今日も月忌参りの話題です。
前回は、1時間待っておいでになりました。
今日は油断したのか、陋屋に到着したら、すでにお寺さまのお車が門の前にあり、
運転席のお寺さまに、さんざん、恐縮の言葉や、お詫びの所作をして開錠しました。
お寺さまは、我が家のあとは何とか公民館へいらっしゃるそうで、そのために早めに出てこられたようです。公民館では、敬老の日のお祝いの席(コロナのための自粛はないのか?)で、まず、物故者のためのお経から始まるらしく、その任務をお願いされたとのこと。
すぐにお暇します、ということでしたが、一応お出ししたコーヒーを美味しい、一息つくことができました、と飲み干していただけました。そして、そう短くもない世間話も。
お寺さまにはお嬢さんがいらして、すでに嫁がれ、お子さまもいらっしゃいます。中学の国語の先生をなさっているそうですが、ほぼ土日休みなく、この4連休もやっと一日のお休み。残りは、部活動の指導とか、家庭訪問とか、試合とかで、その度に実家であるお寺にお子さまを預けにいらっしゃるそうです。
今日はやっと終日休みだから、家族三人で、どこかへ行くのかと思ったら、疲れがとれなくて、ゆっくり寝たい、と肝心のムスメが動かないがですちゃ・・・孫が可哀想で・・・
そしてお寺さまにな最近結婚された「若はん」と呼ばれるご子息がいらして、今はIT関連の会社員、お寺とは別のマンション住まいです。可愛い赤ちゃん連れて、琵琶湖の近くのホテルで一家三人3泊バケーション。N証券会社にお勤めのお嫁さんは、3年間育児休業中。休業が明けても時短で仕事ができるから、保育園に預けて仕事を続けます、とのことだそうです。
もし、お孫さんが具合が悪いときは、また預かるから、とお寺さまが言うと、「その時はお世話になります」とにっこり。
きっちり、週休2日だし、残業手当も出るお嫁ちゃんに比べて、娘の奉職先では朝の7時に学校へ出向き、夜は9時くらいまで仕事で帰れない(公務員の残業手当はない)、で、つくづく、ムスメが案じられる、というお話。中学の先生の大変なのは、あちこちから聞きます。
お寺さまも人の親。お嬢さんのことはこれまでも案じておられ、お孫さんに夕ご飯を食べさせ、お風呂にも入れて協力されていました。
民間企業にお勤めのお嫁さんの状況を知るにつけ、急に心配が増しているようです。
さて、今日は午後に、勤務先の3年の男子生徒が陋屋に訪問しにきました。
音大志願のために、進路は学校が関われない特殊な環境。東京の器楽の先生と声楽の先生についていて、月1,2回は上京、レッスンを受けていたのがこの半年、コロナ禍のためにここでも状況が思うに任せません。リモートレッスンも受けたものの、いまいち、、、などたまに校内で会うと顔を曇らせていました。
急転直下で、特別枠の指定校推薦で、私学の音大の出願が叶い、私も他事ながらほっとしていたところです。
今日は午前中、部活動(3年であっても音楽部の定演が年末にあるので)で、だれか午後も練習していくかと思っていたら自分一人になった、で、ぽこ先生のところへ行ってもいい?との連絡が入りました。
私のところへは楽器持参でしたので、生演奏をいくつか聞かせてくれました。受験の課題曲もとっても素敵に仕上がっていて、、、
私のバイオリンと合奏したり、お茶にしたり、で楽しい2時間を過ごしました。
陋屋のあとは、近くの市民ホールで、別のアンサンブルの練習だと、手をふって出ていきました。
彼の話の中で、一つ記憶に残ったのが、「今日は学校は本当に生徒は僕一人、先生は日直の人一人だった」です。
生徒数900名近く、職員数が100人近くの大規模校で、先生も生徒もきちんと祝日をとっているのです。部活動もだいぶ以前の様子に戻ったとはいえ、それでも休日は部活はなし、ふだんも6時までの限定付きです。
午前に聞いたお寺さまのお話の中身を思い出し、何とかならないのだろうか、よそのこども(中学生)の世話をしていてご自分のお子さまとの時間を食いつぶすなんて!と虚しくなりました。
お寺さまの力ない最後のセリフ、「なんたって、親さんがたいへんながですちゃ。モンスターペアレントは、すぐ委員会に電話して、まくしたてるし、SNSでもうるさいらしいとか」でした。
生徒さんも中学の方が高校より生きにくい、それは、思春期のるつぼの渦中にいるものの宿命ともいえますが、何か、忙殺される事情があるのでしょうか。。。
