産経新聞~朝の詩~
「器」
大きいのか
小さいのか
どんな形なのか
何がどれくらい
入るのか
自分でもわからない
ただわかっているのは
この器を割らずに
大切に使わなければ
ならないということ
自分という器
いのちの器
(大阪牧方市 村中和三45)
仏教では
器を「教えを受けるうつわ」の意で用いられる。
「器に随ひて開導して」(大経)
また、
「機」ともあらわされ…
機とは「縁に遇えば発動する可能性をもつもの。
仏の教法を受けてその教化を被る者の素質能力。
教化の対象という意味で
「機」とも表現します。