詩人PIKKIのひとこと日記&詩

すっかりブログを放任中だった。
詩と辛らつ日記を・・

古い記事再アップ トヨタ、大企業、リストラ防衛策、長谷川監督、『太陽を盗んだ男』 信長、部落差別

2016年02月11日 | pikki蛙近況

A氏のツイートを読んで・・見知ってるだけでも数十人の病院での話しを医者に会社に通報されて、自殺に追い込まれたり発狂したり(病院からの通報で「なんで会社の秘密をばらす んだ」と恫喝が多かった)・・グループ内企業たらい回し後に最悪3K職場へと追いやられ、僕のように悔し涙を流して解雇されていったり殺されたり発狂した・・多くの上司同僚の顔を思い出す。

A氏の《この嘘のような本当の話も謎を紐解く鍵になるハズ》とは何度か言われたことがあったので、一人一人に焦点を絞った列伝形式の方がいいのかなと思った。明日からは「トヨタ残酷物語列伝」を開始したい。最大の問題は、トヨタ方式や税金不払いや消費税輸出払い戻し・・トヨタグループ全体で一円も納税しない(下請け中小企業に支払わせた分を横取り)のに、約一兆円の払い戻しがもう十年近くになる。絶対に税金を納めようとしなかった西武グループ(借金の連続で土地買占め→原発用地にもなった)よりも悪質!

その際にトヨタが多用したのは、グループ内企業取引きでの赤字偽装と、赤字企業買収と、西武的な膨大な土地買収や、海外ではそれらすべてを活用しての納税逃れの上に、海外独自の税金逃れ(タックスヘイブン等)や、研究開発・設備投資減税等多種多様の優遇税制も用意されている。

さてトヨタでは、その時にはまだ生き延びられても、最終的にはグループ内で最悪の3K職場での嫌がらせが待ってる。
(あいつはアカだから一切話したらいかんぞという・・
リストラ候補をグループ内でやり取りするのでぼくも二度ほど上司に言われたことがある。「アイツと話したらお前もアカとみなされる」ぞという常套手段が・・まるで現在の学校でのいじめ犯罪と同じ

その頃は毎日のように、中高年&女子社員者が芝生に一列に並ばされて一日中ゴミ拾いを退社するまでという光景が多かった。
ーレイバーネッTV第39号・トヨタ無法地帯はー『ここ』
そのトヨタ式労務管理が日本中の大企業や郵政や官公庁へと拡大中だ。
現在では、天下り警察法務官僚どもやその配下の法務部が我が世の春を謳歌だろう

《ココの嘘のような本当の話も謎を紐解く鍵になるハズ》とツイートがあったが・・それは何度か言われたことがあったので、一人一人に焦点を絞った列伝形式の方がいいのかなと思う。明日からは「トヨタ残酷物語列伝」を開始したい。雨が降ろうと槍が降ろうと・・

自分の場合を思い返すと、三つの大企業下請けとカルト宗教系企業で働いたくらいだが、その内の三社でリストラ解雇と日本ではリストラに精通しているのかもで・・いつも防衛本能が働いたのかもしれない。
トヨタ系で心がけたのはー
①ゴミの収集(ゴミは宝の山)
②そのためにできるだけ女子社員や掃除のおばちゃんたちと仲良くして情報収集や便宜を図ってもらう
③できるだけ詳細な記録・録音・写真を残す
④できるだけ合鍵を作っておく(創価学会員は得意なのが多かった)

シャープソニー等での大リストラが進行中の日本の大企業は
もはや恐竜的存在で、一切の甘い願望は捨てて鳥へと進化してゆくしかない。学生や若手社員には、頭が良いなら留学を、そうでなく大酒飲みなら今後最重要なロシア(大豆等遺伝子組み換え食材や放射能汚染食材の代わりに大豆等安全野菜生産可能なのはシベリアくらい!)への放浪の旅を薦めたい。将来必ず役立つことだろう

↓「大企業で日常茶飯事のバックマージン」。これを容易にが下請け制度と企業グループ内取引。前者は下請けが逆らえないので実際の取引価格にマージン上乗せ。後者は以前いたトヨタク級ではいくらでも不正可能。偉いさんの関心はインサイダー取引きでの株とゴルフだった