前回は、1時間待っておいでになりました。
今日は油断したのか、陋屋に到着したら、すでにお寺さまのお車が門の前にあり、
運転席のお寺さまに、さんざん、恐縮の言葉や、お詫びの所作をして開錠しました。
お寺さまは、我が家のあとは何とか公民館へいらっしゃるそうで、そのために早めに出てこられたようです。公民館では、敬老の日のお祝いの席(コロナのための自粛はないのか?)で、まず、物故者のためのお経から始まるらしく、その任務をお願いされたとのこと。
すぐにお暇します、ということでしたが、一応お出ししたコーヒーを美味しい、一息つくことができました、と飲み干していただけました。そして、そう短くもない世間話も。
お寺さまにはお嬢さんがいらして、すでに嫁がれ、お子さまもいらっしゃいます。中学の国語の先生をなさっているそうですが、ほぼ土日休みなく、この4連休もやっと一日のお休み。残りは、部活動の指導とか、家庭訪問とか、試合とかで、その度に実家であるお寺にお子さまを預けにいらっしゃるそうです。
今日はやっと終日休みだから、家族三人で、どこかへ行くのかと思ったら、疲れがとれなくて、ゆっくり寝たい、と肝心のムスメが動かないがですちゃ・・・孫が可哀想で・・・
そしてお寺さまにな最近結婚された「若はん」と呼ばれるご子息がいらして、今はIT関連の会社員、お寺とは別のマンション住まいです。可愛い赤ちゃん連れて、琵琶湖の近くのホテルで一家三人3泊バケーション。N証券会社にお勤めのお嫁さんは、3年間育児休業中。休業が明けても時短で仕事ができるから、保育園に預けて仕事を続けます、とのことだそうです。
もし、お孫さんが具合が悪いときは、また預かるから、とお寺さまが言うと、「その時はお世話になります」とにっこり。
きっちり、週休2日だし、残業手当も出るお嫁ちゃんに比べて、娘の奉職先では朝の7時に学校へ出向き、夜は9時くらいまで仕事で帰れない(公務員の残業手当はない)、で、つくづく、ムスメが案じられる、というお話。中学の先生の大変なのは、あちこちから聞きます。
お寺さまも人の親。お嬢さんのことはこれまでも案じておられ、お孫さんに夕ご飯を食べさせ、お風呂にも入れて協力されていました。
民間企業にお勤めのお嫁さんの状況を知るにつけ、急に心配が増しているようです。
さて、今日は午後に、勤務先の3年の男子生徒が陋屋に訪問しにきました。
音大志願のために、進路は学校が関われない特殊な環境。東京の器楽の先生と声楽の先生についていて、月1,2回は上京、レッスンを受けていたのがこの半年、コロナ禍のためにここでも状況が思うに任せません。リモートレッスンも受けたものの、いまいち、、、などたまに校内で会うと顔を曇らせていました。
急転直下で、特別枠の指定校推薦で、私学の音大の出願が叶い、私も他事ながらほっとしていたところです。
今日は午前中、部活動(3年であっても音楽部の定演が年末にあるので)で、だれか午後も練習していくかと思っていたら自分一人になった、で、ぽこ先生のところへ行ってもいい?との連絡が入りました。
私のところへは楽器持参でしたので、生演奏をいくつか聞かせてくれました。受験の課題曲もとっても素敵に仕上がっていて、、、
私のバイオリンと合奏したり、お茶にしたり、で楽しい2時間を過ごしました。
陋屋のあとは、近くの市民ホールで、別のアンサンブルの練習だと、手をふって出ていきました。
彼の話の中で、一つ記憶に残ったのが、「今日は学校は本当に生徒は僕一人、先生は日直の人一人だった」です。
生徒数900名近く、職員数が100人近くの大規模校で、先生も生徒もきちんと祝日をとっているのです。部活動もだいぶ以前の様子に戻ったとはいえ、それでも休日は部活はなし、ふだんも6時までの限定付きです。
午前に聞いたお寺さまのお話の中身を思い出し、何とかならないのだろうか、よそのこども(中学生)の世話をしていてご自分のお子さまとの時間を食いつぶすなんて!と虚しくなりました。
お寺さまの力ない最後のセリフ、「なんたって、親さんがたいへんながですちゃ。モンスターペアレントは、すぐ委員会に電話して、まくしたてるし、SNSでもうるさいらしいとか」でした。
生徒さんも中学の方が高校より生きにくい、それは、思春期のるつぼの渦中にいるものの宿命ともいえますが、何か、忙殺される事情があるのでしょうか。。。