映画「激闘の地平線」後半です。
父親の自殺によって天涯孤独になった土岐徹男は、
陸自朝霞駐屯地のトラックの車列に遭遇し、その瞬間
自衛官になることを決意しました。
そして次のシーンではすでに彼は自衛官となっており、
施設科でクレーンの運転をしているのでした。
いつの間に曹候補生試験に受かったのか?
というかこの頃は採用基準が今と違ったのかな。
提供:KOMATSU(嘘)
あまりの早展開にわたしはここで爆笑してしまったのですが、
そこには目を瞑るとしても、どうにも変なことがあります。
こういう男が自衛隊に入るきっかけになったのが、
「隊員を輸送している自衛隊トラックの列を見て・・・」
というのが、まずあまり納得できるものではありません。
もちろんあの美人自衛官の桂木二曹がいるから、という
本来の理由はあっても、少し動機としては弱い。
ビート族といってバイクのスピードに酔っていた若い者が
自衛隊入隊を決心するからには、たとえばM24軽戦車とか、
F86戦闘機とかくらいのインパクトがないと無理じゃないかな。
そんな彼が施設隊で文句も言わず、嬉々として重機を操る様子は、
それまでの彼の描写からはどうもリアリティに欠けます。
実はこの脚本には、前回にもお話しした、
「防衛庁の広報活動に関する訓令」
が影を落として?いるのです。
自衛隊に協力させて、その素材を自衛隊否定の意図に使い、
防衛庁を激怒させた松竹の「予科練物語 雲流るる果てに」。
これをきっかけに法整備がなされ、その後初めて自衛隊協力の元に
制作されたのが本作品であったことは前回述べました。
このとき防衛庁としては、映画が自衛隊を批判的に扱ったことよりも、
防衛庁が映画会社に自衛隊シーンををカットさせたことを
野党が国会で糾弾した、ということの方がトラウマとなったようなのです。
それもあって自衛隊の協力は消極的なものにならざるを得ませんでした。
この映画に武器装備が全く出てこないのもそのためです。
というわけで主人公は地味に施設隊に入隊するという設定となりました。
施設隊なら戦車も飛行機も出さずに済むからです。
というわけで、ここでは幾つもの重機が紹介されます。
これ操縦するの大型特殊免許いるはずですよね?
ところがこいつ、昔の仲間と手を切っておらん。
朝霞駐屯地の門の前で待ち構える仲間に車を止めて挨拶。
車列が渋滞してしまい、怒って旗を振り口々に怒鳴る自衛官の皆さん。
(多分本物の自衛官)
入隊した徹男には士長の戸塚が接近してきます。
彼はこっそり自分の情婦に飲み屋を経営させている怪しい人物。
「がめつく稼ぐんだよ。自衛隊なんて適当にやればいい」
さて、念願叶って土岐はついに基地内で桂木二曹と再会しました。
早速しつこく迫って頬をひっぱたかれますが、全く凝りません。
そんなおり、医薬品の輸送の運転手として
医務官の桂木二曹の横に座るチャンスを得た土岐、
「だけどおれ、あんたが、あんたが好きなんだよ〜ぅ!」
「危ない!前を見て運転なさい!」(激怒)
目的地は富士学校。
朝霞から富士市までこんな調子で運転して来たのか(笑)
そこでは徹男たちが青木ヶ原樹海で会った部隊が訓練中でした。
ちなみに「レンジャー部隊」とこの映画では言っていますが、
実際にそういう名前の部隊は存在せず、「レンジャー課程」です。
正式な名称は
「陸上自衛隊富士学校共通教育部レンジャー課程」
となります。
米軍のレンジャー訓練を参考にして誕生したレンジャー課程は、昭和33年に
正式課程になったばかりで、この頃(35年)はまだ創世期というべき時期でした。
土岐と桂木二曹が見ている前で、教官の清原三尉は
お手本に水平渡りを披露します。
その気迫にビビる土岐にむかって、ロープから降りてきた清原がいきなり
「悠子はおれと婚約してるんだ」
と言い放ちます。
「えッ!嘘だ!」
実際これ嘘だったんですけどね。(爆)
しつこい土岐を追っ払うため、桂木二曹、義理の兄である清原に
婚約者の振りをするように頼んだってことなのですが・・。
