介護福祉士の中村寿史さんは25年間で賃上げの実感をそれほど得られていない
年々増える社会保障給付費のなかでも介護の伸びは目立つ。2021年度は11.2兆円と過去10年で1.4倍に増えた。25年には800万人の団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、介護の需要は急増する。制度の持続性は担い手を確保できるかにかかる。
介護業界はいま慢性的な人手不足にあり、年末の介護報酬改定のテーマも介護職員の待遇改善だ。政府は支援を重ねてきたが、現場の働き手まで届きにくい構造に阻まれている。
「給料が大きく上がった実感はない」。介護福祉士として25年目を迎えた石川県の中村寿史さんはこう打ち明ける。
政府は17年に「勤続10年以上の介護福祉士に月8万円相当の処遇改善をする」との方針を示した。中村さんは「上がったのはせいぜい1万円程度」と明かす。
賃上げを実感できない一方で業務の負担は増す。入所者の高齢化で認知症や終末期の人は増え、喀痰(かくたん)吸引といった医療的なケアも求められるようになった。
中村さんが勤める施設にはおよそ240人が入所している。必要と見込む職員の数を常に10人ほど下回る体制で運営を続ける。離職者がいてもすぐに補充できず、負担は増すばかりだ。
内閣府の高齢社会白書によると、22年の介護分野の有効求人倍率は3.71倍だった。全職業平均の1.16倍を大きく上回る。
岸田文雄首相は21年に「国が率先して公的価格を引き上げる」と表明。介護職などの給与を3%程度(月額9千円相当)引き上げた。厚生労働省によると申請した事業所は9割にのぼった。政府は11月の経済対策でさらに月6千円程度の上乗せを決めた。
相次ぐ施策にもかかわらず、なぜ現場職員の実感につながらないのか。施設に支払ったカネが働き手に適正に分配されていないのではないか――。政府の疑念の矛先は事業所に向く。
財務省は介護事業を運営する社会福祉法人の現預金や積立金が近年増加したと指摘する。17年度に2億9500万円だった1法人当たりの積立金が、21年度は3億2700万円に増えた。支援を拡充しても積立金に回っては意味がない。
そこで厚労省は24年度にも省令を改正し、各事業所の職員1人当たりの賃金データの公表に乗り出す。
利用者が事業所選びで参考にする「介護サービス情報公表システム」に職員数や利用料、利用者数などとともに載せる。労働環境に配慮する経営者かどうかも伝わりやすくなる。
公平に可視化することで施設間で賃金の比較は容易になる。他産業との人材獲得競争に勝てる機運も出てくるとの期待もある。
淑徳大の結城康博教授は「内部留保をできるほどの報酬を得ているのは医療法人の一部だ」と前置きしたうえで「経営者の努力で人件費の上昇につなげられる部分はある」と指摘する。
介護保険が始まって20年ほどと介護業界の歴史はまだ浅い。訪問介護やデイサービス、特別養護老人ホームとサービスは多岐にわたり、行政の目配りも十分だったとは言い難い。
これからますます切迫する財政。有効活用するためにも経営の透明化を不断に促していく必要がある。
▼介護職員の処遇改善 国が決める介護報酬改定や補助金が処遇改善の原資となる。賃上げに関する報酬の加算分は必ず賃上げに回すよう定められている。
介護報酬や補助金は原則、それぞれの介護事業者に入る。各事業者の差配で職員に分配するため、職員1人当たりの賃上げ幅が必ずしも政府の目標通りになるとは限らない。
日経記事 2023.11.22より引用