エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-IX-4

2023-09-06 09:50:27 | 地獄の生活
シュパンは心の動きがすぐ顔に出るタイプだったが、今はそれを押し隠していた。まず第一に、フォルチュナ氏にいちいち自分の行動を報告する義務はなかったし、第二に、今は自分の主義を宣言するのに適当なときではないと判断したからだ。
それでフォルチュナ氏が言い終わった途端、彼はすばやく答えた。
「つまりそれって、悪党どもをやっつけるってことっすね……ああ、分かってますって! そういうことなら、俺自慢するわけじゃないすけど、大いにボスのお役に立てますよ。あのド・コラルト子爵の過去についての具体的な事実なんかどうです? 実はですね、俺知ってるんすよ、あの悪党野郎のことは、何から何まで! 言ったように奴は結婚していて、あいつのカミさんを一週間以内に連れて来ることも出来ますよ。どこに住んでいるかは知らないんすけど、タバコ屋をやっていることは分かってるんで、それだけ分かりゃ十分すよ。どうやって子爵になったかの経緯を話してくれるでしょうよ。ふん、あいつが、子爵だなんて! もったいぶった態度を取るのも、もうおしまいだぜ、残念だったな! 俺とおんなじような身分のくせに子爵などと抜かすか! あいつの仲間のごろつき達のこともお話しますぜ、必ず。約束しますよ……」
「うん、うん、それもよかろう。だが今一番重要なのは、彼が現在どんな暮らしをしていて、金はどうやって得ているかを知ることなんだ」
「確かなことは、やつの働きで得てるんじゃないってことっすね。ですが、ちょっと待ってくだされば調べます。うちに帰って着替えをして「仕事用の顔」を作る時間を下されば、すぐに取り掛かります。火曜までに奴に関する完全な報告を持って戻って来なかったら、首を掛けたっていい」
フォルチュナ氏の口元にうっすらと満足の微笑が浮かんだ。
「よし、いいぞ、ヴィクトール」と彼は承認を与えた。「その調子だ! その熱意とお前のいつもの冴えた腕前でやってくれたらこっちは大助かりだ。今までなかったほどの報酬を当てにしていいぞ。お前がこの仕事に掛かってくれる間は一日につき十フラン出そう。食費と馬車代、その他の費用は別にして、だ……」
この提案は驚くべきものだったが、シュパンは有頂天になった様子はなく、重々しく首を振りながら言った。
「俺がどれほど金に執着しているか、ボスはよくご存じですよね……」と彼は言い始めた。
「ああ、よく分かっているとも、分かりすぎるぐらいにな……」
「ボス、お言葉ですが、俺には面倒見なけりゃいけない者がおりますんで……」9.6
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2-IX-3

2023-09-01 12:15:34 | 地獄の生活
なんと!十五フラン六十五サンチームも! 他の場合であればこのような予想外の大盤振る舞いにシュパンの顔には大満足の皺が寄せられる筈であった。ところが今日の彼はにこりともしなかった。彼は放心したようにポケットに金を滑り込ませると、酷く気乗りのしない口調で「どうも」と言った。
フォルチュナ氏の方は自分の考えに耽っていて、この些細な出来事には気がつかなかった。
「あいつらをやっつけるぞ、ヴィクトール」と彼は再び口を開いた。「コラルトとヴァロルセイには裏切りの代償を支払って貰う、とお前にも言ってたろう。その日も近いんだ。ほら、この手紙を読んでみてくれ……」
シュパンは有能そうな様子でその手紙を注意深く読んだ。読み終えるとフォルチュナ氏が言った。
「さぁ、どう思う?」
しかしシュパンは軽々しく自分の意見を述べるような青年ではなかった。
「ちょっとすいません、旦那。事情が分からないと答えようがありませんや。何せ俺は旦那から聞いたことっきゃ知らなくて、それはほんのちょびっとだ。俺が自分でこうじゃないか、と当て推量もできなくはないけど、大したことは分からない。つまり、俺には事の次第がまるっきり分かってないんで……」
フォルチュナ氏はしばらく考え込んだ。
「お前の言うことは尤もだ、ヴィクトール」と彼はやがてはっきりした口調で言った。「これまでのところは、お前には必要なことしか話してこなかった。が、これからはお前にもっと重要な仕事をして貰おうと思っている。だから、お前にすべてを説明しなくちゃならないな、少なくともこの件に関する限り私の知り得るすべてを……。これで私がお前のことをどれくらい信頼しているか、分かってくれると思う……」
実際、すぐに彼はシュパンに語り始めた。ド・シャルース伯爵のこと、ド・ヴァロルセイ侯爵とマルグリット嬢について……それは概ね真実であった。しかし、このように打ち明け話をすることで部下のシュパンは自分を大いに評価するだろうと彼が期待していたとしたら、それは大いなる思い違いであった。
シュパンは豊かな経験と、物事を公正に判断する力を持ち合わせていた。フォルチュナ氏の立派そうな動機に基づいた行動は何よりも失望、そして傷ついたプライドから来ているものだということを見抜いた。それに、もし彼が自尊心を傷つけられていなかったら、ド・ヴァロルセイ侯爵がその邪な企みを易々と達成するのを何の良心の痛みも感じることなく傍観していたであろう、ということも。9.1
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