普通に婚約者がいる、って最初に断ればいいと思うがどうか。
またしてもやけになって自衛隊をやめると公言する徹男に、
戸塚士長が犯罪の片棒を担がせようと近づいてきます。
「医務室の麻薬を盗んで売りさばくんだ」
徹男の不良仲間が売り捌くルートを知っているといいだし、
皆で徹男を口々にけしかけ、これですっかり全員が共犯です。
ちなみに徹男が服を着ていないのは、皆が自衛隊なんかやめちまえ、
と寄って集って制服を剥ぎ取ったからです。
医務室から麻薬をが盗まれたら桂木はクビになるだろう、
と聞いた途端、ギラギラ目を血走らせる土岐。
ただ、彼は最後まで「やる」とは言いません。
そしてさっそくナイフで一人医務室にいた桂木二曹を脅す戸塚士長。
薬品室で麻薬の金庫を開けさせ、麻薬を手に入れたまではいいのですが、
案の定、変な気を起こしているうちに、
彼女を救うために乱入してきた土岐にやられてしまいます。
「土岐は共犯だ!」
と捕獲されながら叫ぶ戸塚。
しかし桂木二曹は、
「土岐三曹はわたしを助けてくれたのです」
と彼を庇います。(実際見た目はそうですから)
今度こそ自衛隊をやめる決心をした土岐の前に
またもや現れるマリ子(徹男がフった女)とその男。
土岐は男と殴り合いをして気を失います。
目を覚ましたらあら不思議、そこは自衛隊の医務室。
大きな花束を持ってにこやかに微笑む桂木二曹と清原三尉。
施設隊の上官がなぜこないかはナゾです。
「戸塚士長は懲戒免職となりました」
いやそこは逮捕案件だろう。
次のシーンでは土岐は全快し、あたかも辞める辞める詐欺の宮崎駿のように(笑)
自衛隊を辞めるのをまたしてもやめ、いつの間にか試験にも通って、
8週間のレンジャー課程を志願するために清原の部屋にいるのでした。
「なぜレンジャーを志願した」
「あんたにできることなら俺にもできる!
あんたには負けない!」
ってそれが志願理由かい。
そこでこれでもかと行われるレンジャー訓練。
ビルの間にロープを渡して水平渡り。
ビルの屋上から壁面を垂直降下。
もちろん本職の方々のエキストラ出演です。
近接戦闘訓練も。
ところで私事ですが、わたくし、最近息子の付き合いで
クラヴマガというイスラエル軍採用の護身術を始めました。
とりあえずクビを絞められたときのかわし方とか、
ナイフを首に当てられたら、といった想定に対し、防御から
反撃に転じ相手の急所を蹴ったりする方法を習っています。
これでいつ暴漢に襲われても大丈夫です。
それはともかく、ここで持っている銃も自衛隊から借りられなかったので、
小道具を使っているため大変軽そうです(笑)
ロープ上で手を離させてみたり。
また、難癖をつけては土岐に厳しい言葉を浴びせます。
「君にその資格はない!やめ給え」
キレた土岐、殴りかかってケンカを売るもあえなく敗退。
っていうか普通はこれ上官反逆で免職事案ですから。
そんなこんなで恨みをこじらせていく土岐。
野外訓練中、清原を殺すことすら考えるようになります。
「清原の奴殺してやる。そして俺も死ねばいいんだ」
お次は谷渡りで滑車から水に飛び込む訓練。
滑走前と手を離すとき「レンジャー!」と叫ぶのがお約束。
そんな中、隊員の皆さんは蛇を捕まえてきてニコニコと
「おお、美味しそうだなあ!」「うん、うまいぞお!」
と皮を裂いて和気あいあい。
この映画でレンジャー訓練中蛇を食べる習慣は有名になりました。(嘘)
清原に復讐するだけがいまや生存目的となった土岐三曹、
想定の行程に背いて、単独行動を起こします。
仮想敵部隊隊長となっている清原三尉を
この際こっそりナイフで刺してしまおうという計画。
おいおいおいおいおい(笑)
しかし基礎体力ができていないので立ちくらみを起こす土岐。
実はこのあとの展開として、
「ヤギを追いかけていた子供が吊橋で引っかかって落ちそうになる、
という事件が発生し、清原を押しのけて土岐が救出」
「山火事が起きてヘリコプターから勝手に降下した土岐が、
