エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-X-11

2024-01-16 13:30:20 | 地獄の生活
このような考えで頭が一杯だったので、帰り道は行きよりずっと短く感じ、ダンジュー・サントノレ通りのド・コラルト邸まで来たときも危うく通り過ぎるところだった。門番のムリネ氏のもとに出頭せねばならなかったわけだが、彼は出来る限り興奮が目に顕れないようにし、役者が隈取りをするようにこの上なく無邪気な表情を作って入っていった。ところが、驚いたことに門番小屋にいたのはムリネ氏とその妻だけではなかった。フロランもそこに居て、彼らとともにコーヒーを飲んでいたのだ。それだけではない、下男のフロランは主人から拝借したエレガントな装いを脱ぎ、赤いチョッキ姿に戻っていた。彼はひどく不機嫌そうであったが、それも至極尤もなことであった。
ド・コラルト邸から男爵邸はほんの目と鼻の先であったが、不運が見舞ったのである。男爵夫人は小間使いの女中の手から手紙を受け取ると、話したいことがあるからすぐにフロランの後を追いかけるよう女中に命じたというのだ。そして、あろうことか一時間以上も待たされたので、奇麗どころとの食事の約束を果たせず終わってしまい、その憤懣を仲の良い門番夫妻のところで夕食を共にしながらぶちまけていたというわけだ。
「返事は貰ってきたかい?」と彼はシュパンに尋ねた。
「はい、ここに」
マダム・ポールからの手紙をエプロンの胸ポケットに滑り込ませると、フロランは取り決めどおり手数料の三十スーを数えた。そこへ聞き慣れた叫び声から外から聞こえて来た。
「門を、開けてくれ!」
ド・コラルト氏の青い箱型馬車であった。子爵は馬車が車寄せの下に着くと身軽に飛び降り、召使いの姿を認めると、待ちきれないという様子で近づき、尋ねた。
「使いは済ませたか?」
「はい、仰せどおりに」
「男爵夫人には会えたか?」
「はい、私を二時間もお待たせになり、子爵様にはご心配に及びませぬとお伝えするよう言いつかりました。明日には確かにご要望にお応えできるからと……」
ド・コラルト氏はほっと安堵した様子だった。
「それから……タバコ屋の方は?」と彼は続けて尋ねた。
「お返事を頂いて参りました。これです……」
熱に浮かされたような手つきで、子爵は手紙を受けとり、開封し、ざっと目を走らせた。が、すぐに狂ったように、衆人の目が自分に注がれていることも忘れ、怒りを爆発させた。その手紙をくしゃくしゃと握り潰し、更にびりびりと引き裂き、車夫も顔負けの罵り言葉を吐いた。それから突然、自分が軽はずみな行動を取ってしまったことに気づくと自制心を取り戻し、無理やり笑い声を上げた。取り繕った不自然な笑いだったが、こう言い添えた。
「ああ、全く、女ってやつは、どうしようもないな。女の気まぐれに振り回されるのは堪ったもんじゃない!」1.16

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