TDY、Temporary Duty。アメリカの軍隊用語で出張を意味する。世界の僻地の出張記録!TDYの次は日常の雑感

現役時代の出張記録。人との出会いと感動。TDY編を終え、写真を交えた日常の雑感を綴る。

TDY, Temporary Duty パプアニューギニア編 7

2015年02月16日 | 旅行
 「ズーインのせっちゃん」と云う伝説の美人をご存じであろうか。或いはご記憶であろうか。新宿の要町(現在は新宿三丁目)の「どん底」の少し西側に「シャノアール」(Chat Noir、黒猫)と云う喫茶店があった。この喫茶店にはママさんをはじめとして美人が多かった。その中でも群を抜いて美人であったのが「せっちゃん」であった。本名は知らない。秋田美人の代表のような存在であった。彼女は非常に性格がよく、誰からも好かれていた。当時高校生であった私にとっては憧れの「お姉さん」であった。彼女は10円を「ジューエン」と云えず、「ズーイン」と云っていた。私ども悪ガキは、彼女に「ズーイン」と云わせるために、お釣りが10円になるように知恵を絞った。そして「ズーインのお釣りです」と云わせると非常に幸せな気分になった。憧れの「せっちゃん」を困らせたり、からかったりする気は毛頭なかった。ただ云わせたかったのだ。
 「ズーインのせっちゃん」のいる「シャノアール」は我々の癒しの場であった。ある5月の雨の日、店内は異常に寒かった。今のようにエアコンの暖房など望むべくもなかった。そんな時、ママさんが玉露をコーヒー・カップに入れて持ってきてくれた。一口飲んでみて、お茶ってこんなに旨いものかと驚いた。それから私は緑茶を好むようになった。勿論コーヒーも大量に飲む。この癒しの場は緑茶の味を教えてくれただけではなく、人間の機微を教わったのもこのシャノアールであった。それが後の私の「貿易」の仕事に大いに役立った。




 集材場に行くと、丸太のままの黒檀が既に集められていた。今切り出したばかりであるような切口であった。そこから水分が出てくるようにさえ見えた。
 インドネシアの黒檀とはかなり違う印象を受けた。インドネシアのスラベシ島では、山で黒檀を切り出してからフリッチにして出荷するまで、長いときは5年はかかるそうだ。山で樵に切らせるまでは何とかしのげるが、それを麓の集材場まで運び出す費用が出せないのだそうだ。売った資金を使って、直ぐにでも次の出荷にかかればいいものを、入金されたものは伐採業者の懐に入らず、大方は借金の返済に充てられてしまう。だが、スラベシ島で伐採から出荷までに時間がかかるお蔭で、完全に乾燥した材が日本の業者の手に入る。
 インドネシアの話を聞いていたので、このような水気たっぷりの材が日本で受け入れられるのであろうかとの不安を覚えた。後で床柱加工業者に聞いたのだが、パプアニューギニアの黒檀を製材したとき、水がほとばしるように出たとのことだった。クレームもつかず、まして返品などと最悪の事態は避けられた。乾燥が充分ではなかったが、インドネシア産に比べ、私の売値が安かったことが幸いした。それに、品質が非常によかった。乾燥が充分でないからと云って、私にクレームをつけると、次に売って貰えないのではないかと心配もしたそうだ。その不安は私の商売の姿勢から来るものではない。黒檀が如何に入手困難であり、パプアニューギニアのものがインドネシア産のものよりかなり條件が良かった故であろう。太いままで、割れ止めを塗ったままのフリッチでは乾燥も遅いが、床柱用に製材し、早めの乾燥を促せば何とか処理が可能のようであった。また、此の業界に大型の乾燥炉を持った業者がいるので、そこに持って行って乾燥させたとも聞いた。






 ローランド・クリステンセンのスタッフが作り上げたログリストを、エイミーが正確にパソコンに入力してくれていたので、私は敢えて黒檀のフリッチの全量を検品する必要はなかった。仕事にかなりの余裕が出来た。それを察したように、ローリーとクリスは太い黒檀の丸太を切り落とし、それを横に裁断する作業に取り掛かった。
 クリス・ブルックは黒檀で食器を作り、イギリスに輸出している。私が日本の市場を紹介しようかと云うと、「日本には売りたくない。品質にうるさいことばかり云い、そのくせ値切ってくる」とはっきり云われてしまった。品質にうるさいことは確かだが、輸入業者の全員が値切るわけではない。そのことを云おうとしたが、彼はそのように信じ切ってしまっているようなので、それ以上は云わないことにした。オーストラリア人の頑固さをそれほど簡単に崩せない。
 試しに切った黒檀の木目を、クリスは納得した顔で眺めていた。彼の工房に持ち込んでから専用の製材機で食器の大きさに大まかに切り、それを別の機器で切り抜いていくのだそうだ。その際、木目をどう活かすかに食器の価値がかかってくると説明してくれた。但し、木曽の奈良井宿の職人が作る木の食器のように、全ての食器の木目を無理に揃えることはしないそうだ。そのようにしたら、一本の丸太で作れる量が非常に限られたものになってしまう。

