家には出来上がったガンプラが幾つかある。私が作ったものに子が作ったものだ。子が描いた絵や、子に描いてあげた絵とか、そういう家の記憶のような物が幾つもある。子は家を出て1人暮らしをしている。もう、一緒に暮らすことはない、この家に泊まることも数えるくらいになるだろう。
時々思うのだが、過ぎ去った過去はあるのだろうか。過ぎ去った瞬間があったことは確かだと思うのだが、もうそこに戻れないことは確かなのだが、どこかにないのだろうかと思う。
天国や極楽浄土があるとは思えないのだが、過ぎ去った時間というのは、その間は実在していた。私も、私の子もいつかこの世界を去ることになるのだが、その瞬間に存在していたことは、時間が経とうとも変わらない。この事実性というのだろうか、一度、起きた出来事は変わらない。
皆が忘れ去ろうとも、出来事は変わらない。私と子の時間、それはどこかにあった。過ぎ去る時間も、忘却も、起こった出来事を変えることはない。楽しい時間があったこと、このことは変わらない。