ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

オーマー大佐のカリフォルニア偽装大作戦〜スミソニアン航空博物館

2022-02-21 | 博物館・資料館・テーマパーク

スミソニアン亜博物館の「スカイ・スパイ」シリーズ、
前回は第一次世界大戦から第二次世界大戦までに撮られた
歴史的な軍事空撮写真をご紹介しました。

今日は、その空撮に「対抗」した相手側のカムフラージュからです。
飛んでくる飛行機の撮影を防ぐことができないのなら、
その努力を阻止したり、写真の解釈を混乱させればいいのです。
そのためにいろんな技巧が凝らされました。


【影のないクレムリン】

第二次世界大戦中にドイツ軍の偵察隊が撮影したクレムリンのカモフラージュ。
訓練された目で見ると、「ダミー」の建物がはっきりとわかります。

ヒントは影。
本物の建物には長い影ができますが、平らな偽物にはほとんど影ができません。



【ゴムの装備隠し】

inflatable、ということなので、ゴムで空気が入れられるものを
戦車などの上にかけて形を分からなくするカモフラージュ方法のようです。

おそらくアメリカ陸軍の写真だと思われます。

【日本軍のベジテーションデコイ】

ものすごく念入りに艦船を植物でカモフラージュしています。

【墓地に見えますか】

これはオーストラリアのカモフラージュ例です。
オーストラリアでは日本軍の空襲に備えて、多くの飛行場が偽装されましたが、
この写真はそのうちの一つガーバット飛行場で、
上空から見ると墓地のように見えるようにカモフラージュされていました。

舗装された場所には、偽の木材でできたデコイの飛行機を置き、
格納庫を迷彩に塗り替えたりと言った具合です。

でもこの写真はどう見ても墓地には見えないような・・・。

■ オマー大佐の「カリフラージュ」大作戦

さて、ここからは、おそらく第二次世界大戦で、というか
かつて人類史上で、もっとも大掛かりで馬鹿馬鹿しく、
ある意味何よりアメリカらしい軍事偽装作戦と思われた、
オマー大佐のカリフォルニア偽装大作戦についてお話ししようと思います。

まずはこのビフォーアフターの写真をご覧ください。


【ビフォー】

カリフォルニアのロッキード社の工場。
もしカムフラージュをしていなければこんな感じです。


【アフター】

工場が並んでいたところは全て緑地帯になり、
家が立ち、畑となっています。
写真では不自然さは隠し切れていませんが、これが
陸軍の「迷彩の魔術師」、オマー大佐の一世一代の作品でした。


矢印の先に「道」のようなものがありますが、出口がなく、
どこにも繋がっていません。
しかし、これもじっと見ているからこそわかることで、
おそらく航空機からは認識されないと思われます。



そこでもう一度アフター写真をご覧ください。
ちょっとわかりにくいですが、要するにこういうことです。

工場の屋上に畑と家を作って上空からは農村地帯にしか見えないという。
造園家に依頼してデザインされたそうで、とてつもなく大掛かり。
夜に電気がついていなければバレるのではという気がしますが、
つまり日本軍のパイロットの目さえ欺けばいいので、夜はどうでもいいのです。


よくできているように見えても、実物はこの通り。
それにしてもこのお姉さん何者?

現在「ボブ・ホープ空港」となっている
バーバンクのロッキード・エア・ターミナルでは、敵の攻撃に備えて
施設を大々的に偽装していたことで有名です。
その方法も、空港全体を迷彩ネットで戦略的に覆うという異例なもので、
さすが金持ちアメリカというか、お金はものすごくかかりそうですが
非常に効果的な方法がとられていました。

映画「1941」で描かれた「ロスアンジェルスの戦い」を覚えていますか?

あの映画ではサンフランシスコ湾の外で三船敏郎艦長の日本軍の潜水艦が
いきなり浮上するというオープニングでしたが、実際には同じように
1942年2月、サンフランシスコに到達した日本軍の潜水艦が数日後の夜、
サンタバーバラ沖に浮上して石油貯蔵施設に数発の砲弾を撃ち込みました。

そこで陸軍省は西部防衛司令部の責任者であるジョン・L・デ・ウィット中将に、
太平洋岸の重要施設を守るよう命令したのです。

守ると言ってもどうするの、というところで考え出されたのが偽装でした。
カリフォルニア州全土のカモフラージュ、つまりカリフラージュです。

その任務は、陸軍技術者ジョン・F・オーマーJr.大佐に任命されました。
なぜこの人だったかというと、1940年のバトル・オブ・ブリテンで、
大佐が指揮した入念なカモフラージュのおかげで
ドイツ空軍に何千トンもの爆弾を何もない野原に撒き散らし無駄にさせた、
という実績があったからです。

オーマーは、いわば迷彩の技術と科学に魅了されていた人で、
陸軍に入隊してからは、マジックと写真を組み合わせて、
目とレンズを欺くための独創的な方法を模索していました。

もし陸軍が、陸軍第604工兵迷彩大隊の隊長だったオーマーの、
ハワイのホイーラー・フィールドをすっぽり覆って隠すという案を
高すぎるという理由で却下しなければ、その年の末、
日本軍の真珠湾攻撃からこの基地だけは被害を逃れたかもしれません。


この時ホイーラー飛行基地は83機の戦闘機を失いましたが、
皮肉なことに、それらの1機当たりの値段は、ほとんどが、
オーマーが提案した隠蔽工作のコストに匹敵しました。