熱のためにヘリが離脱してしまったので、子供とヤギをどちらも背負い
断崖をロープで降りて救出するというランボーのような展開」
の2案も企画されたそうですが、どちらもご予算の関係でボツになりました。
なぜどちらもヤギにこだわっているのかはわかりませんが。
ちなみにこの撮影は富士学校から20キロ北にある三つ峠で行われ、
富士学校からも応援が出されましたが、気流が悪く、
迫力を出すためにヘリを使おうとしていた監督の希望は却下されました。
タダだと思って何でもかんでもやらせようとするなよな(怒)
ガケ下に清原部隊を発見し、単独でハーケンを打ち込みザイルを使い
降りようとするも、あまりの高さに目のくらむ土岐。
実際、三つ峠での撮影は過酷を極めました。
重い機材を山頂まで運び上げたのもさることながら、
霧と雨が続き、山小屋は9月というのに大変な寒さに。
2日で終わる撮影予定が1週間に延び、その間スタッフは
着の身着のままで顔も洗えず歯磨きもできなかったそうです。
絶壁では監督もキャメラマンもザイルをつけて、見張りが
落石に警戒をしながら撮影が行われ、土岐徹男役の松原緑郎は、
「その高さに足がすくんで動けなくなった、こんなことは初めてだった」
と語ったとか。
つまりこの表情は演技なし。迫真ですね!
しかも土岐、途中で足場が崩れ宙づりになってしまいます。
馬鹿者が崖にぶら下っている、と報告を受ける清原三尉。
朦朧とロープにしがみつく土岐の脳裏に繰り返し鳴り響く幻覚と幻聴。
清原の顔「俺は命が惜しい。お前のようなくだらん男じゃないからだ」
悠子の顔「立派な隊員になるのです!」
清原、素手で崖を登って土岐に近づいていき、
「土岐、手を顔の前に持っていけ!」
え、両手でロープにしがみついているんですが、それは・・
土岐は理解したらしく、懸垂の要領で体を持ち上げます。
よく意味わかったな。
それをいうなら「顔を手の高さに持ち上げろ」ではないのか、
と細かいところにこだわってみる。
というか、この状況(ロープ一本にずっとぶら下がっている状態)で
よくそれだけの筋力と体力が残されているものです。
「右足を蹴れ!左を蹴れ!岩を蹴れ!」
なぜか目を閉じながらも素直にいうことを聞く土岐。
「手を離せー!」
えええええ?
手を離したら落ちますが。
教官の言う通り、素直に手を離して崖を転がり落ちた土岐、
なぜ助かったかわかりませんがとにかく死にませんでした。
清原の腕の中で目を覚ました土岐、
「わたしをお許しください。教官、わたしは・・」
清原を殺そうとしたことを告白しようとしますが、
「いうな。何も言わんでいい」
えー、何を言おうとしていたか本当に分かってるの?
というわけで、崖の途中でがっしりと抱き合う男二人。
めでたしめでたし、のついでに、本作ではラストシーンとして
実は桂木悠子は清原の妻の妹で、清原が悠子の婚約者というのは
嘘だったことをネタばらししてハッピーエンドとなります。
普通そんな嘘つかれてたと分かった時点でアウトだけどな。
「悠子さ〜ん!」
本人はいきなり爽やか青年風に振舞っておりますが、このとき
偶然にも湖のほとりをかつての仲間(窃盗と強姦教唆の犯罪準備集団)
が通りかかり、二人を冷やかしていきます。
いい加減にこいつらと手を切らないと、君今後自衛官として信用されないよ?
ちなみにこの制服は自衛隊からの貸与を受けたものですが、
まだ迷彩服は正式採用されていなかったため(導入は昭和48年)
レンジャー訓練の隊員たちが着用していたのは
新東宝衣装部が製作した不思議な迷彩服です。
冒頭画像でネタとして扱いましたが、このラストシーン、
土岐が悠子と見つめ合い、その後抱き合ったりキスしたり、
といった普通の映画的展開にならなかった理由は?
彼らが自衛官の正式な制服を着ていたため、そのようなことはまずい、
と判断(というより防衛庁に配慮)した結果だとわたしは思いますが、
皆様はどう思われますか。
・・え?どうでもいい?
終わり。