韓国では150以上の大学が学習履歴の証明にオープンバッジを採用した=ネットラーニング提供
学びの履歴を電子的に証明する「デジタルバッジ」がアジアの大学で急拡大している。日本のほか韓国、インドネシア、タイで採用され、単位互換などでの活用が注目されている。
教育DX(デジタルトランスフォーメーション)が国境を越えた大学間の協調と競争を促し、日本の教育ビジネスの海外展開のモデルになる可能性がある。
韓国で150大学以上が採用
韓国の大学でデジタルバッジの採用が急速に広がっている。代表的な技術規格である「オープンバッジ」はこれまでに成均館大、梨花女子大、漢陽大など150校以上が取り入れ、2024年中に約400ある大学の大半に浸透する見通しだ。
同国ではeラーニングやIT(情報技術)教育などの分野で大学が横断的な協議会を組織し、教材の共有や単位の互換に取り組んでいる。協議会に参加する大学が足並みをそろえてオープンバッジを採用したことがけん引役になった。
デジタルバッジは科目やコースを修了するごとに発行される履修証明だ。
紋章のような画像に発行者、取得者、科目名などのデータが埋め込まれ、原理的に改ざんが難しい。取得者はSNSやメールに添付して自身の知識やスキルをPRしたり、学びの動機づけにしたりできる。知識やスキルが可視化され、学歴よりも学習歴の重視へ移行を促すとも期待される。
さまざまな規格があるなか、教育分野の国際標準化組織「ワンエドテック・コンソーシアム」(旧IMSグローバル・ラーニング・コンソーシアム)が定めた規格がオープンバッジだ。アジアで唯一、認証を取得したオンライン教育大手、ネットラーニング(東京・新宿)が大学や企業などのオープンバッジ発行を支援し、韓国でも5年前から事業展開してきた。
お膝もとの日本では20年度に長崎大が発行したのを皮切りに東北大、金沢大、法政大などに広がり、23年度中に約100大学まで増える見通しだ。
政府が推奨する「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」の履修証や、一般向けの大規模公開オンライン講座(MOOC)の修了証などとして利用が広がる。
企業のリスキリング(学び直し)研修の修了証や資格団体の認定証としての利用も増えている。
アジアでは韓国のほかインドネシアやタイでも有力大学が採用する見通しで、ネットラーニングは今後さらにバングラデシュ、ベトナム、台湾などでもバッジ事業を強化する。
同社はグループで併せて、取得者がインターネット上でバッジを管理するウォレット(財布)「LecoS(レコス)」を開発し、アジア各国で共通利用できるようにした。
どの国・地域で取得したバッジでもスマートフォンやパソコンなどで一覧表示できる。「アジアの利用者が共通のプラットフォームとして利用し、多くの学習者や大学、企業が参加する学びのエコシステム(生態系)づくりに貢献したい」(同社)と、ウォレットをバッジ普及への重要なツールと位置づける。
「小さな資格」に脚光
アジアの大学がデジタルバッジの採用に動き出したのは、学生がもつ知識やスキルを評価するのに「マイクロクレデンシャル(小さな資格)」と呼ばれる新たな仕組みが世界的に脚光を浴びているからだ。
学士や修士などの学位が数十〜100以上の単位を取ると認められるのに対し、マイクロクレデンシャルは科目やコースを修了するごとに与えられる。
人工知能(AI)やデータサイエンス、経営学などの先端分野は日進月歩で進化し、知識やスキルが陳腐化しやすい。
取得に年月がかかる学位より、知識を使いこなせる能力(コンピテンシー)が重視されるようになり、欧米では他大学や企業のプログラムもマイクロクレデンシャルとして認める動きが広がってきた。
米国では連邦政府がマイクロクレデンシャルの普及を後押しし、欧州でも行政が関与した仕組みづくりが検討されている。
日本でも産学が組織する日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)などが8月に研究会を発足させ、制度の検討を始めている。
そこで不可欠なのが学習歴を証明するデジタルバッジだ。米国では発行や管理を担う100以上のプラットフォームが生まれ、主導権争いも激しさを増している。
単位互換など大学連携に道
デジタルバッジのアジアでの広がりは何を意味し、どんな可能性をもたらすのか。
大学にとっては、自身の強みを打ち出して海外の教育機関や企業と連携し、優秀な学生を集める動きにつながりそうだ。バッジを活用しながら筋道を立てて学ぶプログラムを開発して互いに参考にしたり、単位互換を通じて交流を促したりする可能性がある。
実際、IT分野ではすでに人材の争奪戦が始まっている。マレーシアやシンガポールの大学が周辺国からITなどの基礎知識をもつ学生を取り込もうとする動きだ。
学生にとってもさまざまな場で学べるようになり、学びの選択肢が増える。
新型コロナウイルス禍でオンライン学習が定着し、留学しなくても海外の優れた教育プログラムを受講できるようになった。
単位互換が進めば、自分が学びたい科目ごとに最適な大学や企業を選び、バッジを積み上げながら学びの経路(パスウエー)を自身で設計することが可能になる。
「教育輸出」のモデルになるか
教育DX分野での日本企業の海外展開のモデルとしても注目される。日本発の教材や教育システムは非英語圏というハンディがあり、これまで「輸出」に成功した例は限られてきた。
ネットラーニングの岸田徹会長はオープンバッジ事業のアジア展開により「売上高に占める海外比率を27年度までに10〜15%、30年度には50%まで高めたい」と話す。
ただし海外展開が思惑通りに進むかは官のルールづくり次第という面もある。欧米ではさまざまな規格のバッジが併存して「乱立」が懸念され、授業の内容や修了基準などの「質」をどう保証するかが課題になっている。
今後の普及に向けて日本でも文部科学省などが各国政府と調整し、国際ルールを考える必要がありそうだ。