2024年11月17日 08時03分
政府が今年発表した調査結果によると、日本の障害者は推計で1千万人を超えました。身体、精神、知能などさまざまなハンディがある人々にとっても暮らしやすい「共生社会」に変えていくことがますます重要になります。
障害者にとって大きな課題は、自立した生活を営むための収入を確保することです。
政府は今年、企業に義務付ける障害者の法定雇用率を2・3%から2・5%に引き上げました。300人規模の企業の場合、6人だった障害者の雇用が7人に増える計算です。
法定雇用率を達成しない企業には納付金などが課されますから、障害者の就労が促され、障害の有無にかかわらず一つの職場で働く「共生」が期待されます。
ただ、心配なこともあります。障害者を雇用しながら、事実上隔離するビジネスモデル=図=が広がっているからです。
◆見せかけ?障害者雇用
千葉県内の農園を例に挙げましょう。約30棟のビニールハウスが並び、キュウリやトマトなどの野菜を栽培しています。
働くのは約60人の障害者。実は製造業や保険、広告など、さまざまな企業の社員たち。農場は「障害者雇用ビジネス」の事業者が運営しています。
各企業はこの事業者から紹介された障害者を社員として雇用した上で、本業とは無縁の簡易な農作業に従事させているのです。事業者に農園利用料などを支払い、社員の管理を任せる構図です。
ここで働く障害者の男性に話を聞きました。上場企業の社員ですが「企業のオフィスには一回も行ったことがない。企業の社員が農園を訪れることもほとんどない」と明かします。
男性は企業への直接連絡が禁じられ、用件は事業者を通すそうです。生産される野菜は販売されず企業の福利厚生に回ります。
男性は「本格的な農業ではないので技術も身に付かず、将来が不安。自分の立場や仕事内容を考えると、上場企業勤務とはとても言えない」と嘆きます。
このような障害者雇用ビジネスは10年ほど前から目立ち始めました。政府のまとめでは昨年11月時点で事業者は32社あり、利用する企業は延べ1200社超、働く障害者は7300人超に上ります。
増加の背景に、法定雇用率を安易に満たしたい企業の思惑があります。事業者に金さえ支払えば、採用から業務管理まで丸投げできるからです。障害者にとっても、社員になることで高い収入を得られるメリットがあります。
しかし、企業が雇用責任を果たしているとはとても言えません。生産物が利益に結び付いているわけでもなく、障害者自身のやりがいやスキルアップは軽視されています。就職した企業からも孤立しています。見せかけの雇用と指摘されても仕方がありません。
◆三方良しの働き方こそ
日本が2014年、障害者へのあらゆる差別を禁じ、社会に包摂することをうたった障害者権利条約に批准してから、今年でちょうど10年です。
かつて福祉作業所などに働き口を見いだすしかなかった日本の障害者が、企業で能力を生かせるようになったのは社会の進歩と言えますが、同時に、障害者を隔離する新たな仕組みが生まれていることは、条約の理念から懸け離れていると言わざるを得ません。
国連「ビジネスと人権の作業部会」は訪日報告書で、障害者雇用ビジネスを偽装雇用や代理雇用と指摘し、「職場の不平等を助長している」と批判しました。
数字にすぎない法定雇用率の達成だけを重視する考えは、人間の尊厳をないがしろにしています。障害者を隔離せず、障害の特性に応じた仕事を割り振るなど、職場環境を主体的に整える取り組みこそ、企業に求められています。
もちろん障害者雇用ビジネス業界には、企業との健全な橋渡しをする事業者もあるでしょう。また福祉と農業の連携は全国で進んでいて、障害者が生産に関わった食品の日本農林規格(JAS)の認証を全国で初めて取得した「ウィズファーム」(長野県松川町)などの好例が多くあります。
働く障害者と、雇用する企業がともに満足し、個性や多様性を尊重する機運が社会に広がる…。そんな「三方良し」のビジネスモデルを広げなければなりません。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます