★「助けてもらったことはすぐ忘れる。手柄は忘れない」とはある議員の選挙における民主党以来の立憲民主党や国民民主党の面々に向けた言葉だ。思えば09年の民主党政権樹立の裏では民主党候補者が立つ選挙区の多くで共産党候補者が出馬を取りやめている。それまですべての選挙区で候補者を立て続けてきた同党にとって、選挙区に候補者を立てないことは大きな出来事だが、民主党候補者や世論は共産党の資金不足が原因とした。その後、背景には当時の党代表・小沢一郎と党委員長・志位和夫の采配と判断により候補者を立てないことで、間接的に民主党候補に選挙協力してきたことがわかる。
★5月31日の会見で共産党書記局長・小池晃は志位と立憲民主党代表・枝野幸男が既に4月に合意している次期衆院選に向けた選挙協力協議について「まだ始まっていない。いろんな水面下での相談にとどまっている状況だ」とした。つまり個別の選挙区での調整は進められているものの、党同士の合同会議という段階ではないということだろう。09年の選挙後も、民主党、民進党とさまざまな選挙協力を続けて来た共産党だが、それで助かっているのは毎回、野党第1党側である。ところが調整がうまく進まない時も、選挙後に必ずと言っていいほど「選挙協力しておけば勝てた」と誰もが言い、ところが選挙が近づくとぐずぐず言い始める。
★自民党と公明党の関係は連立政権と言えども、20年にわたる選挙協力の歴史だ。相互推薦が進み自民党候補の選挙名簿まで共有する。もう公明党の選挙協力なくして当選できない自民党議員は多い。「組織政党に助けてもらうのは麻薬のようだ」と自民党議員は言う。「あって当たり前、ないと不安になる」とも。覚悟がないなら選挙協力などやめたらいい。政党と候補者だけで勝てないから頼るのではないか。いびつな選挙が続く。(K)※敬称略
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