大企業では日常茶飯事のように、膨大なバックマージンや裏金が企業幹部の懐に入ってくる・・お互いに懐の痛まない属国日本人の税金からなので

人間で怖いのは「もう駄目だ」という諦めと・・「世間に合わせてこうでなければ」という自己検閲だ。人間はまた、驚くほど十人十色であり、自分とは全く違う人格なのだと考えるべきであり・・腕の傷が良くなってきたので、後世のために詩や体験を書き残したいなと思う

十年後を想像すると、TPPや日本を使っての日中戦争を目論む米国の意図をどの程度跳ね返しているか次第になる(TPPを否定したマレーシアのようにか米韓貿易協定で亡国途上の韓国のようにか)・・現在の流れでは、安倍世襲馬鹿ファシズム戦争の後は、石原息子~橋下~小泉息子らへと最悪の流れだろう

長谷川和彦監督『太陽を盗んだ男』での台詞ー
《この町はとっくに死んでいる。死んでいるものを殺して何の罪になる?》が原爆製造犯人の論理であり、それは容易にカルトや宗教や革命やファシズムや戦争の論理にもなりうる。
ただその相手が異教徒や腐敗堕落した権力層や外国・外国人になるだけ・・
古いぼくの詩『この国はとっくに死んでいる』はー『ここ』

◆日本映画の傑作『太陽を盗んだ男』はー『ここ』v=9lS2nt_oMkc&feature=relmfu
◆『太陽を盗んだ男・予告編 』はー『ここ』

主演の沢田研次と菅原文太について面白いエピソード満載の『「太陽を盗んだ男」映像証言シリーズ』はー『ここ』

◆孫崎享氏の『戦後史の正体』(pdf版)を無料でダウンロード可能(第一章)とか・・『ヒトラーの言っていた二極分化を―防ぐためには知り知らせるしかない』はー『ここ』

◆『天主・織田信長は「天王スサノオ」の後継者』という独創的ブログ記事はー『ここ』http://blog.livedoor.jp/hohito/archives/cat_7093.html『ここ』
◆このブログの『関係』記事はー『ここ』http://blog.livedoor.jp/hohito/archives/cat_48174.html『ここ』
その起源は、記紀に出てくるような捕虜になった蝦夷の浮因の居住地が、農耕民とは対立する金属加工者等を受け入れるマージナル(境界)になっていったのではと思う

初めて観るが警備員時代を思い出して懐かしかった・・『男たちの旅路「墓場の島」①/鶴田浩二、桃井かおり、水谷豊、根津甚八 』はーhttp://www.youtube.com/watch?v=O-CMR6ImQWo&feature=related


刻々迫るファシズムの足音  再度アップ! 「アナーキスト詩人」で検索後ー

2016年02月11日 | ファシズム

◆安倍自公政権になってから、ファシズム独裁政治や戦争の足音が刻々と聞こえるようになってきた。戦前との違いは、それが宗主国アメリカの命令通りに進行しつつあるという点だ。属国属領日本の政官財カルトのほとんどは、米国諜報機関の手先か、手先たちの言いなりか、彼らに盲従する奴隷家畜たち・・

現在までも、愛国者や宗主国アメリカに従わない政治家やマスコミ人の多くが暗殺されてきたが・・日本低国人たちは、自分らの財産や民主主義や社会保障制度がすべて奪われてされる直前になろうとも、それに気づかない・・キチガイやカルトや洗脳されきった低国人ばかり!

もちろんそれらを可能にするのは、英米の少数派に武器を与えての多数派弾圧抹殺支配(日本では明治最終覇者の長州藩田布施支配が百数十年間も継続!)・・ インドでは数パーセントのシーア教徒支配だったし、アメリカ大陸では少数派部族に武器を与えての多数派部族の抹殺殺戮・・アメリカ合衆国は侵略戦争の連続で、アフガン・イラクまで侵略中だが、それ以上西にはヨーロッパしかないので、再度東征して太平洋を侵略の標的にしつつある。その最大の餌食は日本である!日本を完全に始末したら次は中国だろう・・インディアンの食料を奪うためにだけ、数千万頭のバッファローを虐殺し、広島長崎への原爆投下で、数十万人を一瞬のうちに虐殺し人体実験にした米国を甘くみてはならない。

世界一の大地震国で原発事故も再稼動も・・全国山林への押し売り枯葉剤ドラム缶放置(やらされたのは林野庁)で、当時日本を世界一奇形児発症国にも、劣化ウラン弾製造も・・戦後ずっと日本独立阻害と分断支配(在日米軍基地約八割の沖縄にさらに辺野古新基地建設の沖縄が顕著)と沖縄を再度の戦争ビジネスで利用目論見の日米軍産複合体!

