「好きな映画を3つ挙げよ」と言われたら、迷いなく最初に挙げるのがこの
「炎のランナー」です。
あと二つは、「ショーシャンクの空に」と、最後の一つはその時によって変わりますが、
「リトル・ダンサー」
「メンフィス・ベル」
「アポロ13」
「K-19 ウィンドメーカー」
「シネマ・パラダイス」
のどれかですね。
どうも私は、名画と言うより「男(たち)が何かを成し遂げる」系の映画に弱いようです。
女性が出てくる映画は最後だけですね。
この映画は原題をChariots of fireといいます。
チャリオッツオブファイアとは、聖書に出てくる天駆ける高速の火の車のことで、以前「スピットファイア」の稿でお話に出た、バリー作曲「イエルサレム」の歌詞に出てきます。
主人公、ユダヤ人のハロルド・エイブラハム(ベン・クロス)がパリ・オリンピックでメダリストになるというストーリーに、オックスフォード大学やスコットランドにおける当時の若者たちの姿をからませた、美しい音楽(ヴァンゲリス・パパナサシュー)とともに永遠の名作だと思います。
この映画で私が愛してやまないシーンが二つあります。
一つは友人の青年貴族リンジー卿が広大な屋敷の庭でハードルの練習をするシーン。
執事がハードルのバーの端に一つずつ置かれたグラスにシャンペンをなみなみと注ぎます。
「こぼれたら教えてくれ」
といって純白のガウンをはらりと落とし、金髪をなびかせて駆けるリンジー卿(ナイジェル・ヘイバース)。
実在のリンジー卿も、銀メダルに輝いています。
もうひとつは、今日画像のシーン。
ハロルドがユダヤ人ゆえ、表向きはともかく、何かにつけ陰でしんねりと批判をする学長はじめ大学関係者ですが、ハロルドが個人で雇ったコーチ、ムサビーニ(イアン・ホルムス)がアラブ系イタリア人であると聞き、眉をしかめます。
(余談ですが、この批判的な描き方のため、オックスフォード大学からは、学内でロケーションをする許可を得られなかったそうです)
ハロルドにスプリンターとしてのノウハウを教え込んだコーチ、ムサビーニは、競技場に入ることすら許されず、近くの安ホテルで競技のスタート時間を迎えます。
息をつめてスタジアムを凝視するムサビーニ。
スタートの砲声のあと、湧きおこる歓声ののち目に入ったのは「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」とともに翩翻と揚がるユニオンジャックでした。
「我が息子よ」
そう言ってムサビーニは持っていた帽子を拳ででぶち破ります。
実在のハロルドは、その後、弁護士として成功し、長寿を得て亡くなりますが、その葬儀のシーン(冒頭とラストシーン)で「イエルサレム」が歌われます。
ところで、この映画は、美しい映像とサクセスストーリーの中に、イギリス上流社会の、上流ならばこそ厳に存在する階級意識と差別を、さりげなく訴えています。
ハロルドのライバル、スコットランド人のエリック・リデル(イアン・チャールスン)の宗教問題や、主催国フランスに対する意地などにもそれはわずかに現れます。
この映画のプロデューサーはその名を「ドディ・アルファイド」と言います。
この名前にお聞き覚えは無いでしょうか。
そう、1997年、イギリス皇太子妃ダイアナとともに事故死した男性です。
彼はムサビーニと同じく「アラブ系」イギリス人でした。
イギリスの権威の象徴である王室の女性に近づいたアルファイド氏も、はたしてこのような上流階級の中の疎外感の中で生きて来ざるを得なかったのでしょうか。