 昼食が終ったのに、ローリーもクリスも動こうとしなかった。私が時計を指差し、時間だぞと云うと二人はうんざりしたような顔をした。「今日は土曜日ですよ。日本人は働き過ぎです」と云われた。高い出張費を何とか捻出して来ているので、少しでも輸入する量を増やしたい。その為には滞在期間中に少しでも多くのフリッチを選び出さなければならない。私はそのように考えていた。而し、これは私だけの立場であって、彼等二人には関係ないことである。ローリーにとっては、それほどガツガツと売らなくてもやっていけるし、クリスにしても、何本か試しに切ってみれば、私が選んだフリッチの切り残しの全てをオーストラリアに運べばいいだけである。それほど熱心に働く必要はない。今まで、クリスは私の検品に精力的に手伝ってくれていた。私は反省し、恥ずかしさも覚えた。
 それでも彼等は土曜日の午後であるのに私に付き合って仕事をしてくれた。置き場の端にあるフリッチの山のスポットチェックを何とか今日中に終わらせたかった。働き過ぎに反省はしたが、これを終わらせなければ予定通りの期日に日本に帰ることは出来ない。現場のスタッフに、昨日のうちにフォークリフトで山を崩して貰っておいのでスポットチェックは捗った。

 三時近くになったころ、島民の一人が舟でシーバス(日本で云うスズキ)を釣りに行かないかと誘いに来た。クリスは喜んで誘いに応じた。私も行きたかったが、リストの整理が残っていた。ローリーは「私も付き合います」と釣りには行かなかった。クリスの話では島民の乗っている小舟に巨体を乗せたのでは沈没しないかと心配してボートに乗らなかったのだと云っていた。私の手伝いが「乗らない」いい口実になったようだった。

 彼等が釣りに行って一時間ほどで全てが終わった。こんなに早く終わるなら、私も行けばよかったと悔やんだが遅かった。エイミーが子供たちに大きな魔法瓶を持たせて冷たい南国の果物のミックス・ジュースを持ってきてくれた。生き返る心地がした。今まで、仕事に熱中していたせいか、暑さを忘れていたようだった。

 夕方が迫って来たが、クリスたちはまだ釣りから戻ってきていない。ローリーに指差す南々西の方角に南十字星が見えてきた(マダガスカル編の「6」をご参照願いたい)。これが私の見た最初の南十字星だった。此の島に来て、既に何日も過ごしていたが、南十字星が見えてくるまで海岸にいたことはなかった。少し頭を上に向けて見上げるようにして見た。そろそろ暗くなりかかっているのに、クリスたちはまだ帰ってきていない。心配し始めるころ、海岸に涼みに来ていた島民が、「エンジンの音が聞こえる。帰ってきた」と云った。私には全く聞こえなかった。ローリーにも聞こえてはいないようだった。暫くすると、その島民は東の方を指差して云った。「帰ってきた。手を振っている」。いくら目を凝らしても何も見えなかった。エンジンの音も聞こえてこなかった。かなり手前まで近づいてから、ボートが見え、エンジンの音が聞こえた。彼等の聴力と視力に驚いた。

 クリスは大満足でボートから降りてきた。アイスボックスには1メートルはありそうなシーバスが何本も詰まっていた。


 マダガスカル編の「6」に掲載したものと同じ写真で恐縮だが、このイメージ画しかない。フィルムのバカチョンカメラでは南十字星を撮る事など出来なかった。ご勘弁願いたい。

 また、ウッドラーク島に持ってきたフィルムの本数が少なく、写真が少ない点もお許し願いたい。


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4 コメント

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僅かな儲け (Jamco)
2015-02-16 11:47:07
材木屋さん、コメントをありがとうございます。
銘木屋さんがかなり儲けたであろうことは想像していました。ですが、我々輸入業者の儲けは僅かでした。それでも値上げは出来ませんでした。」
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豊かな島 (Jamco)
2015-02-16 11:42:15
驚いたのはM/Mさんだけではありません。魚だけではなく、貝類も大きなものが獲れます。決して植えることのないウッドラーク島です。
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噂の黒檀 (材木屋)
2015-02-16 11:35:24
噂でしかなかったパプアニューギニアの黒檀の当時の写真を目にしますと、非常に残念だったと改めて思います。特に今回のような見事な木目を見せられますと余計でdす。この黒檀を扱った人達は大儲けしたでしょう。
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ススキ (M/M)
2015-02-16 09:57:04
私も海釣りをしますが、短時間で大物のススキが釣れるとは驚きです。
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