 

ツイッターに出入り不可能になってから、はや二ヶ月にもなってしまったが、ここ(アメンバーブログ「なう」ー『ここ』)でほぼ時代の最先端的情報や裏情報がわかるので、さほど不便とは思わないが・・そろそろ来週には、ツイッター復活を試みたい。

gooブログはもう十年以上使っているのだが、アメバブログの「なう」機能(ツイッターよりもさらに簡便なメモ帳的機能)を何故作ろうとしないのかが疑問だ・・

現代はいよいよ「タイム・イズ・マネー」なのだから・・高性能よりもむしろ、時間がかからず、簡便に使えてトラブルがない方が支持されるのではと思う

 

「アナーキスト詩人」で検索したらとても素晴らしい詩アーカイブのサイトがみつかった。
それは「詩の出版社 ミッドナイト・プレス」ー『ここ』


    離れてゆく秋  萩原恭次郎

鴎はシグナルのやうに飛び交ふ!
海底に私は濡れた火薬として沈む!
赤いマストは折れてドテツ腹を突き通してゐる!
君の心臓には黒い無為の切手が刷つてある!
錨の上らない程の海の憂愁は
幾匹もの魚を胸に泳がせる!
寒流である―――――――● ● ●
鋏で切られてゐる空だ!
握手にのみ充満と爆発はひそむ!
すでに秋は海底から熱情に錆びをあたへる!

「さやうなら!」

 *萩原恭次郎(1899-1938)の『死刑宣告』(1925年/大正14年)は、その内容において、また、当時のアヴァンギャルドの画家たちの協力に より作られたその造本において、当時の人々を驚かせたようだ。その出版記念会は喧噪狼藉の極みに達したという。萩原恭次郎は、岡本潤、川崎長太郎、壺井繁 治とともに、1923年に詩誌「赤と黒」を創刊した。その表紙には、「詩とは? 詩人とは? 我々は過去の一切の概念を放棄して、大胆に断言する! 『詩 とは爆弾である! 詩人とは牢獄の固き壁と扉とに爆弾を投ずる黒き犯人である!』」という宣言が印刷された。もとより、恭次郎の詩に、アナーキーなもの、 ニヒリスティックなものを読みとることはたやすいことだが、「われわれの美は、欲情は、何処にさすらふか?」という一行が見出される『死刑宣告』の「序」 は「深痛な情感性」(萩原朔太郎)に満ちていて、読ませる。上記の「離れてゆく秋」、9行目の「握手にのみ充満と爆発はひそむ!」から一行の空白を置いて 書かれる最終行「さやうなら!」を読むとき、その「序」に書かれたことば、「詩句を、一行を、散文の如く重荷を背にして疲れしむなかれ! 次行まで叮嚀に 運搬せしむ役を放棄せしめよ! 各行各行に独立せしめよ!」を思い出す。(文責・岡田)

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    断片 20  萩原恭次郎

海のやうな量の中に小さい鼓動が刻まれてゐるのだ
知らぬ間にあたたまりゆく海水があつたのだ
その水が沸騰するやうに熱して来たのだ
何時の間にか手も指し込めなくなつてゐるのだ。

