【メッセージ文について】
移り変わる世の中、私たちがこの人生を生きていく上で、本当の依りどころとなるものは一体何でしょうか。
家族や財産、健康や名誉、いや自分自身とおっしゃる方もおられるでしょう。確かにどれもが大切なものであり、私の支えとなるものです。
しかし、これらのものは、移ろいゆくものであり、残念ながらいつかは崩れてしまい、離れていくものでもあります。
本当の依りどころとは、崩れるものや無くなるものではなく、この私の人生そのものを支え続け、導き続けるものではないでしょうか。
親鸞聖人は「南無阿弥陀仏」こそが、究極の依りどころとなるとおっしゃいました。
阿弥陀さまという仏さまは、「南無阿弥陀仏(そのまま救う まかせよ)」と私をよび続けてくださり、「どんなことがあってもあなたを離さない」と、私のいのちをお慈悲のなかへ摂めとってくださる仏さまです。
私の人生を支え、浄土へと導き続けてくださっています。
「南無」は、古代インド語(サンスクリット語)の「namo」という、相手に対する敬意と信頼を表す言葉を漢字に音写したものです。これを中国では「帰命」と翻訳しました。
「帰命」を日本語に訳すと、「おおせにまかす」という意味になります。
ただし「南無阿弥陀仏」とは、私が自分の意思で阿弥陀さまにおまかせするということではなく、「そのまま救う」という阿弥陀さまからのよび声であり、そのよび声に、すべておまかせすると、親鸞聖人はよろこばれたのです。
(西本願寺)