XIII
ウィルキー氏がマダム・ダルジュレ邸を出たのは、真夜中を過ぎるか過ぎないか、という頃であった。彼がすべてを暴露した後、痛ましくも悲惨な諍いが繰り広げられたのだった。玄関のところに固まっていた使用人たちは最初、彼が乱れた服装のまま、血走った眼で唇まで蒼白になって出て行くのを見て、賭けに負けて一文無しとなりやけくそになった客の一人だと思った。彼は過去に何度かそういうことがあったので。
「またツキに見放された一人だな!」と彼らはお互いに言い合って笑っていた。
「ああ、いいざまだ……こんなとこに来るからそうなるんだ!」
しかし数分後、上のサロンで働いていた召使たちから、彼らは事の一部を知ることになった。召使たちは階段を駆け下りながら叫んでいた。マダム・ダルジュレが死にそうになっているから、すぐに医者を呼びに行かねばならない、と。
しかしこのとき既にウィルキー氏はもう遠くに行っていた。彼は速足で大通りまで出ていた。他の人間ならば、自分の為した恥ずべき所業に恐しくなり、どこでどうやれば自分の卑劣さを隠せるか、考えもまとめられない状態であったろう……が、彼はそうではなかった。
たった今起きた驚愕すべき事件の中で彼の頭から去らないのはただ一つのことであった。彼が腕を振り上げ、母親であるマダム・ダルジュレを殴ろうとしたそのとき、一人の太った男がまるで警笛のように飛び込んできて、彼の喉を締め上げ、力づくで膝まづかせ、無理やり謝罪をさせたことである……。
この自分、ウィルキーが辱めを受けるとは! これはどうにも我慢のならないことだった。自分が子供扱いされたように思った。彼の考えでは、これは許されざる侮辱であり、必ず報復せねばならず、しかも相手の血を見る決闘(相手に出血をさせた瞬間報復が果たされたとする決闘=『最初の出血』ルールもあった)が必要だ!
「必ず思い知らせてやる、あの無礼な田舎者に」と彼は歯ぎしりしながら繰り返した。「この俺様にあんなことをして、只で済むと思うなよ!」
彼がそんなにも急いで大通りまで出たのは、彼の二人の仲間、あの『ナントの火消し号』を共同所有しているコスタール氏とド・セルピオン子爵に出会えないかと期待していたからだった。酷く傷つけられた彼の名誉回復のため、彼の『親友たち』に一仕事して貰いたいと思っていたのだ。つまり二人には介添え人になって貰い、彼を侮辱したあの田吾作に力づくで謝罪を要求して貰おうという腹なのだ。尤も相手の住所を手に入れてから、ではあるが。
居ても立ってもいられないほどのこの怒りを多少とも鎮め、傷つけられた彼の高貴な自尊心を癒すためには、きちんとした決闘以外には考えられない。
それだけではない。下品なスキャンダルの種もそこに潜んでいるではないか。その主人公は彼だ。新聞は二日間はそのことを書きたてるだろう……。11.13
ウィルキー氏がマダム・ダルジュレ邸を出たのは、真夜中を過ぎるか過ぎないか、という頃であった。彼がすべてを暴露した後、痛ましくも悲惨な諍いが繰り広げられたのだった。玄関のところに固まっていた使用人たちは最初、彼が乱れた服装のまま、血走った眼で唇まで蒼白になって出て行くのを見て、賭けに負けて一文無しとなりやけくそになった客の一人だと思った。彼は過去に何度かそういうことがあったので。
「またツキに見放された一人だな!」と彼らはお互いに言い合って笑っていた。
「ああ、いいざまだ……こんなとこに来るからそうなるんだ!」
しかし数分後、上のサロンで働いていた召使たちから、彼らは事の一部を知ることになった。召使たちは階段を駆け下りながら叫んでいた。マダム・ダルジュレが死にそうになっているから、すぐに医者を呼びに行かねばならない、と。
しかしこのとき既にウィルキー氏はもう遠くに行っていた。彼は速足で大通りまで出ていた。他の人間ならば、自分の為した恥ずべき所業に恐しくなり、どこでどうやれば自分の卑劣さを隠せるか、考えもまとめられない状態であったろう……が、彼はそうではなかった。
たった今起きた驚愕すべき事件の中で彼の頭から去らないのはただ一つのことであった。彼が腕を振り上げ、母親であるマダム・ダルジュレを殴ろうとしたそのとき、一人の太った男がまるで警笛のように飛び込んできて、彼の喉を締め上げ、力づくで膝まづかせ、無理やり謝罪をさせたことである……。
この自分、ウィルキーが辱めを受けるとは! これはどうにも我慢のならないことだった。自分が子供扱いされたように思った。彼の考えでは、これは許されざる侮辱であり、必ず報復せねばならず、しかも相手の血を見る決闘(相手に出血をさせた瞬間報復が果たされたとする決闘=『最初の出血』ルールもあった)が必要だ!
「必ず思い知らせてやる、あの無礼な田舎者に」と彼は歯ぎしりしながら繰り返した。「この俺様にあんなことをして、只で済むと思うなよ!」
彼がそんなにも急いで大通りまで出たのは、彼の二人の仲間、あの『ナントの火消し号』を共同所有しているコスタール氏とド・セルピオン子爵に出会えないかと期待していたからだった。酷く傷つけられた彼の名誉回復のため、彼の『親友たち』に一仕事して貰いたいと思っていたのだ。つまり二人には介添え人になって貰い、彼を侮辱したあの田吾作に力づくで謝罪を要求して貰おうという腹なのだ。尤も相手の住所を手に入れてから、ではあるが。
居ても立ってもいられないほどのこの怒りを多少とも鎮め、傷つけられた彼の高貴な自尊心を癒すためには、きちんとした決闘以外には考えられない。
それだけではない。下品なスキャンダルの種もそこに潜んでいるではないか。その主人公は彼だ。新聞は二日間はそのことを書きたてるだろう……。11.13