 *萩原恭次郎(1899-1938)の『死刑宣告』は、日本近代詩のなかで、記憶されるべき一冊の詩集であろう。一篇ごとに版画と組み合わせたそのヴィ ジュアルの一端を日本現代詩大系(河出書房)において、その一端を見ることができるが、実際にその詩集を手にとってみたいと思わせるインパクトがある。そ の「ヂレツタンチズム」に限界を認めつつも、「もし芸術品に於て、その表現に示されたる内容以外に、或る眼に見えざる〝形而上の内容〟という如きものがあ るとすれば、それが恭次郎の詩の重要な哲学である」と評したのは同郷の萩原朔太郎(1886-1942)である。その朔太郎が「気品の高い崇高な風貌を以 て示されて居る」として、『死刑宣告』以上に評価したのが第二詩集『断片』。恭次郎はそのあとがきで「断片は今日より明日へと自分を築こうとして自分の身 体にうち込んでいた一本一本の釘であるとも云える。これは日記以上に自分にジカなものの断片〔かけら〕かも知れない」と書いている。なるほど、我々はそこ に「ジカなものの断片」を見るのだが、そのなかに上記のような「形而上的」断片を見出すとき、詩の謎、その深さを覚える。(文責・岡田)

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    襤褸は寝てゐる  山之口貘

野良犬・野良猫・古下駄どもの
入れかはり立ちかはる
夜の底
まひるの空から舞ひ降りて
襤褸〔らんる〕は寝てゐる
夜の底
見れば見るほどひろがるやう ひらたくなつて地球を抱いてゐる
鼾〔いびき〕が光る
うるさい光
眩〔まぶ〕しい鼾
やがてそこいらぢゆうに眼がひらく
小石・紙屑・吸殻たち・神や仏の紳士も起きあがる
襤褸は寝てゐる夜の底
空にはいつぱい浮世の花
大きな米粒ばかりの白い花。

 *山之口貘(1903/明治36年?1963/昭和38年)の『思辨の苑』は1938年にむらさき出版部から刊行された。この詩集には、佐藤春夫の序 詩、金子光晴の序文が収められているが、「佐藤春夫氏の玉稿は、五年も前に頂戴してあった。/金子光晴氏の玉稿もまた、三年前に頂戴してあった」と、詩集 の「後記」で貘は書いている。佐藤春夫がその「序詩」に「南方の孤島から来て/東京でうろついてゐる 風見たいに」と書いたのは1933年12月28日。 当時のことを貘は「大正13年(1924年)の夏、着のみ着のままで、詩稿だけを携えて、ぼくはまた上京、昭和14年(1939年)の五月ごろまでの大半 を、一定の住所を持たずにすごした」と書いている。
 その当時がどのような時代であったか、ざっと振り返ると、1931年満州事変、1932年満州国建国、五・一五事件、1933年国際連盟脱退、1936 年二・二六事件、1937年日中戦争、1938年国家総動員法……。日本の資本主義、帝国主義の膨張は、秩序から疎外され、脱落する多くの不定職者たちを 生んだ。沖縄から上京してきた貘もそのひとりであった。「襤褸は寝てゐる」は、「詩稿だけを携えて」「一定の住所を持たずにすごした」貘がくぐりぬけてき たいくつもの「夜の底」を浮かび上がらせる。金子光晴はその「序文」で「貘君によって人は、生きることを訂正される」と書いているが、山之口貘の詩を読ん でいると、一度この人に会いたかったとの思いを禁じえない。(10.3.8 文責・岡田)

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    幻の家  佐川ちか

料理人が青空を握る。四本の指あとがついて、次第に鶏が血をながす。ここでも太陽はつぶれてゐる。
たづねてくる空の看守。日光が駆け出すのを見る。
たれも住んでないからつぽの白い家。
人々の長い夢はこの家のまはりを幾重にもとりまいては花瓣のやうに衰へてゐた。
死が徐ろに私の指にすがりつく。夜の殻を一枚づつとつてゐる。
この家は遠い世界の遠い思ひ出へと華麗な道が続いてゐる。

 *『佐川ちか詩集』(1911/明治44年?1936/昭和11年)は、「詩と詩論」「マダム・ブランシュなどに詩を発表していることから、モダニズム 詩人のひとりと考えがちだが、あるアンソロジーで、佐川の「緑」という詩を読んだとき、その「私は人に捨てられた」という終行を読んだとき、「モダニズム 詩人」だけでは括れないものがあると思った。今回、手元にある『佐川ちか全詩集』(1983年刊)をあらためて読んで、上記の詩に惹かれた。シュルレアリ スティックでありながら、妙に生々しい。「死が徐ろに私の指にすがりつく」という一行は、佐川ちかの通奏低音であるようだ。この詩は1932年に創刊され た春山行夫編集の「文学」第一冊に発表されたが、当時から「医薬に親しむ」身体だった佐川は、その4年後に24歳の若さでこの世を去った。森谷均の昭森社 から『佐川ちか詩集』が出版されたのは、その年(1936年)の11月だった。 (09.12.07 文責・岡田)