日本軍のカリフォルニア空襲はいまや差し迫った脅威となっていました。
特に上層部は木造の航空機組み立て工場が狙われることを恐れました。

結果としてオーマー大佐には「夢のような」任務があたえられます。

概念は単純、しかし範囲は巨大。
それは、サンディエゴからシアトルまで、
爆撃されそうなものを全て消滅させるという計画でした。

飛行場、石油タンク、航空機警報所、軍事キャンプ、防衛砲台など。
特にロッキードのような飛行機を製造する主要施設が1つでも失われれば、
軍が期待していた戦闘機、爆撃機、貨物機など約3,500機を失うばかりか、
工場の復旧には1年以上かかるでしょう。


オーマーが、最も優秀な民間人を探すために目をつけたのはハリウッドでした。

映画スタジオに出向き、セットデザイナー、アートディレクター、画家、大工、
造園家などのスキルをこの緊急課題に活用し、さらにアニメーター、
照明技師、小道具デザイナーなどの意欲的な人材を集めました。

映画のセットを時間との競争で作り上げる彼らが、誰よりも
イリュージョンの基本を理解していることを知っていたのです。

ハリウッドのほぼ全ての映画スタジオ・・・メトロ・ゴールドウィン・メイヤー、
ディズニー・スタジオ、20世紀フォックス、パラマウント、
ユニバーサル・ピクチャーズ
などの背景デザイナー、画家、アートディレクター、
風景アーティスト、アニメーター、大工、照明専門家、小道具係などの協力を得て、
オーマー大佐は街を丸ごと偽装する作業を開始したのです。

まずは、ダグラス・エアクラフトをはじめとする、
敵のターゲットとなりうる主要な工場や組立工場からです。

それこそあっという間に、プロの手によって、ロッキード・ベガ航空機工場は、
キャンバスに描かれた長閑な田園風景にゴム製の自動車が点在する
「田舎」に完全に偽装されていました。

動物がいる小さな農場、納屋、サイロなどの建物。
何百本もの木や灌木は、針金に接着剤をつけ、葉っぱには鶏の羽を使って、
さまざまな色の緑(茶色の斑点もある)に塗られ、
エアダクトは消火栓のように塗装されました。

キャンバス地の切れ端や配給箱、麻ひもをチキンワイヤーに貼り付けたデコイ機、
平らにしたブリキ缶などは、近くで見ると全く本物に見えないのに、
遠くから見ると目を欺くには十分でした。

おそるべしハリウッド。

しかし、一番お金がかかったのがロッキードで、他の、
コンソリデーテッドなどは偽装網をかけるだけで十分でしたし、
たとえば石油貯蔵タンクなどは、この写真のように、

【石油タンク隠し】

ごく簡単に偽装のための屋根をかぶせてカムフラージュしています。



タンクに屋根をかぶせているのですが、よく見ると家には見えません。
しかし、パイロットの目を一瞬欺くことができれば十分です。

【カモフラージュの下の世界】

上をカモフラージュで覆われていると、したの通路はこんな感じです。
まあ、日除けにはなったかもしれませんが。

結局ボーイング社の屋上は、53軒の住宅と10数軒のガレージ、温室、
サービスステーション、店舗で構成されていました。
それら建築物の幅と長さは実物大のままでしたが、
スピードとコスト、そして戦時中の物資不足を考慮して、
高さだけが6フィートとなりました。
高速で飛行する航空機からは高さまでは把握できないからです。

オーマーの「策略」にまずひっかかったのは味方のパイロットでした。
陸軍とハリウッドのスタッフは、要するに
パイロットを数分間混乱させさえすればいいというクォリティで
この「イリュージョン」を作り上げたのですが、
ダグラスを探す味方のパイロットたちは、見慣れた風景がなくなって
当初迷子になったりしたと言いますから、
関係者はそんな話を聞くたびにおそらく快哉を叫んだに違いありません。

もちろん、そのマジックが効果を持つのはせいぜい1万フィートの高度からで、
低空で着陸態勢に入ると、フェイクであることは丸わかりとなるのでした。

そして、それなりの「公害」もありました。
雨が降ると、塗料が染み込んだ羽毛はひどいにおいを放ち、暖かくなると、
緑色のタールでコーティングされたモコモコした羽毛が漂い、
工場から出荷されたばかりの飛行機に付着しました。

最後に、これはいわゆるつまらないアメリカンジョークの類です。

この仕事で特に中心となって仕事を受けたのはワーナーブラザーズでしたが、
そのため、社長のジャック・ワーナーは、ロッキードに媚びるあまり?
自社施設でロッキードの代わりに飛行機を作っているのだろうと思われかねないと、
ワーナーの社屋に「ロッキードはあちら→」と描かせた、
という嘘のような本当でない噂が関係者の間で流れたそうです。


続く。




最新の画像もっと見る

2 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
ある偵察写真 (Unknown)
2022-02-22 07:28:16
冷戦時代末期「ソ連」の頃、極東のソ連空軍基地を撮影した偵察(衛星)写真にある日、整然と並んだ、普段とは段違いに多い爆撃機。わが国やアメリカは「戦争準備か」と色めき立ったのですが、毎日毎日、同じところを撮っても全く動きがない。

ソ連崩壊後に謎が解明されました。修理用の部品が手当て出来ず、お互いに共食い(別の機体から修理用の部品を外して使う)して、飛べない機体が大量に並んでいたのでした。
返信する
日本軍のベジテーションデコイ (お節介船屋)
2022-02-22 09:52:33
同様の写真が参照文献に掲載されていますが攻撃を受けており、あまり効果がなかったと記されています。
なお参照文献の写真は昭和18年12月ニューブリテン島で米陸軍機に撮影されたものです。掲載の写真より大きな貨物船ですが、びっしりと木々葉っぱで偽装されていますが船の形が分かり、銃撃等攻撃を受けています。
制空権を失い、輸送作戦が困難な状況を如実に表しており悲しくなります。
参照光人社「写真太平洋戦争第6巻」
返信する

post a comment

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。