さな異物のふくらみがあった。
(マスターの受けた仕事はこれか)
メール着信のしらせが部屋中に鳴り響く。
ミチオは自分の心拍数が上がっているのを感じながら画面を見る。
アプリのダウンロードが完了し、ソフトが立ち上がっている。
警告色の赤が文字と共に点滅している。
「警告十五秒継続(心拍数九十)→敗者」ミチオの画面を見つめる眼球の瞳孔が開く。
「0/20」
ミチオを中心とする地図上には赤と青のドットが動いている。
ドットの数は二十。
ミチオはスマホの画面をさらにスクロールさせる。
スマホをのぞき込む男女の映像が次々に流れる。
おそらくリアルタイムの映像なのだろう。
ミチオの姿もその中にあった。
慌ててスマホをベットに投げ出す。
先ほど見た映像の角度からカメラを探す。
なるほど、いつの間にかそこには小さなカメラが赤い動作ランプを光らせている。ミチオは痛む頭を抱えて身支度を始める。
先ほど放り出したスマホをもう一度見た。
地図上のドットはミチオから離れていく者もあれば近づきつつある者もあった。
ミチオは靴紐を結びながら
相手の心拍数を上げ続ける方法を決めた。
自分の心拍数を上げない程度の格闘で一人ずつ相手を軟禁する。
時間は半年もある。
長期戦を覚悟する。
先払いの五万円では半年持たない。
金も相手から奪う必要がある。
スマホがかすかに振動した。
画面にはこう表示された。
「1/20」
一人敗者が出たらしい。
ミチオには、お金が無かった。
明日中にお金を振り込まなければ携帯電話が止まる。
ネットの無い生活をミチオはどうしても回避したかった。
ミチオは今日出来る仕事を探すためにスマホを手に取る。
「前金で五万円送金。簡単なバイトです」
具体的な仕事内容の説明は無い。
怪しいとは思ったが、申し込む。
泥沼への一歩はあっけなく踏み出された。
「入力フォームにデータを入力して送信してください」
ミチオはすぐに個人情報を入力して返信した。
「送金を完了しました。具体的な仕事は特にありません。普通の生活をしてもらって結構です。ただし仕事の有効期限は半年とさせていただきます。健闘を祈る」
健闘を祈る?
ミチオは不思議な一文に首をかしげたが、口座を開いて確認すると確かに、お金が送金されていた。
これでスマホが当分使える。ミチオはほっとして畳の上の座椅子に座り込んだ。
これはどんな詐欺なのだろう。
何の見返りも無く、お金をくれるはずは無い。
ミチオは考えることを放棄して飲みに行くことにした。
外に出たミチオは玄関脇のポストを見る。
請求書が届いていたがそのままにしておいた。
いやなことは何でも先延ばしにしてここまで生きてきた。
ミチオは一定の距離をあけて後をつけてくる気配に気づく。
一人ではない。
多数の人影がミチオの後をついている。
気味が悪くなったミチオは走り出した。
後ろは振り返らない。
怖くて振り返る事が出来ないといった方が正しい。
とにかくミチオは息を切らして行きつけのバーに走り込んだ。
「いらっしゃい。慌ててどうしたの」
マスターが動揺しているミチオに声をかける。
「ちょっと外見てください」
「いよいよゾンビでも出たか」
マスターは軽口をたたきながら、入り口の扉を押し開ける。
顔だけ外に出して様子をうかがった。
「誰もいないぞ」
「そんなはずないでしょう」
ミチオはおびえながら顔を半分だけ出す。
何件もの看板がただ意味も無く点滅している。
明暗を繰り返すアスファルトに人影は無い。
ミチオは、誰もいないからもう大丈夫とは到底思えなかった。
思考を遮るためにミチオは飲み出す。
時計の針は二回りした。
全身の弛緩を楽しみだしたミチオはマスターに自分の過ちを告白する。
「俺がここに来たとき、人に追われてると言っていたでしょう」
今夜の客はミチオ一人。
マスターの酒もすすんでいる。
「このサイトに登録した途端、おかしなことになったような気がします。未だに何の仕事なのか分からない」
マスターはミチオの差し出したスマホの画面をのぞき込み、かすかにうなずいた。ミチオはマスターの反応に驚いた。
「もしかしてマスターこのサイト知ってるの」
「知っている。実はさっき仕事をもらった」
ミチオはいつもの酔いとは違う体の「ふらつき」を感じた。
目を開けていられない。
眠い。
ミチオは自分のベットで頭痛と共に目を覚ました。
どうやって帰ったのかまったく覚えていなかった。
上体を起こそうと腰の辺りに手を置いた。
その手に痛みを感じたミチオは手の甲をじっと見た。
赤みを帯びた炎症があった。皮膚の下には小さな異物のふくらみがあった。
(マスターの受けた仕事はこれか)
メール着信のしらせが部屋中に鳴り響く。
ミチオは自分の心拍数が上がっているのを感じながら画面を見る。
アプリのダウンロードが完了し、ソフトが立ち上がっている。
警告色の赤が文字と共に点滅している。
「警告十五秒継続(心拍数九十)→敗者」ミチオの画面を見つめる眼球の瞳孔が開く。
「0/20」
ミチオを中心とする地図上には赤と青のドットが動いている。
ドットの数は二十。
ミチオはスマホの画面をさらにスクロールさせる。
スマホをのぞき込む男女の映像が次々に流れる。
おそらくリアルタイムの映像なのだろう。
ミチオの姿もその中にあった。
慌ててスマホをベットに投げ出す。
先ほど見た映像の角度からカメラを探す。
なるほど、いつの間にかそこには小さなカメラが赤い動作ランプを光らせている。ミチオは痛む頭を抱えて身支度を始める。
先ほど放り出したスマホをもう一度見た。
地図上のドットはミチオから離れていく者もあれば近づきつつある者もあった。
ミチオは靴紐を結びながら
相手の心拍数を上げ続ける方法を決めた。
自分の心拍数を上げない程度の格闘で一人ずつ相手を軟禁する。
時間は半年もある。
長期戦を覚悟する。
先払いの五万円では半年持たない。
金も相手から奪う必要がある。
スマホがかすかに振動した。
画面にはこう表示された。
「1/20」
一人敗者が出たらしい。