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幻の駆逐艦「岩波」と「41フォーフリーダム」〜サブマリンミュージアム グロトン

2017-06-16 | アメリカ

コネチカット州はグロトンにあるサブマリンミュージアム、
前庭にある残りの展示品を全て紹介していくことにしましょう。 

サブマリンミュージアムの正確な名称は、

The United States Navy Submarine Force Library and Museum
(アメリカ合衆国海軍潜水艦隊図書館・博物館)

と言います。
実は展示もさることながら、潜水艦に関する蔵書や資料が閲覧できる
図書館となっており、その隣の潜水艦隊の軍人がしょっちゅうここに
出入りしている様子なのも、このためなのではないかと思われました。

テムズ河畔はご覧のように崖の山が迫っていて、
それゆえ水深が深く、潜水艦母港に選ばれた地形なのだと思いますが、
ミュージアムの敷地に迫った小高い崖の上にはマストが立てられ、
国旗の両側に、潜水艦隊旗と博物館の旗が掲げられています。 

創設は1955年。
元々は、ゼネラル・ダイナミクス社エレクトリックボート部門が、
当社で手がけた潜水艦などの資料を展示しているだけの博物館でした。

このゼネラルダイナミクス社の創業者はジョン・フィリップ・ホランド


この名前、聞いたことあるでしょう?
そう、SS−1となった米海軍最初の潜水艦「ホランド」にその名前を残す人物で、
GD社の最初の社名は

「ホランド魚雷艇会社」(Holland Torpedo Boat Company)

といいました。
1964年に博物館と図書館が海軍の潜水艦隊に寄付され、
そのときにここニューロンドンのグロトンに展示物が移転し、
元から海軍が持っていた展示品と合わせて公開されることになりました。

その後、引退した原潜ノーチラスが譲渡されてここに展示されることになり、
潜水艦博物博物館としては世界でも有数の規模となったのです。 

一度ご紹介しましたが、ミュージアム建物の前には

敵対艦潜水ミサイル UGM-84

が実に躍動感を感じさせる飛翔の様子で展示されています。 

崖を背に、そびえ立つポラリスA-1ミサイル

ポラリスは冷戦期にロッキード社が開発した潜水艦発射弾道ミサイルです。
2段式であり、固体推進薬を使用し、核弾頭を搭載していました。

前にもニューヨークのイントレピッド博物館にあった潜水艦に
搭載していたこのポラリスについてお話ししたことがあります。

ついでに、JFKがこれを最初に搭載した潜水艦を見学したとき
腰の悪い大統領のためにハッチにエレベーターをつけた話もしましたっけ?

ポラリスもポセイドンも過去のミサイルとなり、
現在の潜水艦ミサイルの主流はトライデントで、他には英海軍が運用しています。

ポラリスミサイル発射管のハッチです。
赤い凹と凸の組み合わせが実にアーティスティック。

USS SAM RAYBURN (SSBN-635)

の16の発射管のうちの3番管のハッチです。
原潜「サム・レイバーン」は1989年に除籍になりました。
廃艦の背景には、第二次戦略兵器制限交渉を受けて
原潜を削減すると決まった、という政府の決定があります。 


5インチ艦砲は、見ての通り、第二次大戦中の潜水艦の搭載。

USS FLASHER (SS-249)

はガトー級潜水艦で、この博物館を当初運営していた
ゼネラルダイナミクス社の建造によるものです。

ところでこの「フラッシャー」にはこんな逸話があります。

「フラッシャー」は1945年9月の就役後、対日本戦で大きな戦果をあげました。
あげすぎて、

 第二次世界大戦において10万トンを超える敵艦を撃沈したアメリカ海軍唯一の潜水艦

つまりアメリカ海軍でナンバーワンの潜水艦ということになっているのですが、
この記録には一部捏造操作があるらしい、じゃなくてあるのです。


それはこういうお話。

「フラッシャー」は帝国海軍の駆逐艦「イワナミ」を撃沈したことになっており、
そのため撃沈総量が10万トンを超す大台に乗ることになりました。

んが、そんな名前の駆逐艦はそもそも存在もしていないのはみなさんご存知の通り。
(多分岩波書店を知っているアメリカ人がいたんじゃないかな)

ところが「フラッシャー」、当時の情報システムではバレないと思ったのか、
しれっと駆逐艦「イワナミ」をカウントしたばかりでなく、戦後も
その記録を抹消せず現在に至ります。

いや、抹消しようよ。

もうインターネットで調べれば誰でもその嘘がわかる時代になったのだから、
いい加減に数字を訂正しておいた方が身のためだと思うんですが。

「イワナミ」がカウントされなければもしかしたらランクが下がるとかで
意地でもこのまま行こうと思っているのかもしれませんが、
それでは同時に捏造の証拠も残ってしまうんだけどそれはいいのか。

手前のアンカーは、

USS STURGEON (SSN- 637)

