当たり前と思っている、そんな普通のこと。
それが実はどんなにありがたく幸せなことか…
これは、毎回毎回、事あるごとにそう痛感するのですが,今回もやはりそう。
かりんを無くして直後からのぽちの不調。
特に深夜に起きた生まれて初めての激しい発作。
それは数分間にわたり手足を激しくばたつかせ続けるもので、
見守っているこちらが、「ああもうこれはだめだ…」と半ば覚悟をしてしまうほど。
だからその後、いったん落ち着いたものの、すぐ徘徊し出した時も、
「取り合えず、今まだぽちはここにいてくれる。」
と、そう思え、心が幾分救われたもの。
そしてその後は幸い発作を起こすことはなく、また徘徊もなく、以前のポチのように。
そう、いわゆる普通のぽちに。
でも私たちにしてみたら、
そう、色々あった今にしてみればこの普通こそが特別。
もうね、本当にありがたくて、嬉しくて。
だから、その後久々に散歩に出れた時は、もうこれ以上ないご褒美のように思えて。

「今日はポカポカで暖かいね~♪」

「なんか、匂いもいっぱいするよ。」
思う存分ポチを歩かせ楽しませてあげたくなります。
だから時間の許す限り…

「あれ?今度はここの公園なん♪」
そう、公園のはしご、カートに乗って別のもう一つの公園へ!

「ここは草が多いから楽しくて好きやねん♪」
こうして存分に匂い嗅ぎを楽しみ、心行くまでてくてく歩いて。
その後帰宅したらば…

「わ~い!牛さんや~!これ好き~!」
ぽち専用のスペシャルおやつをふるまいます。
思えばここ数年、毎朝かりんと兄妹そろってこういう感じでお散歩に出てました。
あの頃は、それが普通で当たり前だと思っていました。
でも今となっては、夢のようにキラキラと輝いていた日々。
とはいえ、確かにその輝きの半分は失ったけれど、まだまだこうしてキラキラ輝くポチがいる。
だからもうしばらくは、この普通を思う存分楽しませていただきます。
キラキラキラ、最高に輝く普通の日々を。
**動画**
ぽち散歩 ~きらきら輝く普通~
それが実はどんなにありがたく幸せなことか…
これは、毎回毎回、事あるごとにそう痛感するのですが,今回もやはりそう。
かりんを無くして直後からのぽちの不調。
特に深夜に起きた生まれて初めての激しい発作。
それは数分間にわたり手足を激しくばたつかせ続けるもので、
見守っているこちらが、「ああもうこれはだめだ…」と半ば覚悟をしてしまうほど。
だからその後、いったん落ち着いたものの、すぐ徘徊し出した時も、
「取り合えず、今まだぽちはここにいてくれる。」
と、そう思え、心が幾分救われたもの。
そしてその後は幸い発作を起こすことはなく、また徘徊もなく、以前のポチのように。
そう、いわゆる普通のぽちに。
でも私たちにしてみたら、
そう、色々あった今にしてみればこの普通こそが特別。
もうね、本当にありがたくて、嬉しくて。
だから、その後久々に散歩に出れた時は、もうこれ以上ないご褒美のように思えて。

「今日はポカポカで暖かいね~♪」

「なんか、匂いもいっぱいするよ。」
思う存分ポチを歩かせ楽しませてあげたくなります。
だから時間の許す限り…

「あれ?今度はここの公園なん♪」
そう、公園のはしご、カートに乗って別のもう一つの公園へ!

「ここは草が多いから楽しくて好きやねん♪」
こうして存分に匂い嗅ぎを楽しみ、心行くまでてくてく歩いて。
その後帰宅したらば…

「わ~い!牛さんや~!これ好き~!」
ぽち専用のスペシャルおやつをふるまいます。
思えばここ数年、毎朝かりんと兄妹そろってこういう感じでお散歩に出てました。
あの頃は、それが普通で当たり前だと思っていました。
でも今となっては、夢のようにキラキラと輝いていた日々。
とはいえ、確かにその輝きの半分は失ったけれど、まだまだこうしてキラキラ輝くポチがいる。
だからもうしばらくは、この普通を思う存分楽しませていただきます。
キラキラキラ、最高に輝く普通の日々を。
**動画**
ぽち散歩 ~きらきら輝く普通~