兵リーベ、僕の船……。化学の授業で学ぶ元素の周期表には、118種類の元素が整然と並んでいる。化学者はこれらの元素を組み合わせながら、様々な物質を作り出してきた。では、もし周期表で隣り合う元素のはざまにある"新元素"を生み出すことができたらどうだろう? 人類が手にする新物質の幅も格段に広がるはずだ。従来の常識ではありえなかったこうした発想が、現代の化学で現実になりつつある。
貴金属8元素を原子レベルで混ぜたナノ粒子のイメージ図。
それぞれの元素はもとの性質を失い,全く新しい性質をもつ
"新元素"に生まれ変わる=京都大・北川教授提供
周期表に並ぶ元素の原子番号は「1、2、3、4、5……」と自然数で記述される。
番号ごとに元素は異なる性質を持つ。ところが、特殊な反応条件で複数の元素を原子レベルで均一に混ぜると、もとの性質を失って全く新しい性質を示す"新元素"に生まれ変わることがわかってきた。
この"新元素"は小数や分数の原子番号をもつ元素のように振る舞う。元素の特性を変える技術は、いわば「現代の錬金術」だ。
この研究をリードするのが京都大学の北川宏教授が率いる研究チームだ。
例えば、同じ量のロジウム(原子番号45番)と銀(同47番)を混ぜた実験では、その中間にあるパラジウム(同46番)と同様に水素を吸蔵する「疑似パラジウム」ができた。ある元素の性質を模倣するだけではなく、混ぜる元素の種類や比率を変えてさらに性能が高い"新元素"も生み出せる。パラジウムを90%、白金を10%ほどの比率で混ぜた物質は、水素を吸蔵する能力がパラジウム単体の2倍近くになっていた。
北川教授は「これまで元素はとびとびの値しかとれない『量子化』された世界にあった。今後は連続的な値をとりうる『有理数化』された世界が広がるだろう」と展望する。
こうした"新元素"が生まれるとき、一体何が起きているのか。シミュレーションの結果から、個々の原子の性質が様々に変化する様子が見えてきた。貴金属8元素を混ぜた物質は、水素を発生する水電解反応で市販の白金触媒を大幅に上回る活性をもつ。
活性に影響する原子の電子状態で比べたところ、通常は同じ元素なら近い値になるが、同じ元素であっても原子ごとにかけ離れた値になっていた。全ての原子は互いに影響し合いながら、反応に適した"新元素"の誕生に貢献していると見られる。
望みの性能をもつ"新元素"を探し出すため、自動合成や計算科学を駆使した実験も動き始めた。年に約1万通りを解析できる装置を開発し、半年で有望な触媒の候補を発見した。
北川教授は「既存技術の改良では、困難な課題は解決できない。常識を超えた新物質を作り出してこそイノベーションにつながる」と語る。"新元素"は卑金属から貴金属を作るような「ありえない」と思える新物質を作る突破口になりそうだ。
(日経サイエンス編集部・遠藤智之)
詳細は11月25日発売の日経サイエンス2024年1月号に掲載
日経記事 203.11.24より引用