のもの。
変わったシェイプをしていますが、潜水艦の艦体に
ピタリと張り付くような形をしているのだそうです。 

スタージョン(チョウザメの意)もエレクトリックダイナミクス社の建造で、
ここグロトンで生まれ、ニューロンドンを母港としていました。 

冒頭写真にもあげましたが、我が日本の艦船と事故を起こしたことがある

USS GEORGE WASHINGTON (SSBN- 598)

のセイルです。
1981年、東シナ海で浮上したとき、日本の貨物船と衝突して貨物船は15分で沈没。
しかし事故発生から報告まで24時間もかかったことで日本側から非難が起きました。

米原子力潜水艦当て逃げ事件 

しかも、ジョージワシントンも、アメリカのPー3Cも乗員の救助を行わなかったため、
乗組員の救助のために護衛艦「あおくも」が出動することになりました。
この事故では、結局2人が行方不明となっています。

セイルにはこの事件の時に傷ができたというのですが、この角度からはわかりません。

ミュージアムのページにあるこの写真には、少し破損部分が確認できました。
(セイル後方に波打っている部分)

これが日本船と激突した跡か・・・・・・。


セイルにはポラリスミサイルのシルエットが16描かれていますが、
これは撃墜マークのようなものではなく、単に十六発のミサイルを
この潜水艦は搭載しているという意味だと思われます。

「ジョージ・ワシントン」はアメリカ海軍で初めて弾道ミサイルを
搭載した潜水艦であったので、それを誇らしげに表現したのかもしれません。 

こちらはあの!原子力潜水艦「ノーチラス」のプロペラ。

夏に見学した時には最初の原潜「ノーチラス」について
色々とお話してきたので改めていうまでもないですが、彼女は「オペレーション・サンシャイン」
で、南極の氷の下を潜り、北極点に達するという偉業を成し遂げた原潜です。

このプロペラで、通信が途絶え、少しでもミスると艦体をこすって全員おしまい、
というような狭い氷のトンネルのような海底をくぐり抜けていったのです。

 

館内には天井から吊られたトマホーク巡航ミサイルを見ることができます。
ミサイルが潜水艦から最初に水中発射されたのは1982年のこと。

水中を巡行して海面に達したトマホークミサイルは、その翼を広げ、
そのまま空高く飛翔していきます。(なんか詩的な文句だな)

そしてコンピュータと人工衛星のコントロール下、目標に到達し、爆破します。

説明がありませんでしたが、レバーの形状から察するに潜望鏡のスコープ部分でしょう。

これでテムズ川を眺めることもできます。
ちなみに川はこの位置からはずっと右手を流れているのですが、
この部分は入り組んだ川溜まりで、沼のように水が溜まっています。

 

再び外に出てみましょう。

フォーティワン・フォー・フリーダム(自由のための41隻)

と書かれたモニュメントがあります。
アメリカ人は国を護るという言葉を「自由を得る」と言い換えるのが好きです。

で、この41隻とは何かというと、

ジョージ・ワシントン級原子力潜水艦 SSBN598〜602 

イーサン・アレン級原子力潜水艦 SSN608〜618 

ラファイエット級原子力潜水艦 SSBN616〜626 

ジェームス・マディソン級原子力潜水艦 SSBN627〜636 

のことで、現役当時からこれが彼らのキャッチフレーズだったようです。
全部足しても数が合わなかったのですがまあいいや(適当)


ちなみにジョージ・ワシントン級は初の弾道ミサイル原子力潜水艦です。

艦隊弾道ミサイル潜水艦(FBM: Fleet Balistic Missile Submarine)

というのが正式名称で、1959年12月に1番艦が就役して以来、
冷戦期のアメリカに、巨大な核火力と強力な抑止力をもたらしました。

1960年代のマクナマラ国防長官の核抑止政策のもと、

「自由のための41隻(41 for Freedom)」

は冷戦下の水中核戦力におけるアメリカの優位の維持に寄与したといわれています。

潜水艦ミュージアムは、誰でもこのレンガに名前を残すことができます。
博物館の支援システムで、一番小さなレンガがわずか125ドル。 

大きなレンガでも275ドル!
少しだけ心が揺れ動きましたが、だからといって縁もゆかりもないここに名前を残しても、
と思い、
すんでのところでレンガ購入を断念しました。

日系人らしい家族のもの、ノーチラス乗員だったと称する人のもの、
ETCM SS、つまり潜水艦技術者のチーフだった人・・・・。

「4隻のボートを助けた」

と自分の海軍時代の功績を盛り込んでいるものもあります。

ミュージアムのお土産ショップには楽しい潜水艦グッズがたくさんあり、
わたしは潜水艦基地のマグカップと潜水艦模様の入ったカードを買いました。

もし潜水艦乗員の知り合いがいたらお土産に買って帰りたかった
駐車場のノーティスボード。

 
”潜水艦乗員専用駐車場

違反者には魚雷発射いたします”