しかしこの禁止も奇妙に見えるかもしれないと思ったので、門番に尋ねて来る人がいれば自分は郊外に出かけ、恒例の客を迎える明日まで戻らないと告げるよう言いつけた。これはつまり、マダム・ダルジュレはパーティの夜を延期することは出来ないということだった。長年毎月曜の夜に常連客が彼女の舘に通ってきていたというのに、門が閉まっていたら彼らは何と言うであろうか。彼女は女優ほどの自由も持っていなかった。泣いたり、一人で苦しむ自由さえなかったのだ。
というわけで月曜の夜七時頃、身も心もくたくたになっていたが彼女は起き出し、着替えや整髪、身嗜みを手伝わせた。彼女は手持ちのドレスの中から黒っぽい色のものを選んだ。パスカル・フェライユールが犠牲になったあの夜に着ていたのと同じドレスである。今夜の彼女はいつもより青白かったので、ルージュを濃く塗り、目鼻立ちを派手にするようシャドーを強くして目の下の隈が目立たないようにした。
十時になると一番乗りの客たちが煌々と照らされたサロンに入ってきたが、そこで目にしたのはいつものように暖炉の前の長椅子に身を丸くし、常に消えることのない微笑を唇の上に貼り付けた彼女の姿であった。客たちが四十人ほども集まり、ゲームが活況を帯びてきた頃、マダム・ダルジュレは男爵が入ってくるのを見た。彼の目を見ただけで、何か喜ばしい知らせを持ってきたのだと彼女は思った。
事実、挨拶の握手を交わしたとき彼は囁いた。
「すべて順調です……フェライユール氏に会いましたよ。なかなかの切れ者です。ヴァロルセイ・コラルト組には十スーたりとも賭けませんよ」
どんな薬よりもこの言葉はマダム・ダルジュレに力を与えた。そのことはド・コラルト氏が『表敬のため』訪問したとき彼女の見せた自由闊達さが証明した。彼は厚かましくもやって来たのであった。疑念を晴らすためか、それとも彼の言葉を借りれば自分が火付け人となった騒動の効果を見極めるためか、のいずれにせよ。
マダム・ダルジュレの平静さは彼をまごつかせたに違いない。彼女は何も知らないのか? それともそういうふりをしているだけなのか? どちらとも決め兼ね、不安にもなった彼はゲーム参加者の真ん中に入って行き、席に座った。そこからマダム・ダルジュレの様子が逐一観察できる位置であった。
二つのサロンは人で一杯であった。バカラは熱を帯び、皆が楽しんでいるように見えた。真夜中を半時間ほど過ぎた頃、一人の召使いが足早にサロンを横切り、マダムの耳元で何か囁きながら一枚の名刺を渡した。彼女はそれに目を走らせると掠れた悲痛な叫び声を洩らした。その声があまりにも恐怖に満ちたものだったので、五、六人がゲームの手を止めたほどであった。
「どうかしましたか?」
彼女は答えようとして声が出せない様子であった。顎が震え、口を開いて何か言おうとするのだが言葉にならなかった。ルージュの下の顔は真っ蒼で、かっと見据えられた目は異様に光を帯び、頭の中で狂気が躍っているのを思わせた。不審に思った者が近づき、何気なく彼女の手に握り締められた名刺を取り上げようとした。と、彼女は物凄い力でその男を押し戻したので、彼はあやうく倒れそうになった。
「どうしたんだ、彼女?」あちこちから声が聞こえた。
力を振り絞りようやく彼女は答えた。「何でもありません!」
それからマントルピースにぶら下がるようにして、なんとか体勢をまっすぐに立て直した。それからぎこちない足取りで壁を伝いながら彼女は出て行った!1.27