サワンヴォラナヨック国立博物館からの続きです。
博物館からヨム川と並行する国道1201号線を15km北上し、ヨム川に掛かる橋の手前で左折するとシーサチャナライ旧都城に至ります。
昼食はその交差点を右折してチャリエンへ行きます。
ヨム川はここでR字を描くように大きく流れの方向を変えます。その一番くびれた場所にスコータイ王朝以前に建立されたワット プラ シー ラタナー マハータート(ワット プラ パーン)があります。
ヨム川の南岸にある「Chom Prang」からワット プラ パーンの仏塔を眺めながら昼食です。
食後はチャリエンにあるクメール様式の遺跡へ寄ります。
ワット チョムチューンです。スコータイ時代に仏教寺院に改造され仏堂、礼拝堂が建立されています。
その後友人宅を訪れ、今年の干支にちなんだトラの水差を確認です。年初に写真を送ってきてくれたのですが高価すぎて購入を躊躇している一品で、まだ現物を見ていませんでした。
全長10数cmの小さな優品ですが....未だに決めかねています。
友人宅の大麻草です。タイでは6月9日から大麻が解禁になり、政府が100万株を必要な家庭に無料配布しています。テレビでは大麻を使った飲料や料理店の紹介など大麻解禁で盛り上がっています。
翌朝はワット プラ パーンに残る漆喰装飾が気になり寄ってみました。
両博物館で漆喰彫刻をたくさん見た影響です。
下はワットプラパーン出土の陶片です。モン陶と呼んでいますが、顔つきからしてモン寺院の仏塔を飾ったテラコッタかなと思っています。
大きさは上下方向で9.8cmです。
その下の3cmほどの磚仏は10年近く前に周辺を発掘整備中の1日だけを住民に開放しまし、その時、住民が掘り当て、骨董商に持ち込んだ一部です。私もこの時、良好な状態の磚仏を2点お預かりしました。
芸術局の粋(?)な計らいというか、新聞はその時のお宝探し写真です。
その後はウタラデットのラップレーへドリアンを買いに行きます。
国道101号線を13km北上、シーサチャナライ市街を抜けるとウタラデットへ通じる102号線へ右折します。102号線は殆どが森の中を走り、道路の両側には巨大なチークが立ち並んでいましたが、現在は4車線工事中で風情のあった並木が失われそうです。約30kmでウタラデット市街へ入る手前の国道1041号線を左折北上します。13kmでメープーン滝の入り口となり、車が走行できるのはここまでです。
ラップレーは北と西に山岳地帯が広がり、山裾の森林や渓谷で出来た複雑な地形の中にあり、かっては秘密の町、いわゆる隠れ里の様な存在で、スコータイ時代以前はチェンセンからの移住者、その後はプレーやナーンの戦乱から逃れた民衆が住んだようで、現在もランナー語や古代スコータイ語の方言が混在しているそうです。
町の入り口にある「嘘をつきません」という文字です。
民話ではラップレーは昔、女性しか住んでいませんでした。不誠実で嘘をつく男は村から追放され、一人もいなくなってしまいました。ある日、森で青年が村の女性に出会います。青年は村に行くことを強く懇願します。暫く村で暮らした青年は女性の母親に結婚の許しを請いに行きます。母親は嘘はつかず誠実に暮らすことを約束させた上で結婚を認めました。
子供が生まれるまで約束を守り、誠実に暮らしましたが、ある日、妻が外出中に赤ん坊が泣き続けます。いかようになだめても泣き止みません。とうとうなだめ言葉で「お母さんが帰ってきた。」と嘘を言ってしまいます。それを聞いていた妻の母親は嘘を言ったことに怒り、帰ってきた娘に告げます。妻は約束を守らなかったことを悲しみ、青年に村を出るように言い、食料と掘り起こしたたくさんのウコンを袋に詰めて持たせます。
彼女は青年を森まで見送り、彼が帰る方角を指で示します。
途方に暮れ、生まれ故郷に帰る青年ですが、妻の持たせたウコンが重くて道中で殆ど捨ててしまいました。
生家にたどり着き、袋をあらためてみると一個残していたウコンは黄金になっています。あわってて道を引き返して捨てたウコンを探しますが、見つけたのは成長した普通の黄金色のウコンでした。そのまま妻のいる秘密の村、ラップレーを探しますがとうとう見つけられず、深い森に迷い自宅へも帰ることが出来ませんでした。
そんな秘密の町、隠れ里、ラップレーですが、現在は国道が山を迂回し、橋を何度も渡りながら車で行けるようになっています。
メープーン滝周辺も珍しい蝶々が多く、私の撮影のポイントになっています。
また、メープーンはタイ北部では最大のドリアンの産地でもあり、この時期は市場にたくさんのドリアンを商う店が出ます。ここでは地名をとったドリアン・ラップレーやドリアン・リンとう特別な品種も栽培されています。
価格はこの季節は一般品種のモントーンが大きさによりますが、1kg当たり50から100バーツですが、ラップレーは150から200バーツ、リンが300バーツとなっています。
モントーンもバンコク周辺へトラックで売りに来ているのは1kg当たり130から180バーツになっています。
昼食はラップレーでドリアン入りグリーンカレーです。
おいしかったので持ち帰りをお願いして、ホテルの晩ご飯にもしました。お店で食べたより量が多くて半分バンコクまで持ち帰ったのですが、車中が暑くて残念ながら腐っていました。
ラップレーは絹織物のチィン・チョクの産地で、店の中に展示場と販売所があります。ただ、いつ寄っても展示場は締まっており、お店の女将は如何にも買わなそうに客に見えるのか、言葉遣いは丁寧ながらも「あちらの喫茶室が休んでいってください。」と追い出しにかかってきます。買う気があって商品を見ているのだが、迷惑そうな雰囲気がビシビシ伝わってくるお店です。
現在の為替換算だと悠に10万円超えするのでさっさと店をあとにしますが、懲りずに何度も訪れる店です。
その下はシーサチャナライのティン・チョックのお店です。同じタイ・プアン族の織物ですがラップレーとは微妙に違うそうです。この店の女主人は気持ち良く次から次へと商品を出してきて説明してくれます。こちらが高価すぎて気後れしていてもお構いなしです。店頭に出ている商品は気前よく値引きしてくれるが、これは駄目とほんの心持ちの値引きしか提示されません。
店頭には冷水も用意されており気持ちの良いお店です。
ワット プラボロマタート トゥンヤーン近くのマラディー ホテルでもう一泊です。
朝食付で一泊500バーツです。
翌朝はバンコックへ向います。
ピサヌロークの国道126号線バイパスを走行中に国道117号線手前でワットチュラマニーの案内板が目に入りました。車を停めて距離を確認すると国道126号線から3kmそれるだけです。
この遺跡にもたくさんの漆喰装飾が残っているので見学に寄ります。
ラテライトのクメール様式の祠塔が残るこの寺院の建立はスコータイ王朝以前のクメール統治時代です。アユタヤ王朝、第9代ボーロマトラローカナート王(在位;1448~1488年)によって仏教寺院として増改築されています。祠塔にはたくさんの漆喰装飾が残っています。ただ、近代の補修も多そうですが....
スイカはウタラデットの国道11号線沿いにたくさん店があったので購入しました。
ピチットはソムオー(ザボン)の産地です。ここのは酸味が少なく甘く、安いので購入です。