いま、東京五輪の開催強行に反対の声が大きくなっているが、同じように反対の声をあげなくてはならない問題がある。それは、入国管理法(入管法)改正案が今週中、早い場合は明日12日の衆院法務委員会で強行採決されるのではないかと見られているからだ。
この入管法改正案に対しては、反対する市民が国会前でシットインの抗議運動をおこなっているほか、6日には中島京子氏や温又柔氏、星野智幸氏といった作家たちやラサール石井らが改正案に反対する会見に出席。さらに7日には小泉今日子が、自身が代表取締役を務める「株式会社明後日」のTwitterアカウントで〈#難民の送還ではなく保護を〉というハッシュタグをつけてこの会見の様子をリツイートした。
また、LUNA SEAやX JAPANのギタリストであるSUGIZOも入管法改正案の廃案を求めるオンライン署名に賛同し、〈日本での難民、移民に関する見識が、 国際社会の基準として著しく低いという現状を、何年も前から懸念してきました〉〈どの国の人であれ、どの国にいようとも、基本的人権は守られるべきです。自国に帰ることが命の危険に晒されたり迫害を被る可能性が高い人は、その存在を守られるべきです〉とコメントを寄せている。
こうした反対の声があがるのは当然だ。というのも、今回の入管法改正案は、国際社会に対して日本が反人道・反人権国家であると宣言するにも等しい、あまりにも酷い内容になっているからだ。
そもそもこの国の入管行政は、在留資格を失った外国人に対し、難民申請中であることや個別の帰国できない事情などを一切考慮することなく強制送還の手続きをとるために全員を入管施設に収容するという「全件収容主義」をとっている。しかも収容にあたっては行政機関の判断のみで司法審査もなく、上限期限も設けない「無期限収容」という、おおよそ人道に反した内容になっている。このような日本政府の対応に対し、国連は再三に渡って改善を求める勧告をおこない、昨年9月には国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会が日本政府に「国際人権規約に違反している」と意見書を送付、入管法・難民認定法の見直しを要求していた。
ところが、法務省と出入国在留管理庁(入管庁)が今国会に提出した入管法改正案は、こうした国連からの要求を受けて司法審査の導入や収容期限の上限を盛り込むかと思いきやそれもせず、それどころか難民認定の申請を同じ理由で3回以上おこなった場合は強制送還できる例外規定を新たに盛り込むなど、現行法をさらに「改悪」する内容になっているのだ。
この法改正には、東京五輪の開催が背景にある。というのも、入管庁(当時は入管局)は2016年に〈東京五輪・パラリンピックの年までに、安全安心な社会の実現のため、不法滞在者ら社会に不安を与える外国人を大幅に縮減することは、喫緊の課題〉という内部通達を出し、それ以来、仮放免が減少し長期収容者が増加した。この長期収容者を減らすために、難民認定の申請者を強制送還できる法改正をおこなおうとしているのである。
だが、この国の難民認定率は0.4%(2019年度)と他の先進国とは比べ物にならないほど低いだけでなく、難民認定の申請者の国籍でもっとも多いのはクルド人迫害が深刻なトルコ、つづいて軍事クーデターによる市民弾圧の激化のみならず少数民族のロヒンギャやカチン族が迫害を受けているミャンマーとなっている。つまり、命の危険に脅かされる難民の人びとを強制送還できるようになるという、人道上、考えられないような改正案なのだ。
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ウィシュマさんの異変に支援団体が「このままでは死んでしまう」と訴えたのに入管は…
当然、この入管法「改悪」案には国内外から批判が殺到。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が「非常に重大な懸念」を示して全面的な見直しを求めたほか、国連人権理事会の特別報告者3人と恣意的拘禁作業部会は「移民の人権保護に関し国際的な人権基準を満たさないように見える」とする共同書簡を公開。しかし、こうした国連機関からの意見に対し、上川陽子法相は「明らかな事実誤認に基づくものであり、到底受け入れられない」「一方的に見解を公表されたことについては抗議せざるをえない」などと逆ギレまでして見直しを拒絶、ついには早ければ明日、与党は強行採決に踏み切ろうとしているのだ。
しかも、この強行採決が断じて許されないのには、もうひとつ理由がある。それは、今回の「改悪」案によって入管の権限はより強まるが、その入管に長期収容され、今年3月6日に亡くなったスリランカ人女性、ラスナヤケ・リヤナゲ・ウィシュマ・サンダマリさんの死に至った真相解明がまったく進んでいないどころか、入管による「虐待・見殺し」疑惑と「事実隠蔽」問題が浮上しているからだ。
ウィシュマさんは2017年に「日本の子どもたちに英語を教えたい」という夢を持ってスリランカから日本に留学したが、その後学費が払えなくなり在留資格を失効。そんななか、2020年8月に同居していた恋人から暴力被害を受けて警察に相談、警察はウィシュマさんを不法残留容疑で逮捕し、名古屋入管に収容された。