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    Sensation  金子光晴

――日本は、気の毒でしたよ。(僕はながい手紙を書く)燎原〔やけはら〕に、
あらゆる種類の雑草の種子が、まづかへつてきた。(僕は、そのことを知らせてやらう。)

地球が、ギイギッといやな軋〔きし〕りをたてはじめる。……山河をつつむウラニウムの
粘つこい霧雨のなかで、かなしみたちこめるあかつきがた、

焼酎のコップを前にして、汚れた外套の女の学生が、一人坐つて、
小声でうたふ――『あなたの精液を口にふくんで、あてもなく

ゆけばさくらの花がちる』いたましいSensation〔サンサシオン〕だ。にこりともせず
かの女は、さつさと裸になる。匂やかに、朝ぞらに浮んだ高層建築〔ビルデイング〕のやうに、そのまま

立ちあがつてかの女があるきだすはうへ、僕もあとからついてあるいた。
日本の若さ、新しい愛と絶望のゆく先、先をつきとめて、(ことこまごまと記して送るために。)

 *金子光晴――と書いただけで、心騒ぐものを覚える。この、いまなお語り尽くすことのできない詩人が蔵している深さはなにに拠るものだろう。上記の詩 は、詩集『非情』(1955年)に収録されている。その序に「正直なところ、僕は迷つてゐるのだ。この詩集は、僕のみちくさ(4字傍点)のやうにみえるか もしれないが、よくよんでもらへば、人間とのかかりあひについて、どんな剣呑な状態に僕がさしかゝつてゐるかわかつてもらへるとおもふ。」とあるこの詩集 には、印象に残る詩が多く収められている。可能であるならば、三カ月ほど南の島で、金子光晴全集だけを読んでいたい。そして、その三カ月後を夢想する。 (文責・岡田)


韓国映画ドラマ 有害物だらけ人体実験国の食(学校給食とコンビ二が特に!) 食生活も昔に戻した方が良い!

2016年02月11日 | pikki蛙近況

◆欧米中韓発展途上国マスコミ同様に、韓国ドラマ映画も日本低国よりははるかにましと思う。いよいよ面白くなってきた『お金の化身 第11話』ーhttp://gyao.yahoo.co.jp/player/00486/v12354/v1000000000000007703/ →最初から観ないとよくわからんけど

 いよいよ佳境に入ってきたドラマ『お金の化身 第11話』を観てて、宮部みゆき『レベル7』『クロスファイアー』や『蒲生邸事件』を連想した。宮部みゆき作品もまた、ホラーの帝王キング作品の影響が濃厚だが・・キング作品には、ホラーというよりもSFやファンタジーに分類すべき作品が多いと思う。

 

ここ数日間、薬草茶(スギナ茶、 ヨモギ茶、熊笹茶、三年番茶)を飲むようになってから、頻尿と腰痛足痛がかなり改善された。どれがどのお茶のせいなのか・・それとも、昨年からほとんど毎日続けてきた散歩やラジオ体操のせいなのか・・

頻尿に関しては、筋肉量に反比例するので、散歩やラジオ体操の効果がやっとでてきたのかもしれない。

健康茶に関しては、どれがどれに効くのかがいま一歩わからないので(スギナはあらゆる痛みに効果があるが)・・飲む組み合わせを色々と変えてみたい。

それと食べ物のせいもあるのかもしれない。昨日は、油たっぷりのカップの狐ドン兵とマーガリン入りパンを食べて、気分が悪くなってしまったが・・こんごは一切、あれこれと変な物が入った物は食べないようにせんと・・昔のような、ご飯に味噌汁に漬物に煮物等の食事が無難のようだ。できるだけ、安全な北海道の食材に戻して(泊原発近くや太平洋岸のはできるだけ敬遠して)・・