米アルファベット傘下の「ウェイモ(Waymo)」の自動運転車
米カリフォルニア州サンフランシスコ市内で8月10日、運転手不要の「完全自動運転タクシー」が24時間営業を認められました。自動運転の技術は実現すれば早晩、スマートフォン以上の衝撃を日本の自動車市場にもたらすでしょう。
サンフランシスコでも根強かった反対論
同州当局が認可したのは、米アルファベット傘下の「ウェイモ(Waymo)」と、米ゼネラル・モーターズ(GM)傘下の「GMクルーズ(GM Cruise)ホールディングス」の2社です。サンフランシスコ市内においては、2022年6月から自動運転タクシーの走行が始まっていました。
米アルファベット傘下の「ウェイモ(Waymo)」の自動運転車
ただ利用するには様々な制約があったのです。利用時間は深夜から早朝の時間帯のみで、走行エリアも市内の中心部に限定されていました。利用するには登録待ちが起きているリストに登録される必要があるなどの制限もあったのです。いわば制約の多いテスト段階にとどまっていたのです。
それがここに来て、まず利用時間の制約が解除されて24時間いつでも呼べるようになります。今後は有人タクシーと比べて乗車料金をどの程度下げて顧客体験を高められるかが勝負になるでしょう。例えば、同じ走行距離を人間のドライバーが運転すると10ドルになるのに対して、人件費がかからない自動運転車は3ドルとなれば、後者を選ぶ人が増える可能性が高まるでしょう。
これは新しいテクノロジーのほとんどが直面する課題です。最初のうちは新規性で話題にはなっても、戸惑いや不安、抵抗感を覚える人のほうが多数派になりがちです。「アーリーアダプター」と呼ばれる新しい物好きな人たちが利用を始めても、多くの人はある程度普及が進むまで使わず、「キャズム」と呼ぶ深い溝を超えることができるかどうかで実際の生活に溶け込むかが決まります。
このキャズムの存在は自動運転についても当てはまるでしょう。サンフランシスコは基本的に新技術に対するアーリーアダプターが比較的多い街です。そのサンフランシスコであっても、今回の州当局の認可決定に際しては根強い反対意見が出ました。長時間にわたって議論が紛糾したと報道されています。
採決を前に一部の反対派住民やウェイモ従業員らが州当局に詰めかけた(10日、サンフランシスコ市)
もちろん自動運転カーであるがゆえのアクシデントは想定されます。ただ、デメリットばかりを前面に出していると公正な評価はできません。反対意見が妥当なものかは良く吟味しなければなりません。
例えば交差点で衝突が起きた場合に、人間が運転した場合と比べて多いのか少ないのかは統計的に評価しなければなりません。自動運転での事故のほうがニュース性は高いので、得てして自動運転のデメリットのほうが過大に評価されてしまいがちです。社会の利益よりも一定の既得権益を優先するがために、わざとデメリットを過大に訴える人もいるでしょう。そのバランスをよく見極めなければなりません。
スマホ以上に市場席巻の恐れ
特に自動運転のソフトウエア技術は国境を越えて他社にライセンス供与される可能性が高いものです。例えるならば、スマホが日本の携帯電話市場を変えた以上のインパクトにつながることも見込まれます。
規制は他国の企業の参入を遅らせる防波堤という守りの一つの手段にはなります。しかし解禁された場合は、他国で十分すぎるほどのノウハウを積んで参入してくるので、もはや国内企業だけで競争に打ち勝つのは難しくなります。
これは経済合理性の視点からもいえることでしょう。スマホの場合は米アップルのiOSやグーグルのAndroid(アンドロイド)の2つが主なスマホの基本ソフト(OS)の大きなシェアを握っています。2007年ごろから開発競争が激化しましたが、早々に市場が形成されました。
なぜなら多額の投資や、ユーザーインターフェースの改善によって多くのユーザーの獲得が進み、アップルやグーグル以外のサードパーティーが開発したアプリの増加も鍵になったのです。2000年からOSを提供していたマイクロソフトの「Windows Mobile」や、米アマゾン・ドット・コムの「Fire OS」、スマホ市場で先行した米ブラックベリーによる「BlackBerry OS」は大きく引き離されてしまいました。
特にアンドロイドは03年に設立された独立企業でしたが、05年にグーグルが買収して他社にライセンス供与をすることによって、iOSとシェア争いを繰り広げています。利用者が増えるとサードパーティーも含めたアプリの質も向上するという循環が起きる「フィードバックループ」は、ハードと比べると段違いの速さで進み、非常に強い競争力を生み出します。
車内エンタメも巻き込む競争に
モバイルOSの歴史を自動運転の今の状況に当てはめて考えてみましょう。先行するウェイモ、GMクルーズに加えて、米テスラ(Tesla)なども自動運転のソフトを他社に供給するでしょう。これは自動運転技術が車種にとどまらずソフトベースでのシェア争いに切り替わって市場を形成する流れにつながるでしょう。
このソフトが搭載するのは自動運転の機能だけではありません。例えば、走行中に車内モニターで映画やゲームを楽しめるといったエンターテインメントを含む居心地の良さを提供していく機能も含みます。
こうした将来を見越してホンダはGMクルーズに対して30年までに約3000億円を投資する計画を18年10月に公表しています。さらにソニーグループと組んで、車内のエンタメ空間を売りにしようと、新型の電気自動車(EV)「AFEELA(アフィーラ)」を開発しています。
テスラ最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク氏は7月中旬の決算報告で「自動運転のライセンスを他社に与えることを協議中」と発言しています。かねて他社との協業について発言してはいましたが、同じく7月中旬には自社の急速充電設備である「スーパーチャージャー」の技術仕様を米フォードやGMにも開放する契約を結んだことで、自動運転ソフトによる市場競争も現実味が増してきました。
特に現在の自動運転ソフトのボトルネックは「エンジニアというよりは演算処理」であるとマスク氏は発言しています。この演算処理は21年に発表していた「Dojo」というスーパーコンピューターが23年7月に稼働したことによってより改善が見込まれます。
日本企業は存在感を示せるか
このようなソフトとハードの囲い込み競争が激しくなっている中で、どの企業が最終的にシェアを握るのかは依然として不透明です。ただ懸念されるのは、日本企業がこの囲い込み競争の中でスマホ時代と同様に大きな存在感を示せていない点です。
23年も日本から多くの企業の経営者や政治家、大学の幹部がサンフランシスコを訪れています。しかし、ほとんどの来訪者は自動運転を体験できるにもかかわらず、何も体験せずに帰国してしまって危機感が伝わらないままなのでしょう。スマホ市場から淘汰されてしまった日本企業の失敗の繰り返しを避けるためにも、自分の業界でできることは何かを今こそ考えて対策を打たなければなりません。
山本康正(やまもと・やすまさ)
京都大学大学院総合生存学館特任准教授
東京大学修士号取得後、米ニューヨークの金融機関に就職。ハーバード大学大学院で理学修士号を取得。卒業後グーグルに入社し、フィンテックや人工知能(AI)などで日本企業のデジタル活用を推進。京都大学大学院総合生存学館特任准教授、同経営管理大学院客員教授。著書に『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』(講談社現代新書)、『2025年を制覇する破壊的企業』(SB新書)がある。
日経記事 2023.08.22より引用