そもそもこの段階から問題がある。DV被害者は在留資格の有無にかかわらず「適切な対応を採ることが必要」と国が定めており、法務省入管局長名で2008年に「DV被害者である容疑者に対して退去強制手続を進める場合は(中略)仮放免(即日仮放免を含む)した上で所定の手続を進めるものとする」という通達を出している。本来ならばウィシュマさんは仮放免されなければならなかったのだ。
しかし、仮放免の対象とされず入管に長期収容されたウィシュマさんは、今年1月に体調不良を訴え、3月6日に亡くなってしまう。ウィシュマさんと面会をおこなってきた支援団体によると、ウィシュマさんは面会の際も嘔吐するためにバケツを抱えており、死の3日前には唇が黒ずんで口の両脇からは泡が出て、手を伸ばすことさえできない状態だった。支援団体側は面会後、入管側に「このままでは死んでしまう。すぐ入院させ点滴を打って」と訴えたが、「ちゃんとやっている」「予定はある」と応えたという(毎日新聞ウェブ版4月22日付)。
入管庁の中間報告が隠蔽した医師のアドバイス、ICUでの治療が必要なレベルの容態だったのに
このように誰の目にも危ない状態に陥っていたにもかかわらず、入管庁が4月9日に公表した中間報告では、面会翌日である3月4日に実施された外部の総合病院精神科での診療結果を〈医師は(中略)例えば病気になることにより仮放免をしてもらいたいとの思いが作用するなど心因性の障害を生じさせている可能性があるとして「身体化障害の疑い」と診断〉とまとめ、死因については〈適切な把握に向けて努力していく〉などとしていた。
だが、この中間報告では重要な事実が隠蔽されていた。この死亡2日前に診察した医師は、診察状況を入管側に報告した書類のなかで「患者が仮釈放を望んで心身に不調を呈しているなら、仮釈放してあげれば良くなることが期待できる。患者のためを思えば、それが一番良いのだろうがどうしたものだろうか?」と記述し、医師から入管側に「実際に外に出してみないと判断できないので、一度出すべきだ」と仮放免の必要性を伝えていたことを、4月22日にTBSがスクープしたのだ。
そもそも外部の病院を受診させるのがあまりにも遅すぎるのだが、そればかりか入管庁は、医師から仮放免の必要性を伝えられていたことを中間報告では隠蔽し、あたかも詐病であるかのように印象づけていたのである。
これだけでない。亡くなった3月6日に入管から緊急搬送された直後の血液検査やCT検査の結果を東京新聞が入手したところ、腎機能や肝機能、血糖値などの数値が「桁違いに悪い」状態であったことが判明(4月24日付)。毎日新聞は複数の医師にこの血液検査などの結果の分析を依頼し、そのなかで和田修幸・横浜関内わだクリニック院長は「集中治療室での高度医療が必要なレベルで、本来なら、もっと早い段階で病院で治療を受けさせるべきでした」「(死亡の)2~3週間前でも相当状態が悪かったことが推測されます」「せきや発熱などの症状もあったはずで、死亡の1カ月前以内に採血などの検査が行われていなかったのなら、医療的には疑問はあります」と指摘している(4月30日付)。
中間報告では亡くなった6日13時31分ごろにはすでにウィシュマさんは看守から呼びかけられても反応を示さず、14時すぎに血圧を測定しても「測定不能」となったことが記されているが、このような異常な数値を叩き出していたことは一切触れられていない。いや、この検査結果を踏まえても、数カ月前から相当に病状は悪化していたことは明白だというのに、中間報告によると入管は点滴をおこなわず、経口補水液を与えていただけなのだ。
ウィシュマさん見殺しの責任をとらないなかで、与党はさらに非人道的な入管法改正を強行採決
ようするに、入管は仮放免すべきだったウィシュマさんを収容しつづけ、必要な医療を受けさせることもせず、死に至る直前まで放置しつづけるという事実上の「見殺し」をおこない、挙げ句、医師から仮釈放の必要性があると伝えられていたことを隠蔽までしていたのだ。
これまでも入管では収容した外国人に対して必要な医療を受けさせず、「見殺し」を繰り返してきた。いま必要なのは、入管のこうした体質を抜本的に見直し、収容者への対応を改善することにほかならない。だが、今回の改正案では入管の権限がより強くなるだけで、法務省にも入管庁にも改善をおこなう気は欠片もないのだ。
このような「反人権」の入管行政を強化するだけの法改正は絶対に許されるものではなく、即刻廃案にすべきだ。しかし、これだけ国内外から批判を浴び、さらにはウィシュマさんを死にいたらしめた経緯や責任を明らかにしないなかで、与党は強行採決しようとしているのである。
この問題は「外国人の話」ではなく、この国の人権意識が問われるものであり、法の「改悪」を見過ごすことは人権を蔑ろにする政府を黙認することになる。昨年、Twitterデモの高まりによって検察庁法改正案を見送らせたように、この入管法改正案も廃案に追い込まなくてはならない。(水井多賀子)
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