ついこの間、ハムスターのここあもちが逝ったところなのに、
先日、豆大福が後を追うように旅立ちました。

ここが逝ってしまったあとから徐々に体調を崩し始めたのか、
食欲はあるものの、下痢が続くようになっておりました。
心配して獣医さんで診てもらいましたが、
エコーなどで体内をしらべても特に異常はなく、
恐らくは、加齢による体力の低下であろうとのことでした。
確かにこの子は11月生まれなので、もう2歳と4か月。
人間でいうと90歳以上の高齢ハムでありましたから。
とはいえ、一日でも長く元気で一緒にいてほしいと、
娘は毎日かいがいしく世話を焼いていたのです。
ですが、それにもやはり限界があり…
ある日の夕食時、元気が無くじっと横になる まめ大福に、
娘がそっと手を伸ばすと、珍しいことに顔を上げきょろきょろと見渡すそぶりを見せたそうです。
普段は臆病な子なので、そのようなことはあまりないのですよ。
ですので、そのままそっと触れ、しばらくいたら、
まめはとても穏やかにそのまま旅立っていきました。
あの子、まめにとって娘の手は魔法の手。
いつもいつも美味しいものを次々に出してくれる大好きな手。
困った時には助け出してくれる安心できる手。
そんな娘の手が伸びてきたので、
この時の体力の落ち切っていたまめにとっては、
心から安心でき、安らげる手であったはず。
だからその中で旅立てたのは、本当に安らかな逝き方であったと思っております。
命には必ず限りがあるし、
小さな生き物のそれは、私たちよりも短い期間で終わってしまう。
だから、そういう命とともに暮らす以上、
別れと、それに伴う悲しみは避けることはできない。
これは精神的、感情的にかなりこたえるので、
それが嫌で、「もう生き物は飼いたくない。」とそういう考えになる人もいます。
でも、それはすべて愛情の深さの裏返しによるものだから、
言い換えれば、それと同等か、より大きな愛情を、幸せを、その命とともに得ておるのです。
そしてそれらは決して色あせることもなければ、小さくなりもしない。
むしろ、別れた後年月を経るごとに輝きを増し大きく膨らみ続ける。
陳腐な言い方になるけれど、それは紛れもなく宝物で、誰も奪うことのできない財産。
だから、別れがどんなにつらくとも、
私は責任を持って世話のできるうちは、そういう小さな命とともに暮らしたいと思っております。
娘も多分同じような考え方ではないかな…
そういうわけで、ここ数日まめと共に過ごし、
昨晩後最後のお別れを済ませてきました。


髪飾りは、アジサイの花。

大好きだったクコの実を、先立った ここの分も合わせて二つ持たせました。
やってきたのは2年前の2月。

11月生まれなので、生後3か月のピチピチよ。
で、命名は…

豆大福ですって?!
ですが、その名の通り、福々しく順調に育ちました。

うん、今日のご飯もバランスよし!
クリスマスには娘手作りの小さなケーキも!

わ~い! いただきまぁ~す♪
とても大人しい性格で、
普段はこうして隠れてぬくぬく過ごすのが大好きでした。

ぬくぬく♪
しばらくの間お別れになるけど、
それまで、ここちゃんや、先代のハムちゃん。
そしてわんこ、ニャンコたちと仲良く待っていてちょうだいね。
先日、豆大福が後を追うように旅立ちました。

ここが逝ってしまったあとから徐々に体調を崩し始めたのか、
食欲はあるものの、下痢が続くようになっておりました。
心配して獣医さんで診てもらいましたが、
エコーなどで体内をしらべても特に異常はなく、
恐らくは、加齢による体力の低下であろうとのことでした。
確かにこの子は11月生まれなので、もう2歳と4か月。
人間でいうと90歳以上の高齢ハムでありましたから。
とはいえ、一日でも長く元気で一緒にいてほしいと、
娘は毎日かいがいしく世話を焼いていたのです。
ですが、それにもやはり限界があり…
ある日の夕食時、元気が無くじっと横になる まめ大福に、
娘がそっと手を伸ばすと、珍しいことに顔を上げきょろきょろと見渡すそぶりを見せたそうです。
普段は臆病な子なので、そのようなことはあまりないのですよ。
ですので、そのままそっと触れ、しばらくいたら、
まめはとても穏やかにそのまま旅立っていきました。
あの子、まめにとって娘の手は魔法の手。
いつもいつも美味しいものを次々に出してくれる大好きな手。
困った時には助け出してくれる安心できる手。
そんな娘の手が伸びてきたので、
この時の体力の落ち切っていたまめにとっては、
心から安心でき、安らげる手であったはず。
だからその中で旅立てたのは、本当に安らかな逝き方であったと思っております。
命には必ず限りがあるし、
小さな生き物のそれは、私たちよりも短い期間で終わってしまう。
だから、そういう命とともに暮らす以上、
別れと、それに伴う悲しみは避けることはできない。
これは精神的、感情的にかなりこたえるので、
それが嫌で、「もう生き物は飼いたくない。」とそういう考えになる人もいます。
でも、それはすべて愛情の深さの裏返しによるものだから、
言い換えれば、それと同等か、より大きな愛情を、幸せを、その命とともに得ておるのです。
そしてそれらは決して色あせることもなければ、小さくなりもしない。
むしろ、別れた後年月を経るごとに輝きを増し大きく膨らみ続ける。
陳腐な言い方になるけれど、それは紛れもなく宝物で、誰も奪うことのできない財産。
だから、別れがどんなにつらくとも、
私は責任を持って世話のできるうちは、そういう小さな命とともに暮らしたいと思っております。
娘も多分同じような考え方ではないかな…
そういうわけで、ここ数日まめと共に過ごし、
昨晩後最後のお別れを済ませてきました。


髪飾りは、アジサイの花。

大好きだったクコの実を、先立った ここの分も合わせて二つ持たせました。
やってきたのは2年前の2月。

11月生まれなので、生後3か月のピチピチよ。
で、命名は…

豆大福ですって?!
ですが、その名の通り、福々しく順調に育ちました。

うん、今日のご飯もバランスよし!
クリスマスには娘手作りの小さなケーキも!

わ~い! いただきまぁ~す♪
とても大人しい性格で、
普段はこうして隠れてぬくぬく過ごすのが大好きでした。

ぬくぬく♪
しばらくの間お別れになるけど、
それまで、ここちゃんや、先代のハムちゃん。
そしてわんこ、ニャンコたちと仲良く待っていてちょうだいね。